第49話 愛する家族と、不落の城

「キャー―――、可愛い!!」


【愛】と【真人】は従業員から、非常に人気がある。




アパレルブランドにお邪魔することは非常に減ったが、時折経理として参加する時がある。正直、経理とかに強い人間がいると助かるのにと思う時が増えてきた。




「お久し振りです、会長」

「ああ、長谷川さん。…助かるよ、ここまで資料とデータを集めてくれて。」



「いえ…。私もパソコン勉強し始めて。表計算ソフトってこんなに便利なんだなって思い知りました。会長みたいにシフトとか、多くの計算とか…こんな簡単に出来るようになるなんて…」



「あ、そうだよね。…これ、アメリカの面倒くさがりさんが、【俺の代わりにPCが計算勝手にしてくれないかな】って考えて作った物だからね。俺も面倒なものはすぐに表計算ソフトでマクロを組むよ。」



「???」


「勝手にやってくれるようにプログラムするってこと。」

「…ああ、なるほど。」



・・・・・・・。


「お子さん、可愛いですね。会長。」


「はは…。そうだろう。俺の宝物だ。」




・・・・。



「あ、いたー。長谷川さん。…あれ、もう幸村さんと一緒にいるの?」


「あ、お久し振りです。工藤さん。ええ…。お店の経理を確認お願いしていました。お子さん、本当に可愛いですね。」


店の奥にいると、梨沙がこちらに子供を抱いてきた。

すやすやと母の腕の中で眠る、我が子を見ると顔が綻ぶものだ。


「…お久し振りです、長谷川さん。」

「あ、佐々木さん。お久し振りです。本当にお子さん、可愛いですね?」


少し遅れて、もう一人の愛する人が来た。

豊かな胸に抱かれて、安眠するもう一人の我が子も一緒に。


「【愛】と【真人】、可愛いだろぉ!」

「ええ。ホントですね。会長に似て、どちらも愛らしいです。」



「はぁ…。凄いね、玲奈。」

「ええ。…とっても強敵よ、梨沙。」

何やら、不穏な表情の2名。




「…お二人は約束を覚えていますね?私も、もう25歳。婚期を考えたいんですけど?…心からお待ちしましたよ?」


「ぐッ…つ、強い。」

「や、約束は…守ります。」


完全に何かがある。そう感じた俺は…


「な…何だい?何か、あったの?…妻たちには、あんまり負担をかけるような事はして欲しくはないんだけど…」



妻2名と長谷川さんの間に入る。




「あらら。勘違いなさらないで下さい。会長。」


「…奥様達は、私と約束したんです。」


「子供が産まれるまでは。アクションしないでと。…その後、真田会長が許せば…私も一緒の家族に参加する為に動き出してもいい。と。」




…??

疑問たっぷりに振り返る。…どういう事?


「あ…あはは。あのね、聞いて幸村さん。」

「そ、そうね。聞いて欲しいです。幸村くん」


子供を2人が授かる前。

長谷川さんは俺に告白し、俺は断った。2人の愛する人間の目の前で。


その後、確かに2人と長谷川さんは。

女性だけで話し合って、2時間は出てこなかった。


「でも…その後、長谷川さんとはそういった関係にならないって…。そう決まったじゃないか。」


「私は【まだ】という言葉を付けた筈ですよ、会長。」


玲奈は口を開く。

「約束したの。もし、幸村くんが信じられる人間になったら。私達も信じられる人間になったら…。最後に幸村くんが望むなら、私達は大丈夫と。」


「そこで…」

長谷川さんは俺の前に立つ。


「私は約束しました。これから会長の信用を受ける為に過ごす事、そして奥様達の信用を受ける為、妊娠が終わるまでは不安にさせないと。そう…伝えました。」



「す…すまない。長谷川さん。正直、あの件以来…貴方を女性としては見たことは無かった。確かに美人で綺麗だ。…でも俺は愛する人がもう居る。」




「ふふっ…。それで良いんですよ。会長。」


「私は、これからアピールしますから。覚悟してくださいね?」



「長谷川さん、貴方は何故…俺を…?」



「ふふっ…。秘密です。あ、奥様達は知ってますよ?」



~~~~~~~~~~~~~~~~~


【長谷川 由佳】 私は25歳の元モデル。


子供の頃は、男の子と遊ぶことが多かった。

思春期には、男子にその背の高さで馬鹿にされて一緒に遊ぶことが無くなった。

女子にはもうグループが出来ていた。


その頃から、周りと一線を引く性格になったかも知れない。


高校になったら、その見た目に男は逆に寄ってくるようになった。

…嫌悪しか無かった。


もう少し、欲を隠して近寄れないものだろうかと。

モデルになると、権力のある人間に媚を売らねば…上に上がることは出来なかった。


身体を売る覚悟が無い。そう言われると…そうであった。

宙ぶらりんの位置で数年を過ごし、後輩であった福田さんの告発で一緒に辞めることになった。その時は23歳。ロクに恋愛経験も、学も無い元モデル。この先どうしようかと思った。けど…。


…すっきりしたなぁ。

私はきっと。モデルなんて生活は無理。男性のその目線が嫌い。


福田さんがアパレルブランドをやるらしい。

…私を信用して、声をかけてくれる。…本当に、嬉しいなぁ。


アパレルの出資者である会長が面接してくれた。

目も合わせてくれないが、一つ一つの事に配慮をしてくれる。…隣の女性を通してだが。あんまり、関わったことがない男性のタイプだな。


入って1ヶ月。このブランドに入社した事を、後悔した。

周囲の街の人に愛想を配るだけ。販売は全然力を入れない。


…金持ちの娯楽だったか。

そう、落胆したものだ。


ある日、生ゴミが投げ込まれた。

ある程度、芸能界から嫌がらせがあるかも。そんな噂を聞いていたが、こんな事が起きるなんて…。常軌を逸している。


その時、会長はあんなに弱そうなのに、行動した。

カメラにワザとやられた動画を撮り、状況的にだが二度同じ被害が起きにくいようにしてくれたのだ。


…この人はプライドが無いのか?…殴られるのが嫌じゃないのか?


そう思うと、興味が湧いた。

興味を持ってわかった。その人の行動は、未来を視ていた。


株式の投資で大きな額を当てても、その先でどうするか悩むだけ。

散財とか…派手に遊ぶとか…一切ない。


家族…も不思議。恋人が2人居るようだ。…浮気?

佐々木さんと工藤さんに聞いてみると、本人は2人と暮らすのを最初は嫌がったらしい。関係を持つこともだ。…押し切られたらしい。


…性欲が低い?ううーん。でも派手なスタッフの露出度の高い服を見るあの感じは…。性欲が無い訳ではないような。

再度2人に尋ねると、理性的過ぎるんだ。なんて笑い話が出た。


会長の仕事は、いつも熱心だ。

最初のアパレルでの行動は、やはり被害を想定していたからだろう。


会長に聞くと、「あんまりお客がいる時に起きたら、怪我が増える」と話す。

あれだけ下見に来ていたのも、スタッフが襲われないか。心配したのだろう。


深く、行動の意味を考えると。

どんどん、…どんどん好きになっていった。


スタッフ同士で話した時に、会長が好きと言うと…福田さん以外は皆、「えー。もっと良い人いそう」なんて言葉を話した。


…逆に嬉しくなった。この人達は、わからないんだ。…あの良さが。

一生わからないまま、居てくれないかな。


私が経理を覚えたのは、会長が助かるから。喜ぶから。

あの人が喜ぶ事を、私はしたい。

控えめに笑う会長の、笑顔をもっと見たくなる。


どんどん好きになると…恋人になりたくなる。全てが欲しくなる。

相談していた2人にもバレてきたようだ。私の気持ちが。




…約束した。

佐々木さんと工藤さんの妊娠を待ち、信用を得る。そして会長が信用できる人間になると決めた。会長を支えるのは…幸せだし、楽しい。


はやく、産まれて欲しいな。…不思議と妬む気持ちにならない。

【次は私だ】その気持ちで、胸はいっぱい。


産まれたら…。そしたら。私もスタートを切る。

こんなに1人の男性に。夢中になったことは無いのだから。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


その日は、結論を一度保留にした。


「恋人が居て、他に手を出す気はない」

「もう2人恋人居るのにですか?」


「ぐッ…。倫理観が…」


「もう一人。恋人増えたって良いじゃないですか?」

「いや…その…」


「ふふっ…。困らせちゃった。」



「俺は…そんな、手当たり次第には…」



「そんな会長だから、好きなんです。今日だけで決まると思ってませんよ。今後の関わりで決めて下さい。…結論は。…今度で、良いですよ?」






俺の悩みもう一つ、大きすぎる悩みが…増えてしまった。


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