第2話:ガルドの村(前編)

「さて、ようやく到着したわね。

レイト、入り口で待ってて。

村の皆にあなたの事を説明してくるわ」


「おう」



黒いドラゴンとの闘いが終わり、俺とルカはフレイの住む村にようやく着いた。

遠目で見るより意外と村の規模は大きく、村に住んでいる人口はそれなりに居そうだ。

村の周囲は木の壁でバリゲートを建てており、かなり頑丈そうな見た目だ。


上の見張り台のやぐらに男の人が見える。


耳が長い。

やっぱりあの人もエルフなんだなー。

…あ、やべ目が合った。



「……!?」



すると彼は、少し驚いた様子でこちらを見た。


そ、そんなに警戒しなくても別に暴れたりなんてしませんよ…。

色々あり過ぎて流石にクタクタですよ…。


ここからでも村の様子はある程度把握することはできた。

この世界の現在時刻は分からないけど、だいたい夕方前くらいなのかな?

とても美味しそうなお肉を焼いたような匂いが鼻腔を刺激してきやがる。

縁日の屋台でも展開しているような、心躍るあの匂いだ。


案の定、グゥ…とお腹の虫が鳴った。

俺そういえばおにぎりしか食べてないや。

めっちゃ腹減ったなぁ…。



「レイトー」



お腹をさすっているうち、入口の門が開いた。

フレイが迎えに来た。



「待たせたわね。さぁ、入ってらっしゃい」


「はーい。村の人達は俺の事何か言ってた?」


「まずはウチの村長に会って頂戴。

あなたに色々と教えることがあるそうよ」


「おけ」



教えることってなんだろう?

まあ、何であれこれからこの村でお世話になる身だし、村長さんに失礼のないよう懇切丁寧に挨拶しないと。


フレイの後ろを追従する形で村の中へ入っていく。



「おう、お疲れさん。今日はどうだった?」


「ふふ、なんと今日は大漁だぞー?

大型も居るから、あとで運ぶの手伝ってくれ」


「ほう、それは楽しみだ!

ああそうだ。実は今日もう一つ報告が…」


「ママー! 見て見て!

コレ、ローズ先生から貰ったの!」


「あら! 可愛らしいぬいぐるみね〜。

ちゃんと大事にするのよ」



外からでも中の喧騒は聞こえていたが、予想より人が沢山住んでいるようだ。


建物自体も住宅だけではなく、商店や食事処もあるようで、村と言うより小さな町って感じだな。



「あれ? フレイさんが連れてるあの男は…」


「黒い、髪?

『人族』であんな頭髪なんていたかしら?」


「みんな、聞いてくれ。あの男が…」



そして当然、住民は皆さん金髪翠眼のエルフだった。

やはり、よそ者は目立つのだろう。

すれ違った人達全員がこちらを見ている。

ヒソヒソ声も耳に聴こえてくる。


あー、もしかして俺、そんなに歓迎されていないっぽい?

ヘコむなぁ…。


フレイはそんな落ち込んだ俺を見て、元気づけようと声を掛けてきた。



「村の皆の反応なら気にしなくてもいいわよ。

あまりここにはお客さんとか来ない村だから、あなたが珍しいだけよ」


「そ、そっか。少し安心したよ。

俺、エルフじゃないから村八分でもされるかと思ったぜ」


「私たちそんな酷いことしないわよ…。

あら、そういえばあなたの世界にもエルフはいるの?」


「いや、いないよ。

ただ、ゲームとか漫画とかでよく登場する種族だから知ってたんだ」


「げ、げーむ? まんが? 何よそれ」



いろいろ話している内に大きな家の前…いや、小型の屋敷…?に到着した。

ひょえー…入口の玄関扉も大きいなー。


材質は鉄だろうか?

扉の高さはさっき戦ったドラゴンの片腕くらいはありそう。

それに何だか重そうだし、村長さんって常日頃から鍛えてる人なのかな?



「さ、入るわよ」


ギィィィ…


フレイは重厚そうな扉をいとも簡単に押して、中へ入っていった。

え、こんなあっさり開くんだ…。



「お、お前やっぱすげぇ力だな…。

よくこんなでけぇ扉動かせること」


「そう? 私ここにからあまり気にしたことないわね」



は? 住んでる?

疑問が判明する前に、ある人物が突然前からやって来た。



「よく来たな。人族の青年よ。

わしがこの村、ガルド・ヴィレッジを統治しているおさ、ウィルム・シュバルツァーである」


「(パクパク)…!」



で、でっか!

ここの村の人達はフレイも含めて全員背が高いなーと思ってたけど、この人はケタ違いだ!


身長は絶対2メートル超えてる!

熊が歩いてきたと錯覚したぐらいだ。


髪型はオールバックにしていて、サングラスでもかけたらそのスジの人にしか見えないほど厳つい顔つきだった。


あんぐりと馬鹿面を晒してしていると、横からコツンと肘で突っつかれた。



「ちょっと、なに呆けてるのよ。

挨拶するんじゃなかったの?」



はっ!?

そ…そうだ、しっかり自己紹介しないと!



「は、初めまして!

僕は間宮零人まみやれいとと申します!

歳は20歳、現在は○○大学で心理学を専攻しています!」


ペコリ!


……………いかん。

緊張しすぎて就職面接みたいな挨拶しちまった。



「何言ってるのアンタ?」



訝しげなフレイ。

や、やっちまった…。



「ハッハッハ!

お主、中々おもしろい青年のようだな!

娘がいきなり男を連れてきたと言うので、何事かと思ったぞ」



どうやら村長さんは大らかな人だった。

良かったー…ん、『娘』?



「それじゃあ、私着替えてくるわね」


「ああ、フレデリカ。

帰ってきたらちゃんと手を洗うのだぞ?」


「はいはい。

今日は結構汚れたし、ついでに身体も洗ってくるわ」



はあぁぁぁ!?

この二人親子だったのかよ! 聞いてねぇぞ!


再びあんぐりしていると村長さんはニッと笑った。



「さぁ、レイト君。お腹は空いていないか?

今日は君の歓迎会だ。食事にしよう」


「あ、は、はい。

お腹はとても空いてるんですけど…。

その、『歓迎会』?

俺って何か歓迎される理由ありましたっけ?」



ここに来るまでの間、村の人からは特異な目で見られているのは自覚している。

きっと悪い印象なんだろうなーって思ったけど…。



「何を言う、娘から聞いたぞ。

お主、あの黒竜ブラック・ドラゴンを退治したそうではないか。

奴に適うものは村の戦士でもそうはいない」



へ!?

まさか、村の人からジロジロ見られていたのってそれが理由!?



「そんな、あれはただ運が良かっただけで…。

それに娘さんにも怪我をさせてしまいました」


「案ずるな、戦いの傷は戦士の誉れ。

娘も大して気にしていなかったであろう?」



そう言われればそうだ。

フレイはドラゴンに殴られたことより、情けを掛けられたことの方に憤慨していた。

なんかどんどん俺の中の『エルフ』というイメージが書き変わってきている…。



「その戦いの話は歓迎会の時にゆっくり聞かせてもらうとして、レイト君。

娘から聞いたがお主は『魔法』を知らないのだな?」


「は、はい。

俺の世界には魔力マナ? でしたっけ?

そういう力は無いので」


「ふむ、それはそれで実に興味深い世界ではあるが、ここでは生活する上で魔力は欠かせなくてな。

色々と不都合があるだろう」


「というと?」


「魔法には大きく分けて3つある。

その中で主に使うのは2つ。

『生活魔法』と『戦闘魔法』である」


「生活と戦闘…ですか」



え、魔法ってカテゴライズされてるのか。

どういうことだろう?



「うむ、『戦闘魔法』については娘が使ったと思うが、それは取り敢えず置いておいて、問題は『生活魔法』の方だ」


「はあ…それはどんな魔法なんですか?」


「その名のとおり日常生活を送る上で必要な魔法でな。

例えば部屋の掃除を行う時は『清掃クリア』、料理で火を使う時は『点火イグニ』、身体や物を洗う時は『洗浄ウォッシュ』…といった具合である」


「な、なるほど。

すごい技術…いや魔法ですね」



す、すげぇ!

中世ファンタジーの人達ってこんな感じで生活してたんだ!

ゲームしてるとそこら辺は詳しく分からないから、目からウロコが落ちた感じや。



「だがお主は魔法を使えない…というより身体に魔力マナが存在していない。

その状態では日常生活を送るのはままならんだろう」


「そ、そうですね。

お話を聞く限りかなり厳しそうです…」


「そこでだ。

お主が滞在する間、わしの娘を傍に付けさせる。

思う存分コキ使ってやってくれ」



はい!? つ、使うって…???

まさかエッチな意味!?



「そ、そんなことできませんよ!

フレイに迷惑かけますし…というかまだ出会ったばかりで…」


「いや、アレもそろそろいい年頃なのでな。

いい加減戦うこと以外の事も勉強させなくてはならん。

どうも娘は生活魔法を使いたがらんようでな。

家事に関することがまるでなってないのだ」


「あ、ああっ! そういう…」



全然エッチな意味じゃなかった。

…たしかにフレイの様子をみるとドラゴンを八つ裂きしてやる!なんて言ってるあたり、常日頃から戦いに明け暮れているのだろう。

けどなぁ…



「娘にはわしから言っておく。

それより食堂へ移動しよう。

今日は腕によりをかけて作るから楽しみにしててくれ」



お、親父さんが作ってくれるのか!?

これまた意外だ…筋骨隆々の見た目からは想像 できないけど、どんな料理を作ってくれるのだろう?


すごく楽しみかも。



☆☆☆



村長さんに案内されて家の中の食堂へ着いた。


フレイの家は見た目通りに大きく、イスとか扉をはじめ、家具全般が明らかに日本人向けのサイズじゃない。


そして食堂には、長テーブルがいくつか連結されており、ちょっとした宴会会場のようだ。



「それではここに座って待っていてくれ。

わしは食事を用意する」


「はい!」



椅子が引かれた所へ座る。

あれ、ここって上座じゃね? いいのかな?

異世界だし細かいことは気にしなくてもいいだろう。


じっくりと部屋を観察していると、上着のポケットから声が響いてきた。



「おはよう、零人」


「ルカ! やっと目覚めたんだな! 良かった…」


「大げさだな、私は死なんと言っただろう」



ピョンッと上着から飛び出して、俺の目の前に浮かんだ。



「本当に安心したよ!

あんなに喋ったのにまったく声が聞こえなくなったからさ…」


「心配するな。

活動に必要な当面のエネルギーは回復した。

またドラゴンと戦いでもしないかぎり大丈夫だろう…。

それよりここはどこだ?

私が眠った後の経緯を説明してくれないか?」


「ああ。ルカが眠ったあとにフレイが来てね…」



☆☆☆



俺は先程聞いた魔法の話も混じえつつ、村長の家に招待されるまでの経緯を説明した。



「なるほど『5つの喋る宝石』、『スター・スフィア』か…。

たしかにその本は重要な情報ソースのようだ」


「やっぱりそうだよな。

ご飯食べた後、フレイに本を貸してもらうことになってるから一緒に見ようぜ」


「ああ、そうだな。それにしても………」


「………?」



ん? どうしたんだろう?

急に黙ったぞ?



「ルカ?」


「零人。私が少し眠っている間にあの金髪娘とずいぶん親しくなったのだな?」


「そう? 挨拶した時あいつと握手したら右手握り潰されたから、あまり好かれてないと思うけど…」


「だがもう愛称で呼んでいるではないか。

いつの間に口説いたのだ?」


「くど…?! 口説いてなんかないわ!」


「ふん、別に構わんがな。

どんな者と恋愛しようと君の自由だ」


「だから違うって…」



なんだ? ルカの機嫌が少し悪い気がする。

寝起きだからかな?

それならその気持ちは分かる。

俺も休みの日の朝はゆっくり起きたいしな。



「レイトー!」



そして噂をすればなんとやら、普段着に着替えたフレイが食堂に入ってきた。

大きめのチュニック型ワンピースのシンプルな服装だ。

彼女は背が高いためか、すらっとした美脚が下から伸びている。


ちょ、ちょっと目のやり場に困るな…。



「待たせたわね! 食事はまだできてな…ああ!

その子が例の『ルカ』ね!?」


「…!? あ、ああそうだが…。

君がフレデリカ・シュバルツァーだな?

今後ともよろしく頼む」


「えっ、待って! やばい、やばい!

私、宝石と本当に喋ってるんですけど!」



すっかりテンションぶち上げなフレイ。

とてもご機嫌なようだ。



「なぁ、零人…。

この娘はなぜこんなに興奮しているのだ?

私が何かしてしまったのか?」


「いや、ただフレイはさっき話した絵本の影響で、喋る宝石に憧れてるだけみたいだぜ」


「ふむ、憧れるのは結構だが些か疲れるな…」



大興奮のフレデリカさんをなだめていると、芳醇な香りが俺たちの所に漂ってきた。



「クンクン、なんかすんげぇ良い匂いする!」


「パパの料理は絶品よ〜。

あ、私、近所の人たちを呼ぶように言われてるからちょっと出かけてくるわね」


「ああ、『歓迎会』だもんな…」



パタパタとフレイは食堂から出ていった。

せっかくシュバルツァー親子が良くしてくれてるってのに、俺はあまり気分が上がらなかった。



「どうしたのだ零人? 君の『歓迎会』だろう?

もっと喜んだらどうだ」


「いや、たしかにあの黒いドラゴンと戦ったけどさぁ…。

実際、俺一人じゃ何もできんかったし、そもそもルカの力が無ければ殺されてたよ」


「なんだそんなことか。

ふむ…丁度いい機会だ。

私の力を詳しく説明しよう」



ルカの力?

転移テレポートじゃなかったっけ?



「君はこの世界へ来る前、私に触れたのだろう?

その事は憶えているか?」


「うん、そしたらピカーって蒼く光ったよ」


「おそらく、その瞬間に君と私は『契約』したのだ」



契約? なんだろうそれは。



「『契約』とは私の力を行使する上で、必要な〝儀式〟のようなものでな。

触れた瞬間、君が私のパートナーになったという訳だ」



ふむ、パートナーとな。

なんだか、『契約』だの『儀式』だの結婚の話をされてるみたいだ…。



「だが、触れただけではまだ『契約』は完全に終わっていない。

君が私にを行なって初めて契約が完全締結される。

それはなんだか分かるか?」


「え? んー、おにぎりを食わせること?」


「それは力を得てからのことだろう!

君は私をペットとでも勘違いしてるのか…?

私の名前は誰が決めたのだ?」


「あ! 『名付け』か!」


「そうだ。

『名付け』が終わった後、転移能力をお披露目したな。

だが、私の力は転移能力だけではない。

何かわかるか? 君もその力を使っただろう」


「もしかして…『同調シンクロ』?」


「正解だ。

黒いドラゴンと戦った時に初めて使用したあの力だ。

『契約者』と『同調シンクロ』で繋がり、力を行使する…それが私の本来の姿なのだ」



んー言ってることは理解したけど、結局はルカの力でドラゴンに勝ったんだよ…。

決して俺の力じゃない。



「それならやっぱり評価されるのはルカの方だよ。

俺は足引っ張ってばっかだったし…」


「ハァ…ここまで説明しても分からんとはな。

いいか?

私の力は契約者無しでは使用不可能、つまりただの石ころなのだ」



グイッとルカは超至近距離まで詰めてきた!

ちょ、近い近い!



「君のおかげで私は力と記憶を得た。

そしてその力を有効的に使ったのは紛れもなく、君だ。

君の勇気が勝機を見出したのだ。

自信を持て、零人。

君は君の力で、ドラゴンに勝利したのだ」


「……」



そこまで言われると悪い気はしない。

だけど訂正しないといけない箇所がある。



「ルカ、やっぱり違うよ。

ドラゴンに勝てたのは俺とルカ『二人の力』だ。

だからルカも歓迎会の料理、たらふく食ってやろうぜ!」


「……! 君は…いや、そうだなその通りだ」



異世界に飛ばされたとはいえ、俺の命を救ってくれたのはこの宝石だ。

パートナーか…。

それってつまり相棒…ってことだよな?

なかなか良い響きじゃない。


へへ、ルカのお陰で少し元気が出たかも。

やっぱりこの姉さんは頼りになるな。



「零人」


「ん?」


「その…ありがとう」



彼女は蒼い石だ。

表情が分かるはずがない…。

なのになぜか優しく微笑んだような…そんな気がした。









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