第56話 何気ない幸せ

それは2013年の夏、7月。


消費税の増税が発表され、10月に増税が待ち構えることで、皆が我先にと生活用品や日持ちする食品の備蓄を行っていたような。そんな時期。



―――――【e-smile】本社。


「会長、昨日の面接なんですが…」

そこには福田さんの父がいた。


普段は人材派遣事業の方を任せており、その社会経験を十二分に活かして、徐々に増えていくウチのグループの舵取りをも、ある程度行ってくれていた。


「うん?…ああ。動画配信事業の新しい人員でしたっけ。福田さんに任せてたけど…何かあったんですか?」


「それが…少し過激な配信をしていた過去があったエントリー者がいたのですが…。」


「うんうん。…ウチはそういったの、やってないですからね。」


「あ、違うんですよ。ちゃんと落としてます。それが…。」


「…言いづらい話ですか?」



「…あの、気を悪くしないでくださいね。会長の大学時代の学友【佐々木 笑】さんが、名前を変えて…更に整形をして審査を通ってきたんです。」



「…まじですか。」



「…更に、その場で私に【身体を好きにしていいから、特別に採用して】と。」



「はぁ…、ホントに。」

俺は、頭を抱えた。



「…あの、その。…怒った私は。娘と同じ年の女性に対し、一喝し…それでも泣きついてくる彼女を振り払った際に、偶然では…ありますが、…彼女の頬を平手打ち…してしまいました。」



「…ああ、ナルホド。」



「…すみません、会長。…このような失態。彼女が騒ぎ…問題になった際には。私は責任を取ります。…自主退職…したいと。私は思っています。」




「…福田さん。俺は貴方と働いて、その仕事への熱心さに…自分の父の背中を。よく思い出すんです。面倒な仕事から逃げず、愚直に仕事をこなし続ける貴方が。私は尊敬も含めて、大好きです。」



「…ありがとうございます。娘と同じ年齢の会長に。…ここまでお世話になると思いませんでしたが。…本当に、感謝しています。会長を、…何故か年下とは思うことも出来ず、…ここまで甘えて。このグループにいさせて頂くことが出来ました。」




「…んん?」

何か、ちょっと話に勢いがありすぎるような…



「…私は、一度人生で自殺を考えました。自分の事業の失敗で、家族もろとも死んだほうが良いのかと。…ここまで立ち直せたのは、会長…貴方のお陰です。本当にお世話になりました。」



「…あ、いや。待って下さい、待って。お願いです」




「もう決意は固まりました!今まで!本当に!ありがとうございました!!」


完全に辞めるつもりだ。

もう、話すら聞いてもいない。






「…だ、だから!待ってって!福田さんッ!!辞めなくて…辞めなくて大丈夫!!!」



「…は、はぃ?」

きょとんとする福田父。鼻水に涙に…もうボロボロだ。





「…あの、【佐々木笑】はストーカーとして以前から対応してもらってるし、警備員に同様の事をして2回、警察が関与してるんだ。…今回、初めて対応した福田さんには悪いけど…。結構、ウチのグループ内では…よく見るヤツなんですよ!!」





「な…それでは…、私は。」




「ええ、ええ。コレまで通り、働いて大丈夫です。いや、働いてもらえないと…こっちが困りますよ。ウチのグループの大黒柱なんですから。」





「か…会長ぉおお!!!」





俺は父が死んでから、久し振りに中年男性に抱きしめられた。

愛情も、嬉しさも。

たっぷり込めて、抱きしめるものだから。





30分では終わらず、途中入ってきた梨沙や玲奈にも。

その様子をしっかりと観られた。





「…お、た…助けて…くれぇ!」




「ま、まさか…新しいライバルは…福田父!!」

「…どうしよぉ!?手強すぎるよぉおお!!」




違う、違うからぁ!!





「…ごめんなぁ。ウチの親父が、こんな感じで。」


「いや、そもそも【佐々木 笑】の問題だからね、元を辿れば原因は俺に有る…のかも知れない。」


俺は、福田さんと本社でコーヒーを飲んでいた。



「まぁ、あの佐々木も諦めないね。」

「…最近は、何でも有りになってきたけどね」


「アイツも、違う道があったんじゃないかねぇ。」

「そうだね…。俺と、結婚していた未来も…あったのかも、知れないね。」



・・・・・・・。



「ぷ…ぷぷぷ。。アッッハハ!!アハハハハハ…。冗談きついって、真田ぁ。そんな未来の欠片も感じなかったよ、アタシは。」


「そう…だよなぁ。」



「ま、なんとなく理解るよ。あの時…玲奈とか梨沙とかいなかったら、フラフラついていったかもね、真田も男だし…。」


「あ、うん。まぁ…そんな感じ、かな。…アレはあれで、…人当たりは良かったしね。最初に聞いた質問で、欲望全開で来なかったら…友達には成れたかも…知れないね?」



「…んー。そんなもんかね。アタシは絶対に無理だと思ったけどね?」




「まぁ、違う未来を語るほど…無駄なことはないね。…何かあってきたんだろ?」



「…お見通しかぁ。」

福田さんは一呼吸を置いて、質問してきた。


「…借金6000万。さーて、なんの額でしょうか?」



「んん?何の額だろ?…なにか投資したっけ?ウチのグループ。」


「…ブ―。アンタ、記憶力無いよねー。」


「あ、わかった。」


「はい、どーぞ。」



「…ネット販売のプラットフォーム変えた費用だ!あれ、見やすくなったよね。正直前の仕様は、突貫工事だったから…」



「ちっが~~~~~う!!」

飲み終わったコーヒーカップを机に叩きつけて、福田さんは怒った。



「あーあ、梨沙が買ってきたカップ。また壊したら、怒られるよ?」


「うるせぇ!早く考えなぁ?」

怒るとホント、ガラが悪くなるなぁ。


「…んー。何だろ。…正直、払うものが多すぎて、最近は何を買って、何にどれくらい支払いしたのか…。」



「はぁ…。もう良いよぉ、バーカ。」


「…すみませんとしか。」



「…借金6000万、アタシの借りた金だよ。…アンタから。」



「…おお、そう言えば。」



「一括で返せるまで、貯まった。…受け取ってよ。」


「…一生懸命、働いたねぇ。福田さん。」


「ああ。馬鹿なりに全力で働いたよ。色んなミスを庇ってくれて、ホントにありがとうな。…感謝してるよ、アンタには。」




「これから、どうするんだい?」


「…借金返したしなぁ。何にも考えちゃ…いないよ。」



「俺としては働いてほしいね。アパレルブランドもこのまま成長していったら、俺から買い取って欲しいくらいだ。」


「アンタから、ブランド…買い取るの?」



「…だって、ねぇ。俺は殆ど服の事はわからないし。流行も知らないし興味もない。興味あるのは、今は仮想通貨と株くらいだ。」


「…そっか。それも良いなぁ。アタシさ。借金返すことに全力だったから…ボンヤリしか考えてなかったけど…なんかこのままどっかの男を捕まえて…結婚すんのかなって。そんな風に思ってた。」



「…人生の選択肢として。是非とも考えてよ?敏腕のオンナ社長として…活躍する未来を。経理は…由佳は渡さないけどね。」


「あはは…アタシが…社長ねぇ。長谷川っち…アタシが連れてきたんだけど?」




「…絶対に駄目。」


「もう…俺の物だから。」


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