第18話 仕事と私生活の境界線を生きる若者たちの場 4

 先ほどは養護施設の若い職員各位に保障された手厚い福利厚生、職場という概念から考えるにこの言葉をあてがうが適当と思われますのでこう述べます。

 ます、この福利厚生という概念のもと、一般の職場と言われる場所で行われているものとしては、おおむねこんなものであるということで、予め提示します。

 黒という色を説明するにあたり、黒いものばかり出すのではなく、ここはあえて白とか赤とか青とかを例として挙げておけば、黒という色の特徴がわかろうという視点での措置を、まずは施しておきましょう。

 あちこちの職場で経理上福利厚生費として扱われるのは、例えとしてはこんなものではないでしょうか。時代性はある程度ありますが、森川さんの時代と私の時代でそう変わるものでもなかろうかと。


 まずはなんと申しましても、年末の忘年会を会社でやりましょうとか、新入社員の歓迎会をやりましょうとか何とか、酒系のお話なんかが一番わかりやすいかな。

 これは接待交際費との境目のような案件ですね。

 それから、社員旅行でどこかへ行くとか、大きな会社でしたらいくつかのグループに分かれてさあどこへ、なんて話にもなりましょう。学校の先生の修学旅行の下見や給食指導で食べる給食なんかはある意味福利厚生のような気もしなくはありませんが、これは少し違うでしょうか(苦笑)。

 あるいは、昼食の補助に社員食堂で安く食べられるようにとか、自動販売機の飲み物を外で買うより数十円安く設定しているとか。一般には、給湯室に置かれているインスタント珈琲なんてのもこのイメージですよね、かなり典型的な。

 あ、公職選挙法では玉露茶はいいがインスタントでも珈琲は駄目とか、要は法令の文言で可否が決まるならそんなこともあるとかないとか、騒がれていた時期もありましたっけ。それはある意味極論みたいなものですけどね。


 いろいろありますけど、今しがた私が述べた例に比べれば、養護施設における職員の福利厚生というのは、恐ろしいほどに人間生活に必要なものばかりではありませんか。私だからまだ冗談にも洒落にもなるが、ここはさすがに、酒はどうかという論点は見逃してください(苦笑)。

 今私このことを述べていて、恐ろしさを通り越した寒気のようなものさえ湧き上がるのを禁じ得ないほどですよ。


~ 君の感じるその恐ろしさというのは、人間の根本にある感情から来ているもののように思われるが、気のせいでもなかろうね(森川氏)。


 はい。森川さん御指摘の通りです。

 なぜ私が今、一般的な事業者における「福利厚生」という言葉の実態として現れてくる典型例と養護施設職員のそれとについて、そんな感情を抱いたか。

 実はそこにこそ、仕事と私生活が一体化してしまうが故の悲喜劇を連動させて来る恐ろしさがあるのです。それは無論、デメリットと言えるものでもありますが、それよりむしろ、私には「リスク」という言葉で語るべきものであると感じているところであります。


~ 今より貴君が述べようとしている「リスク」であるが、それは鉄道マニアが鉄道会社に就職してなおかつ鉄道に関する業務につくことの比ではない何かがあるということですな?(森川氏)


 はい。そもそも比較の対象として論じてさあどっちがということを言える話であるのかという根本的な問題はありましょう。

 逆説的に、仕事と私生活という概念は、そもそもにおいて完全に切り分けが可能なものなのか、仮に切り分けがきちんとできたとしてそれが幸せな状態と言えるのか。あるいはその逆に、切り分けができないあいまいな境界上にいることが不幸と言い切れるのか。そういう視点からも考える必要もありましょう。

 とりあえずここで、はっきりと申し上げておきましょう。


 養護施設職員としてその職場に住込んで仕事をすることは、実質的に衣食住を完全に保障されるメリットと引換に、完全な個人としての時間を極限までに制限されるというリスクを宿命的に負わされる。衣食住の保護を受ける代わりに、実質無定量な労働を科される温床となる地での業務を強いられるものである。

 ただしそれは、当人の不幸ばかりを招くものであるとは限らない。


 ちょっときついかもしれないが、このように理解していただければと存じます。

 今しがたの私の指摘事項に関し、もしよろしければ、森川先生よりお言葉を頂けるようでしたら、何卒お願いできませんか。

 私自身、この勢いで述べていくには少しきつく感じておりますので。


「よろしい。では、私の方から貴君のリスク面での御指摘に対し、所見を述べさせていただこう」

 まだ外は暗い。

 夏ならもう明るくなっている頃だろうが、冬至前の冬の夜明けは遅い。

 しかしながら、こちらは外の寒さとは真逆と言ってもいいほどの熱い議論が展開されている。

 森川氏は、少しばかりの間をおいて話し始めた。

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