第64話 違った未来と、手にした安寧

2021年。新型ウイルスで世界の混乱は更に強まった。


国民の殆どがワクチンを打ち、働き方もどんどんと変わっていった。

野球では、二刀流でメジャーMVPをとる男が出現という…漫画のような現実がそこにはあった。これは俺の記憶の2021年と全く同じ出来事であった。


…だが、記憶と違った部分も生まれた。


日本企業でも世界で傑出した業績を生む企業が、続々と生まれ始めている。

パソコン業界でも、昔の高度経済成長期のように…部品やメーカーで、殆どが日本企業の名前を聞くことが出来る。


2020年に大きな利益を出せた日本は、企業への投資や税制面での免除を増やしていくこととなる。前世では増税で困ることが殆どであったにも関わらず、だ。



そして…


「さ、真田。…聞いてくれよ!…芸能界の裏のボスが…。大量に起訴されてる…!!」

勢いよく、品よくスーツを着こなした女性が入ってくる。口調は強いが、表情には優しさを感じさせる女性だ。


「おぉ。…ようやくか。…長かったねぇ。本当に。」


「…驚かないのね。アンタ。」

「…まぁね。…予想通りだったしねぇ。」


「…アタシは…正直、怯えてた。忘れもしない…。2009年。アタシの再出発のお店に…生ゴミを投げ込んできたアイツらを。」


「…大変、だったねぇ。」


「な・に・が。大変だったよ?…後で聞いて、怒ったんだからアタシ。護身術を学んで…何度も店に来て、喫茶店で時間を潰して。周りの店に監視カメラをつけさせて。…その状況をカメラに収めるとか。…アンタの計画通りだったじゃない。」


「はは…。でも、知らない君たちは大変だったろ?」


「…ホントよ。片付けもしなくていいって、意味解んなかった。絶望で…アタシ泣いたんだから。その日も翌日も。…事前に、教えてくれれば良かったのにぃ。」


「…演技が苦手で、お芝居を断り続けたモデルがいた…って誰かから聞いたけど?」


「…うるせ。」





芸能界のボスは、失脚した。




新型ウイルスの影響で自宅時間増加となり、テレビよりネットの動画サービスに触れる人口が増えた。…すると目立つ為、【禁忌】を話したがる動画配信者も増えていき、業界の闇が動画で暴露される…通称、暴露系配信者が生まれた。


すると、簡単だ。

自分の被害を、次々と告発し易い環境となり…被害者は雪だるま式に膨れ上がった。ウチのスタッフの元モデルも、その内の一人だった。

容姿の淡麗さと、その被害の悲惨さに。…多くの視聴者が関心を持った。



更に、佐々木母と玲奈の節約動画配信も、失脚に一役買った。


「一人暮らしをしたら、まずは観る動画チャンネル」

そんなキャッチコピーをつけられた、節約料理研究家。それが佐々木母。


細かな節約技術、長続きしやすいポイント。

生活のお得情報も含めると、【一人暮らしの節約】の最適解を教えてくれるちゃんねるとなっていた。


娘である玲奈のチャンネルも、より若年層にポイントを置き、簡単な料理を主に取り扱っていた。


その人気のあるチャンネルでも、芸能界の闇について触れたのだ。


「娘の同級生が、被害を受けた。…その同級生は昔、娘をいじめていた。色々あって今は仲良く、一緒に働いてる。」

そういった、雑談を佐々木母がしたのだ。


玲奈は「その人は同じ様に貧困になり、あの時はごめんと謝ってくれました。もう許しています。その人が働き出すと芸能界の偉い人から嫌がらせを受けたんです。それがこの動画です。」と、いつぞやの動画をアップした。


この動画が、バズってくれた。

次の動画には玲奈と福田さんが出演し、今の仲の良さを大いに話して…最後に、「本当に自分の浅はかさを後悔してるよ。こんな優しい玲奈を。…その時の楽しさだけで苦しめたんだから。」と大泣きした福田さんも印象的だった。


元モデルで、今は日本でも有数のアパレルブランドの社長である福田さんは、顔も売れていた。

過去のニュースも掘り起こされ、当時の芸能事務所社長と関連した人間たちが、軒並み吊るし上がっていく。



そこまで行けば、もう時間の問題だった。


ついに新型ウイルス絶頂期の2021年。芸能界から膿が押し出されるように。

大きな権力は、訴追され続けて、泡と消えていった。



「…ありがとね、真田。」

「なんも。…元部下の門出を祝っただけだよ。」


・・・・・・。


「あ、…あのさ。」

「んん?」


「…覚えてる?好きだって言った時のこと。」

「…ああ、覚えてるよ」


「アタシ、結構自信あったんだよ。…そりゃ、過去に酷いことも言ったし、玲奈にもきつく当たってた。…身体も売ってたしね。」


「…それは関係ないって。そう言ったろ?」


「でも、仕事をがむしゃらに頑張った。」

「…うん。一番頑張ったよ。」


「…誰かさんに。振られると、思わなかったんだよ。」


「…ごめんね。」


「あーあ。アタシの婚期、ここまで遅れちゃったじゃんか。」

「ふふ…。寄ってくる男を選り好みしたからだよ。」


「フン…!あんな、嫁を3人も抱えてる奴に言われたくないね!」


・・・・・。


それ以上は、この話をするのを辞めた。


福田さんは、大手のスマホ会社に勤めている男性と結婚した。

なぜその男性を選んだのか、周りに聞かれると「誠実で優しい」所が…惹かれたようであった。

幸せになってくれたのは、心より嬉しい。



福田さんと言えば。


「か、会長…そろそろ株式総会に要らして欲しいのですが…」


「…俺はもう行きませんよ、福田代表取締役。」


福田父は。

俺が行かなくなった【e-smile】のグループ全体の、代表取締役としての座について、現在業務をしてくれている。


「困りますよぉ。…ウチのグループじゃない会社からも。…会長にお礼がしたいって、皆が株式総会くらいは来るだろうと。…待ち構えてるんですよ~。」


「…前に一度、皆さんから挨拶と感謝を受け取りました。…もう十分です。」


「あんだけ投資して、日本の経済を底上げしたんですから。…一回の感謝だけでは、満足できない企業のトップだらけなんですよ!」


「…投資した金額分の利益は出して貰ったし。正直、それ以上の感謝は身に余りますね、ホント。…俺は10人の子供達と遊ぶだけで、1日が終わる生活が出来れば十分なんですよ。」



「まぁ、可愛いですからねぇ。おぉ…。愛ちゃんも大きくなった。女の子は成長が早い早い。真人くんは、いつも泣き虫ですなぁ」


…じじバカめ。

遠くで遊ぶ愛と真人を観て、頬が綻ぶ福田父。



・・・・・・。


「…会長。アナタは国家予算規模の投資をして、経済を成長させました。…もう十分に、他者を助けたんではないでしょうか?」


「…覚えていたんですね、福田さん。」



俺は、福田父に。

傍から観たら、非常にリスクの高い数々の投資を…している時に尋ねられた。

なぜ、投資先の基準が【誰かを助けられるか】なのかと。

訳は言えない。でも、コレなんだ。…そう応えるしか無かった。



「ええ。理由は判りませんが、アナタは急いで。…誰かを助けようとしている。」


「…日本に住む、誰かは。…助かったんじゃないですかねぇ。仕事が増えて、貧困に悩むことも少なくなった。正当な評価が増えて…不当な扱いが減った。」




「それで…それで十分じゃないですか。アナタは…アナタは、一体…子育てと言って雲隠れして。…一体何を、しているんですか?」


福田父は、何かを察したかのように。

本当の血縁があるかのように、心配してくれる。…それが凄く嬉しい。




「はは…。俺にもわからないですよ。」


「でも…。多分、天使様に。顔向けできる事を…したいだけですよ。」

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