第3話:転移の使い方

☆フレデリカ・シュバルツァーsides☆



-今よりずっとむかし、この世界はバラバラになっていました。

大地は腐り、森は萎れ、水は渇ききっていました。

そこに住む生き物たちはみんな苦しんで暮らしていました。


ある日、1匹の若い男の子の動物が『神さま』の住む山のやしろへ訪れます。

彼は神さまに助けを求めました。



「神さま、どうか私たちに生きていける楽園を与えてください。

このままでは私たちは死んでしまいます。」



神さまは答えました。



「よかろう。だが、それには条件がある。

この世界には5つの不思議な力を持った宝石スフィアと呼ばれる石たちが眠っているのだ。

お前にはその宝石たちを全て集めて来て欲しい。

そうすれば、楽園を与えると約束しよう。」



彼はすぐに返事をしました。



「必ず集めてまいります!

どうか待っていてください。」



神様に宝石の場所を教えてもらったあと、彼はたった1匹で旅立ちました。



『1つ目の宝石スフィアは大火山の口の中にある』


彼は暑さに耐え、やけどに耐え、やっとの思いで火山の中へ入ることができました。

マグマの中にひとつ、紅い色の石が浮いています。


もしかして、あれかな?


彼はがんばって石を取ろうと手を伸ばします。


あつい!あつい!あつい!

でも、みんなが待ってるんだ!


勇気を振り絞って、マグマから紅色の綺麗な宝石を手に入れました。


パァァ!


彼が手に取ると、宝石は輝きだし、まばゆい紅い光を放ちます。


それだけではなく、なんと!宝石が宙に浮かび、しゃべり始めたではありませんか!


彼はびっくりしておしりをついてしまいます。



「僕は『あかの宝石』!

君が僕を見つけてくれたんだね。

どうもありがとう!

これからは僕も一緒に旅をするよ。

がんばって兄弟を見つけようね!」



あかの宝石』は彼と友達になりました。



『2つ目の宝石スフィアは毒の沼地にある』


彼は沼に足をとられ、毒を吸いながらも必死に探しました 。


きもちわるい…お水が飲みたい。

でも…神さまと約束したんだ!


がんばって沼をかきわけると、紫色に光る宝石をついに見つけました!


彼が手に取るとまたもや宝石は輝きだし、しゃべり始めます。



「僕は『滅紫めっしの宝石』!

来てくれてありがとう!

僕も君と友達になりたいなぁ」



滅紫めっしの宝石』は彼と友達になりました。



『3つ目の宝石スフィアは砂漠の中心にある』


彼と宝石スフィアたちは、永遠に続く砂の海を歩いていました。


はぁ、はぁ…つかれたなぁ。

休みたいなぁ。


彼は喉が渇き、肌が焼けながらも、草木が元気に生きているオアシスを見つけました。

そこには黄金に光る宝石が眠っていました。


手に取るとやはり宝石は輝きだし、おしゃべりを始めます。



「僕は『金色こんじきの宝石』!

今日はいい天気だね!

お出かけするなら僕も連れて行って!」



金色こんじきの宝石』は彼と友達になりました。



『4つ目の宝石スフィアは世界でいちばん大きい木の頂上にある』


彼はすでに枯れてしまった、巨大な木をがんばって登り続けました。


いたい!いたい!いたい!

でも、もうすこし!


枝が折れ、足を滑らせ何回落ちても彼は諦めません。


そしてやっとの思いで登りきると、頂上にはみどり色に光る宝石が眠っていました。

彼が手に取ると宝石は輝きだし、なぜか怒ってしまいます。



「私は『みどりの宝石』!

来るのが遅いよ!みんなばっかりずるい!」



怒った宝石は、彼の胸にポコポコとぶつかってきます。

彼は困った顔で必死にあやまり続けました。

宝石はただ、ひとりぼっちで寂しかったのです。


みどりの宝石』は彼と友達になりました。



『最後の宝石スフィアは海の底にある』


彼は泳ぐのが大の苦手でした。

それでも何度も、何度も、何度も潜り続けました。


くるしい、くるしいよ!

でも…あきらめないぞ!


何回も潜るうちに、やがて海のいちばん深い所まで泳ぐことができるようになり、大きな貝殻の中で蒼く光る宝石を見つけました。


手に取ると宝石は輝きだし…なぜかとても悲しそうな声でしゃべります。



「私は『あおの宝石』。

ごめんね、ごめんね、ごめんね…」



彼はどうして宝石が謝るのか分かりませんでした。


あおの宝石』は彼と友達になりました。



そうして全ての宝石スフィアを集めた彼は神さまの所へ戻ります。



「神さま、全ての宝石を連れてきました。

約束どおり、私たちに楽園を与えてください!」



宝石たちは彼の頭の上で楽しそうに遊んでいます。

その様子に神さまは驚いて答えました。



「まさか本当に全ての宝石スフィアを集められるとは思わなかったぞ。

よし、ちゃんと約束は果たそう。」



神さまの言葉に、彼はとても喜びました!

そして宝石スフィアたちもまた、彼と一緒に笑い合います。


「やったー!

これで君とまた一緒に遊べるね!」


「ねえねえ、楽園ってどんなところ!?」


「まだ行ったことがないところ!」


「それじゃ、また冒険ぼうけんしましょう!

たのしみね、あお!」


「…うん…」



長い旅をしているうちに、彼らは親友になっていたのです。


しかし、神さまの言葉には続きがありました。



「ただし、お前だけは楽園へ連れて行けぬ」



彼と宝石スフィアたちはびっくりしました。



「なぜ、私はダメなのでしょうか?」



神様はとても言いにくそうに答えます。



「お前の体が透明になっているからだ」



彼はその時気づきました。


あおの宝石と友達になった時、すでに彼はボロボロで、この世界からいなくなろうとしていたのです。


彼はとても残念に思いました。


それでも、他の動物たちが助かるならそれで良いと考えました。

だけど、今まで一緒に旅をしてきた宝石スフィアたちにお別れをしなくてはいけません。


彼は泣かないようにがんばって言葉を伝えます。



宝石スフィアのみんな!

今までありがとう!とても楽しい旅だった!

どうか元気で!さようなら…」



彼はその言葉を最後に、この世界から完全に消えてしまいました。


彼と友達になった宝石スフィアたちはわんわんと泣きじゃくります。



「せっかく友達になれたのに!」


「置いて行かないで!」


「お出かけはみんなと一緒だよ!」


「ひとりぼっちはもうイヤ!」


「助けてくれたのに…ゴメンね…!」



悲しむ宝石スフィアたちを見ていた神さまは言いました。



「お前たちはあの動物を救いたいか?」



みんな、うなずきました。



「ならばお前たちが助けるのだ。

力を合わせればきっとそれは叶うだろう」



宝石たちはたがいに顔を見合わせ、一斉に輝き出します。


あか滅紫めっし金色こんじきみどりあお

全ての宝石スフィアはひとつに合わさり、五色に輝く星の形となりました!



「僕は『星の宝石スター・スフィア』!

待っててね…

君を必ず助けるから!」



星の宝石スター・スフィアは、五色の光と共に、はるか彼方の空へと旅立ちました。-



☆☆☆



パタンと絵本を閉じる。

ふぅ、久しぶりに開いたけど、意外と大人になっても楽しく読めるわね



「これでおしまい。どうだった?」



レイトとルカに尋ねる

けど2人はボケッとしている

なによ、せっかく読んであげたのに


すると最初にレイトが凄い形相で私の方に迫ってきた!


ち、近いわよ!



「なぁ!その続きは!?

助けに行った動物はどうなったんだよ?

結局救われたのか?!」


「そ、それは読者の受け取り方次第ってことじゃない?

私は救われたと信じてるけど」


「だよな!ていうかそうじゃないとやるせなさがヤバい…」


「そもそもさっきも言ったけど、実話をモデルにしてるストーリーが多いって言ったでしょ?

後味が悪い絵本なんてザラにあるわよ」



今度はうーんうーんと頭を抱え始めた

こいつ本当に泣いたり怒ったり悩んだり忙しいやつね


次にルカが私の前にふよふよと浮かんできた

わぁ…何この子かわいい…



「礼を言わせてくれ、シュバルツァー。

お陰でまたひとつ記憶が戻った」


「本当かルカ!」



あ、レイトが復活した

マジで忙しないわね



「それで、どんな記憶が戻ったのかしら?」


「ああ、私の『名前』だ。」



名前?

あれ、ルカって名前じゃなかったかしら?



「それってもしかして、前の契約者に付けられた名前とかか?」



え、契約?どういうこと?



「いや、そうではない。

正確には『個体名』と言った方が正しいかもしれない」


「待って待って!私だけ置いてかれてる!

いったい何の話をしてるのよ?」



2人とも悪いと思ったのか、丁寧にルカの能力を説明してくれた

ふん、最初からそうすれば良かったのよ



☆☆☆



「なるほど…だから『契約』ね。

あんたがあのクソドラゴンを撃退できた理由が分かったわ」


「クソって…フレイ、女の子なんだからもう少し上品な言葉を使いなさい」



ふん!うっさいわねー、私の勝手でしょ



「それでルカ。名前は何だったんだ?」


「『翔の宝石ジャンプ・スフィア』。それが私の本名だ」


「「ジャンプ・スフィア…」」



あ、レイトとハモっちゃった

顔を見合わせる

そしてたがいにプッと笑ってしまった



「……君たちは本当に仲が良いな。

今度はこっちが置いていかれた気分だ」


「ルカ!だからそんなんじゃないって!」



レイトが慌ててる

何か少し面白くないわね…


あ、とレイトが何かに気づいた



「そういえば名前はそっちで呼んだ方がいいのか?」


「いや、先程も言った通りあくまで『個体名』だ。

今まで通り『ルカ』と呼べ」



正直私も今の方で良かった

だって『ルカ』の方がかわいいもの


そこでふとある事に気づいた



「ねぇ、レイト。そういえばあんたはニホンでルカに触れて転移テレポートしてこの世界へ来たって言ってたじゃない?」


「あぁ、それが?」


「でも、その時は名付けはまだだったんでしょ?」


「うん」


「じゃあどうして転移テレポートを使えたの?

契約はまだだったんでしょ?」


「あ!たしかに!」



ウソでしょ…今まで気づいてなかったの…?



「ルカ、どうなんだ?」


「……当然私もその疑問はもちろんあった。

契約なしでは力を行使できないはずだからな」


「だけど俺たちバッチリ飛んできちゃったぜ?」


「ああ。不安にさせてしまうから言うつもりはなかったが、この際仕方あるまい」



不安?どういうこと?



「それってどういう意味だ?」



レイトも同じく思ったのか疑問を投げた



「考えられる原因は2つ。

1つは単純に私の力が暴走してしまった場合。

そしてもう1つは…零人が私に触れたらここに飛ばすよう何者かが座標をセットしていた場合だ」


「「……」」



何かしら、ちょっと悪寒がしてきたわ


こんな偶然ってある?


レイトがここへ飛ばされて、その存在を知っているドラゴンと鉢合わせて、そして今は私の絵本でルカのルーツを知る…

どう考えても出来すぎじゃないかしら?



「なぁ、なんか俺ちょっと怖くなってきたんだけど…

要するに、誰かに嵌められたかもしれないってことだろ?」



どうやらレイトも同じ感想のようね



「まぁ、そうなるな。

それに記憶を失っているので、詳しい状況は分からないが、契約なしの状態でも最初に触れた時に発生するエネルギーの余波を使えば、転移1回くらいなら理論的には使用可能なはずだ」



ブルルっと背筋が震えた


何気に私まで巻き込まれてないこれ?

どうやって私たちが出会うことまで予測したのだろう?


不安がる私をよそにレイトが能天気な事を言い始めた



「ま、ここであれこれ悩んでても仕方ねぇべ。

それより今日は疲れたし、もう寝ようぜ」



え!?



「そうだな。他の宝石についても、推理するのは明日からでも別に構わんだろう」



ちょっと!



「ああ、という訳で今日はありがとなフレイ。

これから世話になるよ。おやすみ」



そう言うとレイトとルカはベッドの方へ行ってしまった

え、私これからこの不安な気持ちを抱きながら寝るの?


全然寝付ける気がしないんだけど…

仕方ないわね…


あ、これだけは聞いとかないと



「レイト」


「ん?なに?」


「えっと…今日のパーティーでいちばん美味しかった料理はある?」


「え?ん〜そうだなぁ…

全部美味しかったけど、特にあのサンドイッチは絶品だったよ!

なんつうか、優しい味付けがされてあってさ!

めっちゃ美味かったんだ!」


「…っ!そ、そう、それならいいわ。

それじゃおやすみっ」


「おう?」



☆間宮 零人sides☆



ピピピっとアラームの音が聴こえる

どうやら朝になったみたいだ

でももう少しだけ…

携帯のアラームをスムースにして、再び眠る


うーん…


寝返りを打った瞬間、目の前に綺麗な寝顔のエルフが現れた



「……は?」



え、この人昨日話してたフレイだよな…?

眠気でぽやぽやしてたのが全て吹き飛ぶ


え、まさか俺…お世話になる初日から早々その家の娘に手を出しちまった!?

ガバッと上体を起こし記憶を遡る


フレイに美味しかった料理を質問されてそれに答えて、それからはルカは携帯を置いた横にちょこんと寝て、俺もそのままベッドに入った…


うん、間違いない

間違いなくあの時点では俺とルカ、2人だけだったはずだ!


なぜこいつがここにいる!?



「うーん、ママぁ…」



フレイはまだ夢の中のようでスヤスヤ眠っていた

どうしたもんか…このまま起こすのは少し可哀想な気が…


俺が悩んでいるとガチャっと扉が開きぬうっとウィルム村長が入って来た!


や、やべぇ!



「おはよう、レイト君。

昨晩はよく眠れた…か…?」



親父さんの目線が俺の隣にいる愛しの娘さんへ行ってしまう

あかん、ぶち殺される!



「あ、あのこれは違うんです!

誓って俺は娘さんに何もしていません!」


「あー、オホン。

早速お盛んなのは結構だが、避妊はしっかりな?」


「ちがうんですぅぅぅ!!!」



すると村長はニヤッと笑った



「冗談だ。朝ごはんができているぞ。

顔を洗って食堂へ降りて来なさい」


「え、えぇ!?」



いや、普通自分の娘とよく分からん馬の骨と同衾なんてしてたらブチ切れない!?

村長おおらか過ぎる…



☆☆☆



「夢遊病、ですか?」


「ああそうだ。

フレデリカは子供の時からあの癖があってな。

たまに廊下で寝ていたり、わしの部屋に入ってくることがある」



村長が作ってくれた朝ごはんをいただきつつ、話を聞く

メニューは卵焼きとブレッドと昨日も出てきたスープだ。

とても美味しいです



「あの癖が出てくるようになったのはわしの妻、つまりあの子の母親が亡くなってからだ」


「…!」



そうだったのか

そういえば寝言で母親の夢を見ていたようだったな



「昨日フレイから聞きました。

なんでもご病気で…」


「ああ。妻は昔から身体が弱くてな。

フレデリカは小さい頃から甘えん坊だった。

彼女がこの世から旅立った日はそれはもう、泣きに泣いていた」


「……」



当時の彼女の心情を想うと胸が締めつけられる

もう少し優しく接しよう…



「だからだろうな。

あの子がお主に懐いてるのは」


「え!?」



『懐いてる』?

あまりそんな感じはしないけど



「お主はなレイト。

フレデリカの母に似ているのだ」


「は、はぁ?でも俺、男ですよ?」



流石に異性で似てるというのは無理があるのではないだろうか?



「そういう意味では無い。

似てると言ったのは容姿ではなく、雰囲気や言葉遣い、そして他者を思いやるその〝心〟だ」


「そ、そんな…、恐れ多いです」



フレイの母ちゃんは俺みたいな性格だったのだろうか?

だとしたらあいつと相性悪そうな感じするけど…



「昨日の料理でお主のテーブルにサンドイッチが置かれていただろう?

あれはな、料理が苦手なフレデリカが唯一、母に褒めてもらったものなのだ」


「あ!」



そうか、だから昨日俺に感想を聞いてきたのか



「あの子は自分ではもう大人のつもりだが、実のところまだまだ甘えん坊のおてんば娘だ。

お主に母を重ねて接しているかもしれない。

だがそれでも、お主にはあの子と友達になって欲しい」



そう言ってウィルム村長は頭を下げた

フレイのこと、本当に大切に想ってるんだな…



「ウィルムさん…俺とフレイは初めて会った日に固い握手を交わしました。

もう既に友達…いや、戦友ですよ!」



すると村長は少し驚いた様子のあと、穏やかに笑った



☆☆☆



俺が食べ終わったあと、ルカとフレイが2階から降りてきて少し遅めの朝食を取り始めた

俺は流し台の所で食器を洗っている


生活魔法はもちろん使えないが、魔道具アーティファクトなる物を利用して洗浄している

なんでも、不慮の事故や病気で生活魔法が使えなくなった時の非常用のアイテムらしい


これがあれば俺でも家事を手伝えるのだが、魔道具アーティファクトはとても高価らしく、一家に一台…あ、いや1個しか買えないようだ


なので現状俺ができる家事は皿洗いくらいだ


俺と村長の分を洗い終わったあたりで、声が掛けられた



「レイト君。お主に頼みたい仕事があるのだが、お願いできるか?」


「もちろんですよ村長!『働かざる者食うべからず』なんて言葉が俺の国にあります。なんでもしますよ!」



すると村長の眉間にシワがより、目が細められた

えっ、なんかマズった?



「『なんでも』。今そう言ったな?」


「は、はい…あ、でもあんまり無茶なのはちょっと…」


「ついて来なさい」



そう言うと村長は外へと繰り出した

やべぇ、調子乗ってなんでもなんて言うんじゃなかった…



☆☆☆



すごすごと村長に連れられて村の中央まで歩いた

するとそこには、先日歓迎会の時にお話したマッチョの兄さん達が列を組んで走っている姿が見えた


ここは…



「ここはガルドの訓練所である。村の戦士たちはここで日々切磋琢磨し、己の武を向上させる」


「そ、そうなんですね。その、ここで訓練した人達は狩りとかするんですか?」


「もちろん訓練の一環で狩りもするが、わしらの本業は『傭兵』である」



傭兵?

それってお金をもらって戦うあの…



「『ガルドの牙』。それがわしらの異名コードネームだ」



おおお!

なんかめっちゃかっこいい!


ん、待てよ?

そんな凄い傭兵達の訓練所に連れられたってことは…!



「あ、あのもしかして…」


「む?娘たちもようやく来たようだ」



俺が最悪の予想を確認する前にルカとフレイが合流してきた



「パパ〜。

自分だけ勝手にレイトを連れて行かないでよ。

少しくらい、待っててくれてもいいじゃない」


「零人、朝ご飯もすばらしい献立だったな!

今から昼ご飯が楽しみになってきたぞ!」



女子ふたりがわーわー言ってる


いや、それどころじゃないんだってば!

俺の焦りの感情など露知らず、フレイが村長の前に出た



「パパ、ここに来たってことは…やるのね?」


「ああ、そうだ。

レイト君に失望されないようしっかりな」


「任せて!」



なんだ?何が始まるんだ?

俺がオロオロとしているとルカが隣にふわふわとやってきた



「ここは訓練所のようだな。

どうやらシュバルツァーが戦うようだぞ」


「そうだな…あの村長?

もしかして今から模擬戦をするんですか?」


「そう、これより執り行うのはガルド式戦闘訓練である。

代表者1人が力尽きるまで戦士たちと戦っていき、勝ったものは新たに代表者となる。

そして最初に戻り、これを繰り返すのだ。

全員力尽きるまでな」



なるほど、要は勝ち抜き戦の訓練ってことだな

ていうかとんでもないやり方の訓練だな…脳筋過ぎる…


あれ、フレイが初っ端から代表者になった!?

大丈夫なのか?



「あ、あのウィルムさん?

いきなり娘さんが代表者やるみたいですけど大丈夫なんですか?」



どうもドラゴンのしっぽの一撃でやられたイメージが残っていた

しかし、俺の心配を村長は笑い飛ばした



「フレデリカはな、この訓練法でいまだかつて力尽きたことがないのだ。

毎回、フレデリカから始めるとものの数分で全員と決着が着いてしまう」



えええ!?

あいつそんなすげぇ女だったの!?


たしかにスタミナはありそうだけど…


それにしたって全員相手するとなると30回戦以上じゃねぇか?

とんだフィジカルモンスターや…


俺ががく然としていると、カーンとゴングが鳴り響いた!

始まった!


フレイは木でできた棒を持ち、相手に向けて構えた



「さあ、いつでもかかって来なさい」


「っしゃーーーすっ!

フレイ先輩!胸を借ります!」



相手の男が地面を蹴り、フレイへ肉迫する



「おおおお!」



男が棒をグッと握り、フレイの上体へ向けて勢いよく振り抜いた



「甘いわね」


ヒュッ


フレイは海老反りに身体をくねらせ、男の一撃をかわした



「はぁっ!」


ドム!


そのまま反転する形で脚を使って相手の武器を蹴り飛ばし、フレイの鋭い突きが相手の鳩尾へクリーンヒットさせた



「ぐあぁ!

うう、あ、ありがとうございました…」



男はドサリと地面へ倒れた

な、なんだそりゃあ!?



「さぁ、次よ!どんどん来なさい!」


「「「うーーす!!!」」」



その後もフレイは次々と屈強なマッチョ達を華麗な動きで翻弄し、そして容赦なくブチのめした


………今後あいつに喧嘩売るのは控えた方がいいかもしれない



「ふぅ、ま、こんなものね」



大して息が上がってないフレイに対し、周りにはマッチョ達が潰れているか、下を向いて過呼吸のような状態になっていた



「どうだったレイト?私の闘いは?」



フレイがこちらへ駆け寄ってきて、笑顔で訊いてきた

やべぇな、下手な感想言ったら俺もあれになるぞ



「あ、ああ。素晴らしき闘いでございましたよ、フレデリカ様」


「は?なによそのキモい言葉遣いは?」



いかん、あがって変な口調になった



「さて、レイト君。お主をなぜここに連れて、そして今の訓練を見せたか分かるか?」



最初に村長に確認しようとしたことを、このタイミングで訊いてくるってことはもう1つしかないじゃん…



「俺もこのに参加しろってことですね…」


「いや違う」



あれ?今の流れ的に訓練じゃないの?



ではない。だ」



村長はニヤリと笑い、わざとらしく大きな声でフレイに話しかけた



「おおっ!?フレデリカよ!

婚儀の刃ウェディングダガー』はいったいどこへしまったのだ!?」



フレイはポカンとして答えた



「レイトにあげたけど…」



その瞬間、倒れていたマッチョ達が一斉に起き上がった!



「「「マミヤレイトぉぉぉぉ!!!!」」」


「はぁ!?なんだ!?」



さっきまでくたばっていた男達が一気に復活し、そして俺に殺気を向けた



「許しておけねぇ…!」


「よくも俺たちの姉御を!」


「貴様の命日は今日で決まりだ…!」



え、え、なんで!?

昨日皆であんなに仲良く飲んで食べて笑ってたじゃん!



「ふむ、零人。彼らのエネルギーがとてつもなく躍動しているのを感じるぞ。

そしてその矛先は全て君のようだ」



ルカが俺の隣へやってきて忠告してきた

いや、そんなのひと目で分かるわ!

急いで村長に詰め寄る



「ウィルムさん!どういう事ですか!

あの人達から全員殺意を感じるんですけど!?」



村長この事態の元凶は申し訳なさそうに答えた



「うむ、実はわしも含めてガルドの戦士たちは黒竜ブラック・ドラゴンと渡り合った力をこの目で見てみたくウズウズしていてな。

だが、お主はここへ来てまだ日が浅い。

徐々に暮らしに慣れてもらってから訓練に参加してもらう予定だったが、あいにくわしは、人は逆境の環境へ身を置いてこそ輝くことをポリシーとしていてな。

急遽、フレデリカの件を利用させてもらったのである」


「は、はぁぁぁ!?」



なんだそりゃあ!?


人は逆境で輝くってんなら、ここに来るまでに充分輝き過ぎたよ!!

ていうかフレデリカの件ってなんだよ!?



村長は親指を立ててニカッと笑った



「殺らなければ、殺られるぞっ☆」


「村長ぉぉぉぉ!!!」



そう言うとあのクソ親父はフレイを抱え上げその場を去って行った



「ちょ、ちょっとパパ!?

いきなり何すんのよ!

レイトが危ないわ!」



ああああ、フレイにまで置いてかれた!

俺にもう味方は…



「よし、零人。

ここは力を合わせようではないか」



いた


そうだ俺には頼れるルカ姉さんがいるんだ!



「ああ、そうだな!

さっさとこんな暑苦しいマッチョ村おさらばしようぜ!」



しかしルカの返答は俺の求めるものではなかった



「違う。

先程のシュバルツァーのように奴らを叩きのめす」


「は、はぁ!?んなことできるか!」



何を言い出すんだこの石ころは!



「おや、零人?昨日私に『ドラゴンに勝ったのは2人の力だぜ!』とカッコつけて言っていたではないか。

ドラゴンに勝てて、エルフに勝てん道理はない」



なっ!

確かに言ったけども!

今考えるとすごく恥ずかしいセリフだったんじゃあ…



「それに今は力が有り余っていてな。

食後の運動といこうじゃないか」



確かに昨日からルカさんは食べてまくってましたねぇ!

食べた物はエネルギーに変換してるのか…?



「むっ!零人、正面だ!避けろ」


「くたばれァァァ!!!」



青筋をビキビキにしてるマッチョの1人が、ゴウッ!と棒を振りかざして来た!



「っぶねぇぇ!!!」



身をよじり、間一髪で攻撃を避けられた!

全速力で距離をとる



「さて、零人。ここからは反撃の時間だ。

まずは私と合体する。

ドラゴンの時のように心を合わせろ」



合体って…ああ、同調シンクロの事か

てか言い方よ!変にいやらしいな!



「分かったよ…!」


「「『同調シンクロ』!」」



トポン…と身体の中にルカが入ってくるのを感じる

そして俺たちは溶け合い、ひとつになった


ボン!


その瞬間、俺を中心にルカの蒼いエネルギーが爆発した

俺を潰そうとしてきた男たちはその爆風で吹っ飛ばされる



「零人、私の声が聴こえるか?

今から転移テレポート能力の使い方を覚えていくぞ」



ルカの声が頭の中に響いてきた


そうか、本来はこんな感じで『同調シンクロ』するんだ

さっきまであんなに焦っていたのに、今は随分と冷静な気持ちだ…



「ああ!何をすればいい?」



ルカに指示を仰ぐ



「まずは座標の作り方を教える。

目の前に吹っ飛ばされて立ち上がろうとしているエルフが見えるな?

最初はこいつがターゲットだ」


「分かった!

どうやって座標を作ればいいんだ?」


「イメージしろ。

私のエネルギーが奴の顔へくさびを打つ、そんな感じだ」



言われた通りにイメージすると、男の顔の真ん前に蒼色の輪っかが出現した!

これが…座標…



「…できた!あとは?」


「次はいよいよ『転移テレポート』だ。

腰を落とし左脚を引いて、右手の掌を相手に向けろ。

そして先程の楔にロープを繋げるイメージを完成させ、勢いよく引く!

さあ、やってみろ」



指示通り身体を動かし、輪っかにロープを繋げるイメージをする…

すると今度は右手から蒼のエネルギーが伸びて、輪っかと結び付いた


よし、あとは勢いよくぅ…引くっ!!


その瞬間、ブン!と独特の音が鳴り、視界が蒼く歪み始めた

刹那、色は元に戻っていき、やがて目の前にマッチョが現れる


ドン!と右手の掌が相手の顎にぶつかった!



「ぶべら!?」



男はきりもみ状態で後ろへ吹っ飛んだ

格ゲーで言う掌底突きのように決まったようだ

す、すげぇ!こんな感覚初めてだ…



「「「なんだと!?」」」



周りのマッチョ達がどよめく

先程の転移掌底拳(今考えた)を警戒してか、全員踏み込みを戸惑った


再びルカの声が頭に聴こえてくる



「理解したか?

今の力が転移テレポートの戦い方なのだ」


「ああ!なんというかすごいな!

生まれて初めて人を殴っちゃったけど…」


「気にするな。これは『正当防衛』なのだ。

思う存分、力を振え」



一瞬過剰防衛なんじゃ?って思ったけど、向こうはムキムキのエルフゴリラ数十人に対して、こっちはか弱い日本男子1人と光る石1個だけだ


うん、これならどれだけぶち回しても問題ないな!



「オラァ!てめぇら!

全員まとめてかかってこいやぁ!」


「新入りの分際で舐めてんじゃねぇぞ!!!」


「フレイさんのためにも必ず殺す!!!」


「おんどれのケツ穴に槍ぃ刺しこんじゃるけぇのぉ!」



煽ると全員分かりやすく挑発に乗ってくれた

なんかいま若干1名広島弁みたいな奴いたけど…


いちばん遠い位置にいる男の頭の上に楔を打ち、俺はジャンプする

そして膝を前に突き出したタイミングで転移を発動した!



「ぐはぁ!?」



俺の膝蹴りが男の顔面へ命中し、思い描いた通りの飛び膝蹴りが完成した

ああ…なんだろう、すっげぇ気持ちいい



「上手じゃないか零人、その調子だ。

敵の動きは私が見ている。

君は転移を使うことに集中するんだ」


「おーけー!やってやるよ!!」



そしてガルドマッチョ達との死闘が始まった



☆フレデリカ・シュバルツァーsides☆



パパにいきなり抱えられて訓練所から離れて行ってしまった

ああ!皆レイトに怒ってる!助けないと!


だけどパパに何度抗議しても降ろしてくれない

どこへ行く気なのよ!?



「さぁ、特等席から一緒にレイト君の戦いぶりを観ようじゃないか」



ようやく降ろしてくれたと思ったら、そこは村のやぐらの上だった



「レイトの戦い?ダメよ!助けなきゃ!」



急いで下に向かおうとするとパパに制止された



「フレデリカ。わしがお前をここに連れてきたのには理由がある。まずは様子を見るんだ」



そんなモタモタしてたら…

と、レイトの方へ視線を移すと今まさに殴りかかられていた!



「危ない!!」



レイトは変なポーズでギリギリ攻撃をかわした


ほっ…

するとパパの視線が鋭くなった



「フレデリカ、そろそろのようだぞ。

しかと見るのだ」


「え?何のこと…って何あれ!?」


ボン!


爆発音が聴こえたその瞬間、レイトの身体は蒼い光で包まれていた

髪の色も黒から蒼い髪へと変化して、目を凝らしてよく見ると瞳の色も蒼に変わってる…?


けど、変化したのはそれだけではなかった


なんとレイトは転移を使って戦士の1人を吹き飛ばした!


ええ!あいつヒョロいのによくウチの野郎をぶっとばせたわね!?


す、すごい…!


それからもレイトはただ転移して殴るだけではなく、殴りかかってきた相手を転移させ、別の相手にぶつけるなんてトリッキーな戦法も見せていた


そんなこれまで見たことがない闘いに魅入っていると、パパが険しい表情で呟いた



「やはり、あの力は…似ている」


「似てる?

パパ、転移能力を見たことあるの?」


「いや、そっちじゃない」



え、どういうこと?

レイトは転移しか使っていないじゃない



「フレデリカは気づかなかったか?

あの蒼い石…ルカと言ったか。

彼女はレイト君と融合して戦っているのだ」


「融合!?

あ、だからあんな身体とか髪の色が変化したの?」



そういえば昨日、ルカの能力を聞いた時に『同調シンクロ』とかなんとか言っていたわね…



「おそらく、な。

わしが似ていると言ったのはその力の事だ」


「『同調シンクロ』のこと?

パパ、他に使える人に会ったことあるの?」


「ああ。それどころか一戦交えたことがある」


「ええ!?誰よそれ!」



パパは一呼吸を置き、その人物の名を口にした



「我ら全人類の天敵、『あかの魔王』だ」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る