黒神

「――よかったのデュラン、結婚したばかりのアリス奥さんをおいてきて。初夜でしょ」


「もう昨日ヤってる、それに良いも悪いもないだろ。竜穴の浄化はいつもやってることだし、早く浄化しないとエルフ族の里・・・・・・が危険だろ?

 まったく普段は早く浄化しろと俺を急かすのに今回はやけに消極的しょうきょくてきだな、何か思うところでもあるのか?」


 ――思うところがないと言えば嘘になる。

 彼を親として愛そうと決めて覚悟もしていたはずなのに、彼が愛する相手を見つけたのだと気がついた時。私は涙を流してしまった。

 そんな自身の弱さが何よりもみじめで、許せなかった。

 私のそんな弱さが彼を   のだから。


「思う所なんてないわよ! 奥さんを大事にしなさいってだけよ!! 

 あんないい子をデュランがお嫁にもらうチャンスなんて、これが最初で最後なんだからね!!!」


「それもそうだな、気をつける。ありがとう」


 だからこの嘘は弱い私への罰だ。二度と忘れないように胸の奥へ深く突き刺し、彼の親のヴィンデに戻らなければならない。

 そして彼が  を取り戻し、私を殺すときが来たのならおとなしく殺されよう。それこそが私の受けるべきむくいなのだから。


「そんなことよりも色ボケてやられたりしないでよ! 相手は魔物なんだから!」


「分かってる、俺はアリスをおいていったりしねぇよ」


「っ――あ、当たり前でしょ! 私が一緒にいるんだから!」


 その言葉を聴いた私は動揺から一瞬反応が遅れてしまい、彼に気づかれたかと思ったが竜穴の魔物の方へ意識を向けているので大丈夫だったようだ。

 やはり  を失っても彼は彼なのだと嬉しくなったが、同じ言葉を言われただけでここまで動揺するなんて。本当に私はどうしようもない。


「気配を探ってみたが強いのは少ないけど千体はいるな、もしかしたら能力持ちもいるかもしれねぇ。

 幻惑げんわく魔法を常に使っておけよ、突っ込むぞ!」


「分かってるわよ!」


 彼へそう返事した後、言われたとおりに幻惑魔法で私とデュランの位置を誤認するようにした。気休め程度にしかならないけど大丈夫だろう。

 魔物達の能力は対象を認識して発動するものが多いので効果はある。

 中には空間そのものへ発動する能力持ちも中にはいるが彼が全て斬るだろうし、そもそも能力を発動するすきを与えないだろうから。







 ほのかな月明かりが照らす山の上、魔物の養殖場ようしょくじょうである竜穴を守るため配置しておいた千体の魔物が瞬く間に殺戮さつりくされるという。

 悪夢のような光景を目の辺りにした巨大なへびはエルフ族の里に現れた花の妖精を連れた剣士のことを要注意人物だと判断し、めぼしい魔物達を竜穴から移動させておいて正解だったと冷や汗を流した。


「――千体の魔物達が瞬殺しゅんさつとは、能力持ちはいませんがそれでもなお異常な強さ。

 単純な強さだけならもしかしたら黒神こくじん様を超えているかもしれません、恐るべき剣士ですね」


 わたくしは魔物が数多の生命を食らい尽くした末に進化した大魔王だいまおうと呼ばれる存在であり、その中でも各地の竜穴の汚染と魔物の育成をまかされているほど優秀ゆうしゅうな個体ですが。

 あの剣士相手ではただの蛇のように殺されるだけだと再認識した後、別の竜穴へのワームホールをつくり出した。


「竜穴を一つ失ったのは痛手ですが、エルフ族の精霊魔法でも体を硬質こうしつ化させた魔物ならそこそこ戦えることが分かっただけでも収穫しゅうかくとしては充分。

 とはいえあの剣士のような相手には通じないですし、殺された後。爆発して周囲へ毒をまき散らす魔物でも作ってみましょうかね?」


「――その前にもう一度死ね」


 私はそう言いながらワームホールで移動しようとしたが、背後から殺気を感じてとっさに体を小さな人型へと変化させる。

 その次の瞬間、移動のために使おうとしていたワームホールは横一文字に斬られてその姿を消した。


「何故、この場所が分かったのですか? ここは大森林の竜穴から三千メートルは離れているはずですが」


「あれだけ大規模な空間のねじれなんざ目を閉じてても分かる、どれだけ離れていてもな」


 蛇の頭がついた人型へ変化した私が時間稼ぎのため、どうやって自身を見つけ出したのかいてみたが。剣士が口にしたのは空間ねじれを感じ取ったというふざけた答えだった。

 13ある種族の中でも平均的な能力しか持たず、科学という外付けの力以外たいしたことのない人族がそんなことが出来るなど信じられない。

 しかし目の前の剣士ならあり得るかもしれないとも思う。ただの人族ならばどうすることもできないワームホールを斬ったのだから。


「それでさっきお前が言っていた黒神様ってのはなにもんだ? お前みたいな魔物の親玉なのか??」


「……黒神様は恒久こうきゅう的な世界平和を目的に我ら魔物を生み出している御方です。

 みにくい争いを続けている旧人類全てを浄化し、わたくしのように魔物の進化した新人類だけが暮らす理想の世界をつくるのを目的に活動しています」


 私は剣士の質問に答えながらもう一つの能力を発動するため魔力を練り、剣士が此方を殺す決断をするのを遅らせるため。仕方なく黒神様の情報を渡して時間稼ぎをします。

 そうして時間を稼ぎ終わった後は能力を発動するため、一瞬の隙を作り出さなくてはいけません。


わたくしはこれでも忙しいのです、乱れた世界で苦しんでいる人々を救うという使命があるのでね!!」


「ほう、救うね。なら俺がお前やその黒神ってやつをその使命から救ってやるよ、死は救済とも言うだろ?」


 これまでの意趣返しに私は歪んだ笑みを浮べて剣士へと手を振り、異空間へのゲートを刃のようにした物を大量に剣士へ飛ばし。それを剣士が斬っている間に能力を発動させた。


https://kakuyomu.jp/users/kokubyouyamana/news/16817330664561736495


「『わたくしがここで殺されるなどありえない・・・・・、何故ならわたくしここには・・・・いないのだから・・・・・・・』」


「――消えたッ!?」


 能力現実改変げんじつかいへんを発動させた蛇の大魔王がいた空間を剣士の放った斬撃が通り抜け、剣士はその光景に目を見開きましたがなんてことはない当たり前の理屈です。

 蛇の大魔王など最初から・・・・ここにはいないのだから、斬撃が当たるはずもない。それだけの話だった。







 デュランは名前も知らない蛇の魔物が目の前からいなくなった後、しばらく周囲を探ってみたが蛇の魔物の気配は何処にもなかったため。仕方なく竜穴へ戻ることにした。


「どうしたのよデュラン、竜穴の浄化が終わった途端とたんに飛び出して。何かいたの?」


「……あぁ、大規模な空間のねじれを感じ取ったから見に行ったら巨大な蛇が居た。

 多分魔王だと思うんだが、仕留しとめきれなかった。どんな能力かは知らないがかなり厄介そうなやつだ」


 デュランは不思議そうな顔で此方を見ているヴィンデに対して大規模な空間のねじれを感じて突撃したことと、取り逃がした相手が魔物から進化した魔王かもしれないことを伝えた後。

 今までの魔物発生事件に黒幕がいたことをヴィンデへどう伝えようか悩んだが、めんどくさくなったので簡潔かんけつに説明した。


「そう言えば今までの魔物騒ぎ、黒幕がいるみたいだぞ。たしか名前は黒神様だったけな。

 まあ、そんなのはどうでもいいか。早いとこアリスのいる里へ帰ろうぜヴィンデ」


「――ちょっと待ちなさい!!」


 説明が終わった後、デュランはそのまま里へ向けて走り出そうとするとヴィンデに呼び止められた。

 デュランは何故呼び止められたのか分からずヴィンデの方へ顔を向けたが、彼女は頭を抱えて考え込んでいたので椅子いすを創ってこしかけ。そのままヴィンデの顔を眺めていると、突然かみをかきむしりながら叫び声を上げた。


「詳しく説明しなさい! 一から十まで全て!!」


「うんっ?? よく分からねぇけど、分かった」


 デュランは何故ヴィンデが叫び声を上げたのかよく分からなかったが言われた通り、蛇の魔王との会話を一から十まで全て説明する。

 正直早くアリスの元に返りたかったが経験上、こういうときは口答えしない方がいいと知っているので黙ってヴィンデの質問へ答え続ける。結局里に戻れたのはそれから一時間ほど経ってからだった。


 お説教を長時間されて気疲れしたデュランは里に帰った後、アリスと一緒に寝て気持ちをリフレッシュした。

 翌日。アリスが腰砕こしくだけになって出発が遅れそうになったので魔力で補助しながら全身マッサージをし、何とか昼頃にエルフ族の里を出発することが出来たのだった。

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