生き方が分からない

小狸

短編

 どうして皆は、普通に生きることができているのだろう。


 私は思う。


 そう思わずにはいられない。


 一応私は仕事に就いていて、毎日満員電車に揺られて職業に従事しているけれど、それだって極限ぎりぎりである。


 家に帰って、まともに家事ができる精神的余裕などない。


 住んでいるアパートの私の一室は、他人を入れられるような様相を呈してはいない。


 スーパーで買った安売りの総菜を食べ、水を飲み、服を脱ぎ、シャワーを浴び、そしてそのまま寝入る。寝るまでに時間が掛る、その間、ずっと私は、疑問に襲われている。


 皆は――。


 不安ではないのだろうか。


 不均衡ではないのだろうか。


 不審では、ないのだろうか。


 幸せ、なのだろうか。


 常に変化し続けるこの世の中に、どうやって適合しているのだろう。


 そう思わずにはいられない。


 これは子どもの頃からそうであった。


 毎日学校に行くことが、苦痛で苦痛で仕方がなかった。


 どうして通学しなければならないのだろう。どうせいじめられる、仲間外れにされる、いやな呼び方で呼ばれるだけだというのに。


 なのにどうだろう――周囲の生徒は、当たり前のように学校に来、当たり前のように勉強をし、当たり前のように友達を作り、当たり前のように生きている。


 私ができないことを、当たり前のようにしているのだ。


 中学校の三者面談で、それを親と担任に伝えたら、一笑に付された。


 私は、別段怒りはしなかった。


 逆に得心がいったくらいである。


 そうか――大人になれば、分かるようになるのか、と。


 私はそう思い、中学、高校、大学と、我慢を続けた。


 そして成人して、大学を卒業して、就活に何とか成功して、私は正真正銘、大人になった。


 税金は納めているし、選挙にも行っている。


 しかし。


 大人になることができた、という実感は、全くない。


 私の心は、中学時代で止まっている。


 まだ、普通に生きられる周りの人々に、疑問しかない。


 どうして心が折れないのだろう。


 どうして頑張れるのだろう。


 どうして幸せだと胸を張って言えるのだろう。


 どうして、生きていられるのだろう。


 私はずっと、死にたいのに。


 そんなことを思いながらも、私には死を実行に移すほどの勇気もない。


 電車に飛び込めばすぐに四散できるだろうが、残念ながら最寄り駅には最近ホームドアが設置されてしまった。


 自殺できる場所も、少なくなった。


 当たり前である。


 この世は、生きる人のためのもの、なのだから。


 誰が死にたい人間への援助をするだろうか。


 安楽死制度が、この国にないことが悔やまれる。


 それがあれば、私は我先にと手を挙げるだろう。


 普通に――生きる。


 ちゃんと生きる。


 ちゃんと仕事をする。


 ちゃんと伴侶はんりょを見つける。


 ちゃんと家族を作る。


 ちゃんとする。


 どうして皆、当たり前みたいにクリアできているのか、私には心底分からない。


 仕事をすることに全力を尽くし、身の回りのことですらままならないというのに――私の周囲の人々は、それ以外にも、当然のように満たされている。


 いいなあ、と思うが、それだけである。


 自分がそうなれるとは、思えない。


 今日も、汚い部屋の中で何とか作ったスペースに布団を敷いて、私は寝る。


 最近は、色々と考えてしまって、寝るまでにとても時間が掛る。


 明日なんて来なければ良いのに――と。


 私は思った。



(了)

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生き方が分からない 小狸 @segen_gen

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