第1話 式典

 ガガガガガ!!


 重たそうな音を立てて、目の前の扉が開かれた。

 近くに座る者達からの無遠慮な視線が突き刺さる。目の前の男が、化け物でも見たかのように驚愕し、慌てて下を向く。

 その様子はアイリスにも感じ取れ、自然と笑いが込み上げる。

「クックック……」

 肩を震わせて小さく笑うと、男は声にならない悲鳴を上げた。


「こちらです」

 王宮の使用人は、何事もなかったかのようにアイリスを案内し始めた。


 一歩進む毎にざわめきが広がる。


 正装で集まった百人以上の人のなかで、一人だけ異様な姿。

 引きずるほどの長さのローブは、漆黒で所々ほつれている。フードを目深に被り俯いているので、顔は全く見えない。子供のような身長だが、肩幅は大人のもの。曲がった腰に、おぼつかない足取り。震える両手で身長よりも長い杖をもち、体重を預けている。杖をつかんでいる手も真っ黒い手袋に覆われていて、年齢や性別は伺い知ることはできなかった。


「あれが、魔女か……」

 恐れを含んだ呟きが漏れる。

「クックックック」

 肩を震わせれば、小さく息を飲む音を残して静まり返った。

 使用人が案内した席に、ゆっくりと腰を掛ける。


 しばらく待っていると、出席者が揃ったようだ。

 声がかかり、出席者が起立する。アイリスも杖に体重をかけながらヨロヨロと立ち上がった。

 口上とともに国王が壇上に姿を表した。

「王子が二人……皇太子は決まっていないのか」


 アイリスは、周囲の呟きから想像する。

 第一王子のエドワード様と第二王子のセオドア様が成人していたはずだ。


 国王の労いの言葉と今後の抱負で式典が始まった。

 式が進み、新しく政治の重要ポストにつく者の名前が読み上げられる。呼ばれたものは、その場に立ち上がり一礼。

 厳正な雰囲気で式は進み、爵位を継いだ者が発表されていく。


「ドラゴニア伯爵当主、アイリス・ドラゴニア」

 アイリスはノロノロと立ち上がり一礼する。

「あれは、女だったのか」

「また当主が変わったのか……」

「どの当主も気味が悪い。中身は一緒なんじゃないか?」

「体格が違うから、二代前とは違うはずだぞ」

 聞き耳を立てずとも、聞こえてくる噂話。


 当主がコロコロ変わるのは、ドラゴニアが実力主義だからだ。当主の血筋の中で、一番魔力の多い者が任される。権力への執着もなく、適任者が現れれば当主の座を喜んで譲ってしまうので、十年で三度の領主交代をしていた。

 二代前は、アイリスの兄だ。男性として平均的な体格の兄では、いくら縮こまっても限界があったのだろう。


「次は何年もつのやら。もうすでにヨボヨボだしな」

 アイリスは、フードの中でほくそ笑む。

 うまく騙せているのが面白かったのだ。

 領主だって、変わる予定はない。それこそアイリスが命を落とす以外の理由では。


 新しく爵位に付いたものの発表が終われば、隊長クラスの就任の発表が続く。



 式典は進み、最後の挨拶が終わると、会場の外が騒がしくなった。国王に伝言が伝えられ、ボソボソと話し合っているらしい。

「これで今日の会はおしまいだが、騎士に告ぐ。大きな瘴気が発見された。いますぐに出陣せよ」


 瘴気??

 アイリスは、ビクッとして急に不安になった。

 それが何なのかはわからない。わからなくても、非常事態なのだということはわかる。

 一つの領地を預かる身として、瘴気がどんなものなのか気になった。


「はっ!」

 ガタンと一斉に立ち上がると、揃った足音が出口へと消えていく。

「皆は、この後、夜会も楽しんでくれ」

 王族が会場からいなくなると、位の高い順に退場していく。

 アイリスのところには、先程案内してくれた使用人が来てくれた。


 彼の案内で会場からでると、外で待っていた護衛のセキウと合流し、王宮の中にある客人用の離れに案内された。



 他の貴族が王都にある邸宅から通ってきているというのに、アイリスが王宮に泊まらされているのは、一重に恐ろしい魔女が町中を歩くことを避けるためだろう。

 初代が世界を半壊させただの、何代目かが国を半壊させただの、過去の当主の暴れかたがすごい。そのお陰か、ドラゴニアは、他の領地からはもちろん、中央からも距離を置かれていた。

 こんなボロボロの格好で正式な式典に参加できているのも、ドラゴニアの魔女が怖いからだろう。ドラゴニアとしては、恐怖感を与えるための格好なのだ。



 使用人は、アイリスの歩くスピードに合わせてくれた。彼はなぜかアイリスを恐れていない。その点はありがたかった。常にビクビクされては色々なことが滞り、面倒な思いをするところだ。


 でも、ドラゴニアを舐められてはいけないし、少しくらいは怖がらせた方がいいのかしら??


 アイリスはローブのなかで一人思案しながら、離れまでの道のりをヨタヨタと歩む。



 離れの前には、黒いメイド服を着た細身の女性が立っている。

 護衛兼従者のグラネラだ。彼女は顔の上半分を黒いベールで覆っている。ちなみにセキウは左目を眼帯で隠していた。


 親切な使用人は、夜会に出席するか聞いてきた。

 アイリスは、数年で交代するような領主ではない。少しでも情報を得るために夜会にも顔を出すことを事前に決めていた。

「夜会に出席するつもりです」

 セキウが答える。

「それでは、夕方に呼びに参ります。何かありましたら、私はあそこに見える詰め所にいますので呼びに来てください」

 一礼して、詰め所に戻っていった。




 離れに入り、室内から鍵を閉める。アイリスの曲がった腰はまっすぐに伸び、身長も幾分か大きくなったようだ。床を引きずるほどの長さだったローブが膝下くらいになっている。

 煩わしそうにフードを外すと、アメシストのような双眸が強い光を灯す。こぼれ落ちた髪はペールパープル。サラサラと柔らかい光を放っていた。


 アイリス・ドラゴニア、成人したばかりの18歳だ。


 成人した途端に領主を任せなくっても、良かったんじゃないかしら。


 事前に領主の仕事を叩き込み、成人したその日に領主の座を受け渡してきた従姉妹のクレア姉さんに、心の中で文句を言う。


 アイリスは、生まれたときには領主になることが決まっていた。

 アメシストを思わせる宝石眼ジュエルアイズは、魔力が特に多い印。その色が瞳だけには収まらず髪まで染めている。魔力量がすべてのドラゴニアでは、幼い頃から行く行くは領主だと育てられた。

 両親など、アイリスが産まれて跡継ぎができた安心からか、早々に引退して旅行に出掛けてしまっている。


「これでよし!」

 離れの部屋に念入りに防音の結界をはり、やっと声を出せるようになったアイリスは、寝台の上にダイブした。


 建物内は、落ち着いた内装で過ごしやすい。リビングダイニングと主寝室。従者用の部屋もいくつかあったが、少ないように感じた。

 普通、伯爵家当主が移動するとき、従者は大勢つれているものだろう。それが女性だったら尚更だ。

 初めは、従者を連れてこないドラゴニア当主のための離れかと思ったが、王宮にやってくる客にも色々な客がいるのだろうし、気にしないことにした。


「あ~!! 疲れた~!! 体、痛~い!!」

「お疲れさまでした」

 そういいながら、グラネラもベールを外す。現れたのは、ガーネットのような瞳。彼女も宝石眼ジュエルアイズの持ち主だ。髪はよく見かける茶色。アイリスのように髪まで発色してしまうのは、大変珍しいのだ。


「全員を確認できた訳じゃありませんが、俺が見た中では、アイリス様が一番の魔力持ちでしたよ」

 眼帯の下からはアンバーの鋭い光。セキウも魔力眼ジュエルアイの持ち主だ。片目は焦げ茶、片目が黄色のオッドアイ。グラネラに比べると、魔力量は劣るものの、それを補って余りある程の剣技を持ち合わせている。

「騎士に何人かと、公爵様に宝石眼ジュエルアイズ持ちが居ただけですかね。外で待っていた護衛の中には居なかったと思いますよ。俺みたいに眼帯しているやつも居なかったですし」


 恐れられているドラゴニアの領主が、弱いというわけにはいかない。いざというときには、実力行使も辞さないつもりだからだ。


「あぁ~、夜会がめんどくさい」

 とにかく膝と腰が痛いのだ。

「アイリス様の代わりに、ちゃんと見てきますから」

 一応、王族の顔くらいは覚えておきたい。

 まぁ、覚えるのはアイリスではないのだが……。

 フードで足元しか見えないから、セキウに頼るしかない。

「そうね。王族も気になるし、聖女様っていうのも気になるから、少しの間だけは頑張るわ」

 寝台の上で大きく延びをした。

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