第7話 子ども部屋の個室が与えられるには 3

 森川氏は、表情を変えることなく、対手の弁を黙って聞いていた。

 堪忍袋の緒が切れるというが、その堪忍袋の緒自体がかなりきつく縛られていることに加え、その袋とやらの中自体、多少の動きはあるものの、特に膨れてどうにもならない程になっている様子さえも、ない。はたから見るとこの論争、お釈迦様の掌の上を孫悟空が粋がって飛び回っているようにさえ見えるかもしれない。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 まあ、君も、言いたい放題というか、いや、言いたいことをそれでも相当抑えておることはわかるが、ひとつ、簡単な事例をもとに確認しておきたい。

 縁談を実力粉砕されたとのことであるが、同じような縁談を喜んで受容れる人がおるとする。その人に対し、君は今述べたようなことを言って反対をするかね?


~ 原則、しません。私自身の権利は守られねばなりませんが、同時に、他者の幸福追求権もまた、同時に守られなければなりません。さすれば、私がその相手たる方に対してそんなくだらん縁談なんかつぶせなどという権利も資格もありませんから、そんなくだらないことは致しません。それでは無能職員と同列だ、私が。


 ほう、そうかね。

 貴君が今まで述べてきたことは、あくまでも自分自身のことに対してという理解でよろしいな。それを前提に、私も話を進めます。

 ともあれ、貴君がどのような人生を送ろうと、また、その縁談とやらを実力粉砕してしまおうと、それは貴君の方針であるから、私がとやかく述べることではないし、言うまでもないが、よつ葉園にいた尾沢君はもとより大槻君であっても、そんなところに首を突っ込む資格も権利もない。

 まあ、一言私の言いたいことを言わせてもらうと、米河君、君のはなぁ、大槻さんや君の親父さんの言動の方向性の裏側を表現しておってな、まったくの正反対の形で表面的には人にあたっておるが、その根本は、実のところ全く同じものであるというより、それ以外の何物でもない。

 大槻さんや親父さんが表なら、米河君は裏。聖徳太子がおるかおらんかの差だけであって、一万円札には変わりないってことじゃ(爆笑)。


~ あの、今は福沢諭吉で、もうすぐ渋沢栄一に代わりまっせ(さらに爆笑)。


 貴君がそれで突っ込んだつもりでないことくらいわかっとる。あくまで合いの手みたいなものじゃろうが。ついでに申しておくが、わしとて、そんな情報くらいすでに得ておるからのう。何じゃい、透かしの技術は相当進化したようじゃが、今どき紙幣が変わるっちゅうことは、現行の各紙幣、それぞれ偽札も存外出回っておるということであろう。特に、一万円札、な。


~ ひょっとあの国あたりですかね。偽札なんかをやらかすのは。


 まあ、ええがな(苦笑)、よくはないか(爆笑)。

 ともあれな、話が大いに脱線したが、これで頭も整理できたでしょう。

 貴君が最初に仰せの近代市民社会とやらの行きつくところが、子ども部屋、それも一人部屋というところには色濃く影響がでているようにおもうのじゃ。その傾向を貴君は良しとする側の人であることを前提に述べるが、これも何かね、人類の歴史ということを考えたら、ほんの一瞬にしかならんような期間の出来事ですな。

 わし個人としては、いささか違和感を得ぬわけでもないが、貴君にとっては、どの道行きつく先程度の認識でおありなのでしょうが。

 戦時中のような、産めよ増やせよ見たいな時期で、子どもが多ければ、そりゃあまあ代わりはいくらでもおるわと、どっかの建築現場の元請みたいなことを呑気に言っておられたろうが、こうも少子化が進むと、そりゃあ、大事にせんと先細られてしまうし、何とかして人数を揃えなければという話にもなるわな。

 今の状況、私が述べたようなものでしょうが。

 そんな中だからこそ、子ども部屋だの勉強部屋だの、そういうものが当たり前となって、下手しよって見んさい、私が園長を務めていた頃のよつ葉園のような部屋割りで子どもらを過ごさせたら、そのうち「虐待」なんて言われ出しかねん勢いに思えてしょうがないわ。

 そうなったとき、貴君がそのような主張をする識者に対し賛意を示すかどうかはわからんけどな(苦笑)。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 昼前になったので、この論争はいったん中断。

 次回期日は10月9日月曜日の祝日の朝方から再開されることとなった。


 

 

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