第30話 佐々木さんのご奉公
2007年の冬も空けた3月。
両親を失って早2ヶ月。
慣れる事はない。そんな日常でも、必ず朝はやってくる。
「眠い…だが…メシを作る気にもなれん…」
結婚するまでは独身貴族で、一人暮らしを謳歌していた筈の俺だった。
だが、この身体に若返ってから、強い眠気に勝てない事が多いのだ。
枕元の時計を見ると、6時半…。なんてこった。
7時に起きようとしたのだが、早起きすることもあるんだな。この身体。
2度寝を謳歌しようと、再度枕に頭をくっつけると…
――――――ピンポーン。
ん?誰だ。こんな朝早く…
…無視しようか。
――――――ピンポーン、ピンポーン。
…むっとする。
誰だ、こんな朝早くから…
そう思って、ドアに向かう。
ガチャ…
「こんな…朝早くに…誰ですか…」
眼の前には佐々木さんが居た。
「おはよ、真田くん。ふふっ…眠そうですね。ごめんね、押しかけて。寝てていいからね?」
「んん…。佐々木さんか。…どしたの?」
「…だって真田くん、昨日も一昨日も朝ごはんと晩ごはん食べてなかったじゃないですかー。もう心配で…だから私、作りに来ましたー。」
そう言って、材料を両手にいっぱい持って来た佐々木さん。
「…んん。前もしてくれたね。ありがとう。…でも無理しないでいいよ?…俺、好きなタイミングでメシ買ってくるし…。朝からだと佐々木さん、大変じゃん。」
「ふふっっ…。ホント眠そうですね、真田くん。ご迷惑なら辞めますけど…、私はこの時間が、凄い好きなんです。…駄目でしょうか…?」
「…ずるい、言い方だね。…んんー。そうだね。唯一佐々木さんの行動に難癖をつけるなら…ドアを開けるために…俺が起こされるのはちょっと嫌かな?…わがままかもだけど。」
誰が見てもわかるくらいに、佐々木さんはしょげてしまった。
「あ、…ごめんなさい。起こしちゃいましたしね…。」
「…だから。」
俺は佐々木さんを玄関に残して、タンスの上段をガサゴソ探ってみる。
「…あった。コレ。あげるよ。持っていて欲しい。」
そういって紙の封筒を、佐々木さんに渡す。
「え…あの…これって?」
「…開けてみて。」
「あ、…はい。」
丁寧な手付きで佐々木さんは紙の封筒を開けていく。
「あ、…コレって…良いんですか?」
「んん。俺、今誰も頼りに出来ないし…、俺も失くすかもしれないし…ね。持っていてくれるかい?」
「…はい。嬉しいです。真田くんから…信頼されてるみたいで。…凄く。」
その封筒には、俺の家の鍵が入っていた。
紅く、表情を緩ませている佐々木さんに。
俺は繋げて、言葉を渡していく。
「ははっ…信用なら、ずっと前から信用しているよ。」
「はい…。…はい。信用、私もすっごいしています。」
「…あーはは。ありがとう。…それじゃ、それ。おばさんとか工藤さんとも、上手く共有してね?もうおばさんには伝えてあるから。」
「…え?」
「…だって、皆よく来てくれてるじゃないか。朝だって佐々木さんだけじゃないし…毎回起こされるのも、しんどいよ…」
―――――――無。
そう、佐々木さんの表情を例えるなら、無。
魂が抜けて【無】いのか。感情を失って【無】いのか。
そんな表情になっていた。さっきまで紅くなって可愛かったのに。
「…そうですか。…そうですよね。」
「…んん?合鍵、嫌だった?」
「い~え。別に~。何でもありませんよ~。」
「そっか。じゃあ、俺は少し寝るね。ああ、今日もバイトは来れそうかい?」
「…どうぞ、寝て下さい。…はい。いつものですね、わかりました。」
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佐々木目線
私の恩人。真田幸村くん。
いつも何を考えているのかわからない…だけど一つだけ判ることが有る。
この人は自分のことよりも他者を気遣う事が出来る。
尊敬できる人間性を持った人だってこと。
高校生なのに、色んな事を調べてビジネスに繋げていってしまう。
PC修理でも、サイト運営でも。
真田くんは私達が今まで見つけなかった可能性を見つけて、私や工藤さんのような人間を救って、拾い上げてくれる。
真田くんと行動を共にする以前は、2000万を超える借金を持っていた我が家。
たった1年半。それだけの期間で借金は返済仕切ることが出来、お父さんは身体を壊すこと無い仕事量でトラックを運転している。
お母さんはパートを続けながらも、ブログで節約についてどんどん発信して月に60万を稼ぎ出すようになった。ブログの収益は現在、全て真田くんに渡し切り、絶対に受け取らないようにしているみたいだけど。
だって…だって真田くんは両親を亡くしてしまったんだもの。
思い出すだけでも、恐ろしい人物。…大塚。
あの悪魔と心中するつもりで、真田くんはあの日に臨んだんだろう。
初めはパソコンのラッピングの時に絡まれた。
あの時、上手に対応できていたら…恨みを持たれることは無かったんじゃないか。
私にも、おじさまが亡くなった原因が有るんじゃないか。
そう思えて、仕方ない。
あの日の凶行。
最初は帰り道に女性が襲われていた。
なんとか真田くんが機転を利かせて、助けたけど。
本当はあの時に「怖いから一緒に来て!」なんて言葉でも。警察に頼み込んででも、あの男を、私達の思い出のいっぱい詰まったあの店に近づける事を防ぐべきだったんじゃないだろうか。
次におじさまが犠牲になった。
…あんなに優しく、そして頼りになった人は居ない。
私の家の事情を知って、過剰なまでの温情を掛けてくれた。
本当に、心優しい人物だった。
そして…私と真田くんが一緒になることを望んでくれた人。
「なあ…佐々木さん。」
「…なんですか、おじさま?」
「…アイツから告白とか…されないのか?」
「…なななな、何をそんな!!そ、そんな事、ある訳が…」
「ああ…佐々木さんもか…」
「…ええ??」
「いや…な。俺もなんだかんだ親バカでな。アイツは今まで人を避けて生きてきたような、そんな奴だった。そんな奴が…こんな可愛い、性格もいい娘を連れ回してるんだ。…期待もしてしまうって事だ。」
「あ…いや…あの…。…はい。私は真田くんと一緒になれたら…嬉しいですけど…」
「…おうおう。そうかいそうかい!!…いやぁ~嬉しいこった!!」
「あ、し、シーです!シーっ!!…絶対!! 絶対に真田くんには内緒ですよ!!」
「…おう。わかった。…応援しているぞ、未来の嫁さん。」
・・・・・・。
あの時の私は、真っ赤っかの顔でロクにラッピングにも参加できなかったなあ。
大好きだったおじさま。
そして、おばさま。
「佐々木ちゃん、コレうちの料理何だけど…どう?」
「あ、凄い美味しいです!!…あ、あのコレって真田くんが好きって言ってた…」
「ん。そうだよー。鳥の唐揚げ。私は北海道出身だから【ザンギ】って呼ぶけどね。」
「あ…前に工藤さんをこのお宅に迎えた時に、チキン南蛮を出してましたよね。その次の日に真田くん「あー。俺は唐揚げが好きなのに。すーぐ他の人を優先するんだぜ?」なんてボヤいてましたよ。うふふっ。」
「あははっ…。ホント子供っぽいのか、おじさん臭いのか解らない子だよ、あの子は…。」
「おばさま。…お願いがあるんですけど…」
「ふふっ。このレシピもかい?ぜーんぜん良いよぉ。」
「あ、ありがとうございますー!」
「…あーあ。早く…お嫁に来ないもんかねぇ。」
その時も顔は真っ赤に染まった。
本当に大好きなおばさま。
私は、少しでも真田くんを支えます。
…私には分からないけど、きっと何か大事なことを。
真田くんは、必ずすると思っています。
それまで、彼を甘やかすのは私の楽しみでもあるのです。
…許してくださいね、おばさま。おじさま。
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