第15話:間宮零人は家をもらう
「見事だ…マミヤ…どの」
彼女は虚ろな目をこちらに向けながらそう呟き、静かに目を閉じた。
やっと倒した…! つ、強かった…。
これなら盗賊団の依頼なんて出す必要なかったんじゃ…?
「よくやったな零人。
正直、あと少しでも粘られていたらこちらがやられていた」
「ああ、ルカのおかげでなんとかウォルトさんを倒せたよ…。
それはそうとちょっと聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「川の水、どうやって止めるの…?」
ドドドドドドドドドド!!!
そう、倒したは良いが、未だに川を呼び寄せたままだ。
このままでは謁見の間が水没してしまう。
あ、まだ王様の『
「簡単だぞ。ウォルト総隊長の頭上の座標と川の座標を繋いだロープを切るだけだ」
ルカの言うとおりに頭の中でイメージする。
切る、切る、切る…。
あれ!? 全然切れるイメージが働かない!
「ルカ! なんか上手くいかないんだけど!」
「なに? 全く仕方ないな、今回は私が…む?
たしかに切れんな…どういうわけだ?」
は!? ルカにも切れないの!?
…ってことは…!
「まずいよルカ!
このままじゃ俺とウォルトさんが溺れちまう!」
「まぁ、落ち着け。
ウォルトを抱えてここから
「いやまあ…そうなんだけど、このバリア解いたら謁見の間が沈没するよ!」
「ふむ…」
するとルカはクルクル回り始めた。
ちょ…おまっ!?
こんな時にシンキングタイム!?
時間がないってのに!
こうなったら王様に助けてもらわないと!
「すみません、陛下!
この魔法って水でいっぱいになっても耐えられそうですか?」
俺が叫んで質問すると、ゼクス陛下は困った顔で答えた。
「このような状況で使用したことはない。
よって何とも言えん。
だが、我の施した『
地面までは覆ってはいない」
「えええ!?」
ということは床から浸水して結局部屋は水没する!?
それどころか、この城ごとなんじゃ…?
「レイト君! どうするのニャ!?」
「ちょっとレイト!
ここにはゼクス陛下もいらっしゃるのよ!?
早く何とかしなさいよ!」
最悪な予想を頭に浮かべるとサーと血の気が引いた。
まずいまずいまずい!
何とかしないと国家反逆罪で処刑されちまう!
「これしかないな…零人、私の話を聞け」
絶望したところでルカが思案状態から戻ってきた。
おお! 何か作戦を思いついたみたいだ。
「何をすればいいんだ!?」
「少々骨が折れそうだが、繋いだロープに更にロープを繋げ、元の川へバイパスさせる」
「え! えっと…どゆこと?」
ルカは『
「時間が無いので簡単に説明する。
まず、いつも私達が
座標が入口と出口、ロープがトンネル、どちらかを呼び寄せるか、それとも送るかで通行先が決まる」
な、なるほど…分かりやすい。
俺の世界の単語も混じえて説明してくれた。
「トンネルにバイパスの道を作って川の入口の座標に合流させるってことだな?」
「相変わらず飲み込みが早いな。そうだ。
これから私は例の川へ行く。
零人はこちらで繋いだロープの間に座標を作成してくれ。
川の座標をもういちど感じ取れば、この場所との繋がりが分かるはずだ。
後は私がその座標を特定後、川の座標にロープを繋げ
それでミッション完了だ」
少し複雑だけど覚えたぞ!
もっかい川の座標を頭の中で捉えなきゃいけないけど…。
「さて、もうひと仕事だ。頼んだぞ零人!」
ブン!
ルカが
やばい、めっちゃ不安になってきた…。
いや…めげてる暇なんてない!
パン!と頬を叩いて気合いを入れ、目を瞑り川の座標を再び探す。
川、川、川…見つけた!
川に設置した座標から一本の線のようなエネルギーが、王都…お城…そして謁見の間に向かって伸びている光景が頭に入ってきた。
これがトンネル…。
このエネルギーに座標を…楔を打ち込めばいいんだな!
よし…できた!
「できたよ! ル…あ、あれ?」
聞こえない所にいるルカに喋りかけようとした瞬間、いきなりガクンと身体の力が抜けた。
まずい!
「レイト!? 何してるのよ!
早くそこから脱出しなさい!」
「フレイ! ヤバい!
エネルギーが無くなっちまった!」
「はあ!?」
下を見ると、いつの間にか水が足のくるぶしの所まで来ていた。
あっ、そういえばウォルトさんが倒れたままだ!
地面に伏せた状態では溺れちまう!
力が入りづらい身体を無理やり動かしてウォルトさんの元へ辿り着く。
そして彼女の上半身を抱える。
「ウォルトさん! 起きてください!
俺ら溺れてしまいます!」
「う、うーん…」
ダメだ! 完全にのびてしまってる!
このままじゃ二人とも死ぬ!
「陛下! お願いします!
『
このままじゃレイトが…!」
「既に解除のために
だが、究極魔法というものはそう簡単に解けるものでは無い。
早くてもあと三十分は掛かるだろう」
「そ、そんな…!」
水はやがて腰までかさを増す。
力の入らない状態でウォルトさんを抱え続けるのはかなりキツい…。
おまけに意識ももうろうとしてくる始末だ。
え、まさか俺…ここで死ぬ…?
「レイト君、諦めちゃダメニャ!」
「そうよ! 待ってなさい!
地面を掘ってでもあんたを助けに行くから!」
「おい!? 無茶すん…」
「待たせたな」
フレイが魔法を地面に向けて撃とうとしたところで、ルカが現れた。
あれ!? 水止まってなくね!?
「ルカ! まさか作戦失敗したのか!?」
「私を誰だと思っている?
『
これは零人が作成した座標とこの場の座標の間に残っている水だ」
あ…そういうことか。
てことはいずれ止まるんだな。
「…ところで零人。
なぜその女を大事そうに抱いているのだ?」
ん!? ルカの機嫌が一気に悪くなったぞ!
「誤解だ!
「…ふん、まぁいい。
ブン!
「た、助かった…ん?」
ルカの
ルカが居ない!?
「おい、ルカ!? どこだ!」
「ここだ。
私は少し疲れたのでしばらく眠るぞ。
気絶を防ぐため、君に少しエネルギーを与えておく」
あ、また俺の上着ポケットに潜ったのか。
胸の当たりから、少しだけエネルギーが入り込んだことを確認した。
…お疲れ、ルカ。
「「レイト (君)!」」
☆☆☆
ようやく俺達は『
しかし、俺はエネルギーが切れかかっており、力が入らず立つことができなくなったため、フレイにおんぶされている。
正直人前でこれはめちゃくちゃ恥ずかしいが仕方ない。
ちなみにウォルトさんも担架に載せられてどこかへ運ばれて行った。
そして俺たちは、王様の椅子の前に移動し、再びクエスト報酬の話をすることになった。
「マミヤ殿。
この度は汝らに誠に申し訳ないことをした。
親善試合で命のやりとりをするなど…。
ウォルト総隊長の責任は必ず取らせる。
心から詫びよう」
そう言うと王様は…頭を下げた!?
なっ…!?
「陛下! そんな…頭を上げてください!
俺なら全然気にしてないので、ウォルトさんを責めないであげてください!」
慌てて言うと、近くにいる家臣も俺に追従した。
「王! いけませんぞ!
自国の民どころか、この世界の人間ですらない者に頭を下げるなど!」
…なんかちょっと棘のある言い方だけど。
王様が頭を下げるというのは、それほど異常な光景なのだろう。
「ちょっとあんた。
何ウチのレイトにケチつけてんのよ?」
「フレイ、フレイ! ステイステイ!」
ずいっと身を乗り出したフレイを慌てて抑え込む。
家臣の言葉に怒ってくれるのは嬉しいけど、国相手にトラブルはまずいって!
「陛下、俺は彼女からは悪意というか、殺意のようなものは一切感じられませんでした。
ただ彼女は、俺と力比べをしたかっただけのように思います。
ガルドの村でこういう事は日常茶飯事でしたので、本当にお気になさらないでください!」
弁明?というかウォルトさんのフォローをすると、王様は顔を上げた。
「そう言ってくれるか…。
良き好敵手を見つけたものだヤツは」
王様は優しい表情で呟いた。
良かった…なんとかウォルトさんに責任を取らせないで済みそうだ。
「しかし、魔王に挑まんとする蒼の力、我が目でしかと見させてもらった。
これならば、あの家に住む資格があるだろう」
「「『あの家??』」」
仲良くハモってオウム返しすると、王様は頷いた。
「モービル殿、こちらを」
「…? これは何なのニャ?」
家臣の一人がセリーヌに一枚の紙とヒモが付いた鍵を渡してきた。
「その紙に書かれている住所に行けば、我の言った意味が分かるだろう。
本日はこれにて謁見は終了だ。
御苦労であった」
☆☆☆
「ふぅ…何とか無事に謁見を乗り越えられたな…」
「そうね、レイトが闘い出した時はどうなるかと思ったわよ」
王様から報酬だけ貰うつもりがまさか警備隊の人とバトってしまうとは予想外だった。
しかも究極魔法まで使ってきたし。
「ふんふーん♪」
フレイにおぶられている俺の前には、セリーヌが鼻歌を歌いながら指定された住所へ向かっている後ろ姿が見えている。
あいつすごく機嫌が良さそうだ。
「ふふ、セリーヌ楽しみにしているみたいね」
「ああ、俺も早く家で休みたいよ。
悪いな、おんぶさせて。重たいだろ?」
「別にモヤシ一人おぶるくらい何でもないわ。
…ホラ、危ないからもっとちゃんと掴まりなさいよ」
微妙にバカにされてる感じがするな。
「てめ…それじゃあ遠慮なくっ」
今はあまり力が入らないが、できる限り腕をギューッと締め付けた。
「きゃっ!? レ、レイト!?」
「えっ!? わ、わりぃ! 痛かったか?」
フレイが小さく悲鳴をあげて、目線をこちらに向けた。
そんなに力入って無かったと思ったけど…。
「い、痛くはないけれど!
その、ちょっとビックリしただけよ…」
「お、おう…そうか。
ごめん、危ないからふざけちゃダメだな」
「…別に…もう一度してくれても…」
「は?」
「な、なんでもない!」
なんだコイツ、ゴニョゴニョして…。
よく見るとフレイのとんがった耳が赤くなってるような気がした。
「あ! その角を曲がった所が報酬の家ニャ!」
セリーヌは駆け足で俺達を置いて行ってしまった…。
あいつどんだけ楽しみにしてたんだよ。
フレイが少し早歩きして追いつくと、セリーヌは呆然と何かを見つめて立ち尽くしていた。
「…………」
「セリーヌ? どうしたん…ウソだろ…」
セリーヌの視線の先には約束の報酬の『家』…ではなく、フレイの実家以上の大きさの屋敷が鎮座していた。
「セ、セリーヌ?
本当にここの住所で合ってるのかしら?
何かの間違いじゃないの?」
「い、いや、王様に貰った紙には何度見てもここの住所ニャ!
というか、この地区にこんな大きな屋敷があるなんて、あたし初めて知ったニャ!」
セリーヌは長年この都会で暮らしているから、細かな違いが分かるのだろう。
ちなみに俺達が今いるエリアは『5区』。
主に住宅街が中心だ。
「この屋敷は我が王が若かりし頃の時代、『紅の魔王』に抗う者達の拠点だったのだ」
「「「!?」」」
横から聞き覚えのある声が聴こえてきた!
「あっ、ウォルトさん!? なぜここに!?」
そこには先ほど闘ったばかりのナディア・ウォルト総隊長が居た。
…………って、ええ?
「あの、ウォルトさん?
その格好はいったい…?」
最初に会った時は黄金に輝くピカピカの鎧を装備していたが、今の彼女は給仕服…もといメイド服だった。
「ふふ、似合わん服で貴公の目を汚させてしまってすまないな。
詳しい事は中で説明する。
セリーヌ殿、鍵を開けてくれるか?」
☆☆☆
正面扉を開けて中へ入ると、豪華なエントランスが俺達を迎えた。
高くそびえる大理石の柱。
無数のクリスタルで装飾されたシャンデリア。
鮮やかな赤地の絨毯。
両脇に階段が二つ、対称的な位置に設置されており、ここからパッと見ただけでも扉の数が軽く十を超えている。
なんというか、某ホラーゲームに登場しそうな内装だな…。
「すごいニャー!
あたしこんな大きな家に入ったのなんて初めてニャ!」
「ええ! とても素敵ね!
あとで探検しましょう!」
フレイとセリーヌは大はしゃぎしている。
子供かコイツら…。
「気に入ってもらえたなら何よりだ。
リビングはこちらだ。
大きいソファーもあるのでそこへマミヤ殿を寝かせるといい」
ウォルトさんについて行き、エントランスの真正面の扉を開くと、広々としたリビングルームに出た。
すげぇな…!
部屋中の装飾はもちろん、家具や小物に至るまで豪華な仕様だった。
宿代でヒィヒィ言ってた俺たちが、本当にこんな所に暮らしてもいいのだろうか?
「レイト、ここに降ろすわよ」
「ああ、ありがとうなフレイ」
ふかふかのソファーだ!
やば、すぐ眠れそう…。
「さて、二人も寛いでくれて構わない。
私がここに来た理由を説明しよう」
ウォルトさんが薦めたイスにフレイとセリーヌが座り、彼女の方へ身体を向けた。
「まずはマミヤ殿に謝罪したい。
この度は、私の勝手な感情に巻き込んでしまい、本当に申し訳なかった」
「ウォルトさん…。
陛下にも伝えましたが、俺こういう事は割と慣れてるんで気にしないでください。
良い勝負でした」
不思議とウォルトさんと戦ってて嫌な感情は湧いてこなかった。
スポーツの試合をしたような…清々しい気分と言ってもいい。
川の水が止まらなかったのは焦ったけど。
「ああ、もし貴公さえ良ければまた私と手合わせをしようじゃないか。
フフ、次は負けんぞ」
「(ニコッ)……」
とりあえず愛想笑いしといた。
「それで、ナディアちゃんはなんでそんな変な服着てここに来たのニャ?」
あっ、セリーヌのやつ言い切りやがった。
少しは自重しなさい。
「うむ、実は今回の不祥事について我が王から警備隊の謹慎と処分が下されてな。
その処分とは『マミヤ邸にて、紅の魔王に抗いし者達に給仕せよ』…とのことだ」
「「「!?」」」
えっ!?
てことは王様、やっぱり彼女に責任取らせちゃったってこと!?
いや待て、それより気になる単語が…。
「ウォルトさん、『マミヤ邸』ってなんですか?」
「マミヤ殿は警備隊からのクエストを達成しただろう?
この屋敷が今回の報酬…つまり貴公の家だ。
名前を付けるのは当然だろう」
「はぁ!?」
この屋敷の名義人が俺になってるってこと!?
よもや、二十歳でマイホームを持つとは思いもよらなかったぜ…。
「そして私は国の命により、給仕係としてここへ配属されたというわけだ。
こう見えても生活魔法は得意なので、何でも命令してほしい」
「ウォルトさんに命令…?」
人に命令するって何かちょっとゾクゾクする。
良からぬことを考えてるとウォルトさんは俺の近くへやって来て、おもむろに手を握ってきた!
なっ、なに!?
「マミヤ殿。
どうか私のことは『ナディア』と呼んでくれないか?
貴公は私の…『初めての人』だったのだ。
あんなに激しくした仲じゃないか…」
ポッと、自分の髪と同じ色に頬を染め、恥ずかしそうに呟いた。
なんで初めて夜を共にしたみたいな言い方してるんですかね。
「ちょ、ちょっと!
レイトはただあんたに勝っただけでしょ!?
なんでそんな赤くなってるのよ!」
フレイが立ち上がって叫ぶ。
ウォルトさんは体勢はそのままに、顔だけを彼女に向けた。
「ああ、そうだ。
だから『初めての人』なのだ。
『
あんなに刺激的な闘いは今までなかった…」
彼女はうっとりとした表情で俺の手を自分の腰へ当てがう。
…まさかこの人の脆弱性って、そういう意味の脆弱性!?
「あの、ウォルトさ…」
「ナディア」
「は、はい、ナディアさん。
とりあえず手を離してもらえますか?
フレイが見たことない
「おっと、すまない。少々はしたなかったな」
ナディアさんは手を離してくれた。
あ、そうだ聞きたいことあったんだ。
「ナディアさんがさっき言ってた『
あれを使うと寿命が縮むって教わったんですが、大丈夫なんですか?
陛下も平然と使ってましたけど…」
「ニャ! あたしも知りたいニャ!
赤い爪がジャキン!ってしてカッコよかったのニャ!」
どうやらセリーヌも気になってたみたいだな。
爪に反応するあたり猫らしいね。
「ああ、それなら大丈夫だ。
『
我が王の『
今回、使用した範囲も私とマミヤ殿を囲うだけだったので、大して命に影響もないだろう」
「「おおー!」」
『伝説の魔物』を宿している!?
なにそれ激アツじゃん。
俺とセリーヌが感激の眼差しをしていると、フレイが手を叩いた。
「はいはい、これくらいにしてそろそろお昼ご飯にしましょう。
今日は朝から駆け回ってお腹が空いたわ」
「それなら私に任せてくれ…と言いたい所だが、あいにく私はまだ荷物の搬入と食材の買い出しをしていなくてな。
今回は外食にしよう」
「分かったわ。レイト、立てる?」
「ああ、おかげさまで少し体力戻ったよ。
今は大丈夫だ」
「あたし、お肉食べたいニャ〜」
あ、そうだ。
俺たちのキャラバンと荷物も宿屋に置きっぱなしだ。
あとでそれも取りに行かないと。
手荷物から財布を握りしめ、俺たちは屋敷をあとにした。
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