第19話 仕事と私生活の境界線を生きる若者たちの場 5
さて、貴君の弁を今しがた検証してみたが、何と申しても、無定量な労働を強いられる温床という言葉が、単に目先の小手先的かつ一時的な手厳しさというよりも、本質的なところから来る厳しさを、かくも明らかにしておるように思えてならぬ。
しかし、その対価として安価に衣食住が保障され、それゆえ、私生活においても裏を返せば健康で文化的な最低限度以上のものを保障してもらえる状態であるとも言えよう。皮肉って解釈するならば、私生活を職場に人質的に取られているということになりかねんこともないな(苦笑)。
そうじゃ、ここはひとつ、その前提をもとに論を展開してみよう。
わしも、皮肉なら貴君に負けとりはせんぞ(苦笑)。
とは申してみたものの、皮肉で勝ち負けを争っても仕方ないわな。
そこはしかし、あえてその皮肉とやらで論を展開することといたそう。
こんな構図が見て取れぬじゃろうか。
景気の良しあしにかかわらず、なかなか職が見つからぬ若者はいつの時代もおるものである。能力や資質の問題でそうなる者もいるが、必ずしもそうであるとは限らない。そこはよろしいね。
さて、そんな若者らに加え、かつて、それこそ生前の私の時代には、女子たるものは結婚したら家庭に入って云々と、そういう時代でありました。そこは貴君もご存じの事と思うので、簡単に述べましょう。
そういう女子についてはどの職場でも、そこをしょって立つ人物としては遇さず、あえて、短期間の戦力として扱う。そうじゃ、どうせ結婚されるのであれば、その前提としての「花嫁修業」なんかさせたらええわな。御両親も、そこを期待しておられる。その会社に対象者がおればよし、取引先でも構わんけど。対象者と申すと、どこやらの左翼団体が仲間に引込めそうな誰かいないかという折の言葉みたいじゃが、まさにこれこそ、そんな団体以上に重要な「対象者」でしょうがな(爆笑)。
かくなる社会状況のもと、わしら養護施設の運営者は、こう考える。
今述べたような彼ら、そうか、今時は彼・彼女らというべきじゃな(苦笑)。
~ ええ、まあ(汗)。と、米河氏。
そのような若者らを、わしらはスカウトするわけじゃ。
人手と言ったら語弊があるが、それこそ、今時のような少子高齢化の時代ではないからな。子どもなら代わりはいくらでもおる。職員もそう。
なんじゃ、大建築現場の総元請の社員の弁みたいじゃが、それが実態じゃ。
うちは確かに9時に始まって5時かそこらで終わるような職場ではない。
しかし、うちで勤めたなら、ほれほれこの通り。
衣までは完全には保障しかねるが、特に飲み屋のおねえさんや服にこだわるどっかのアンチャンみたいに(苦笑)金や手間暇かけなくともよろしい。
食と住ならもうお任せあれ。うちに住める場所があるから家賃も天引で実質無料みたいなものであるのに加え、食についても、贅沢言わねばしっかり食べられますよ。味付はいささか子ども向けにしてはあるが、食えないものでもなかろう。若いから、そのくらい食べてもさして健康に支障などきたすまい。むしろうまかろうがな。
貴君と話しておった山崎さんのような中堅以上の幹部職員になったら、そこはしかし配慮がいると言えばいるかもしれんが、そこはやってできんことでもなかろう。まあしかし、山崎君のような例はこの際除外しましょう。それだけでも十分話のネタで成立してしまいかねんからな、貴君も巻き添えに(苦笑)。
ともあれ話を戻すに、その日々の食事であるが、これも実質無料みたいなものよ。
軍隊もそうじゃが、飯がうまくないと仕事にならんがな。
そこは、わしもしっかり考えてやっておりましたぞ(苦笑)。
お向かいの食通酒通着道楽のオカタ程ではないにしましてもな(爆笑)。
いちいち引合いに出さないでくださいよ、と、米河氏。
しかし、話は極めて和やかに進んでいる。
そろそろ、夜が明けだす頃。ベランダの向うは、少しずつ明るくなってきた。
皮肉ついでに貴君も巻き込んでさし上げたが、他意はない。田井は玉野な。ともあれこれだけ与えられたら、あとは、ぼちぼち仕事しながら暮らしていける。
何も考えなんだら、こんな幸せな状態もないかもしれませんな。
しかしながら、それだけ生活を保護してもらえる代わりに、人によっては耐え難いほどの、また別の人によってはむしろ快感さえあるのかもしれんが、その対価というものは厳然として支払わねばならぬこととなる。
自由をとるか、安定した生活をとるか。
ある意味、究極の選択を絵に描いたような構図じゃな(苦笑)。
貴君なら自由をとるかもしれんが、皆が皆、そうでもあるまい。無論、衣食住はやるからタダで働けなどとは申さぬし、申せぬ。丁稚奉公でもあるまいし、それこそ先日起こったあのタカラヅカの件みたいになってしまっても難であるからな。
そこは、日本国の法令に従って賃金を現金で支払われることとなります。そしてその点だけを見て取れば、一応は普通の労働法上の使用者と労働者の関係じゃ。
とはいうものの、ここからが問題じゃ。
何と申しても、使用者側は労働者たる職員各位に対して、衣食住の大半を与える対価として、職員各位には仕事と称する生活を労働債務としての「弁済」を受けねばならん。弊社といたしましても、ただ飯与えるわけにもいきませんわ(苦笑)。
まして、タダで住まわせてヤラアなんて、そんなイソウロウされてもねえ。
かくしてその対価は、生活の場を厳しく監視されるかのように見られながらの仕事を遂行することと相成るわけである。
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