第26話 逃げた悪魔と愛する父

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父である真田幸三は古風な人間であった。

早くから東北の田舎で育ち、何人もの兄弟の下の方で育っていた。


実家の畑を、常に手伝いながらも都会に夢を馳せる青年。

それが若かりし時の父であった。


高卒でサラリーマンと成り、様々な大学卒の社員に学歴を馬鹿にされながらも、会社での雑用をこなしながら馬車馬のように働いていった。


ある時、転機が父に訪れる。


所属していた会社に、ワープロと呼ばれるものが導入されたのだ。


ワードプロセッサー(Word processor)の略で、文書を作成する装置を指す。

文章作成専用のコンピューターだ。


日本語はタイプライターでは文書を作成しづらい。

その為、1970年代後半からパソコンが普及する1990年代まで、会社の事務所などで広く利用された。


それの不備がある度に、修理者が何度も会社にきた。

「おい、真田。お前若いんだから、この修理業者にわからないこと聞いてこのワープロが壊れにくいようにメンテナンスしろ。」


そんな命令を上司に言われた父は、不器用ながらも何度も見て、確認しては覚えていった。半年もする頃には周辺機器までメンテナンスを頼まれるようになっていった。


しかし、賃金は何年経っても変わらない。


世の中は徐々にバブル時代と呼ばれる時代に突入していった。

その為、その技術をもって父は修理業者として独立した。


最初は困ったようであったが、95年にパソコンが日本全体に普及していくと仕事は急速に増えていった。慣れない外国のパソコンについてを日夜勉強し、一家の城を建てることが出来たのは途中で愛する妻を持ち、心から大事な息子を授かることが出来たからであった。


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「ひゃーーーーははっははははははは!!!!!」



それが今、意味の分からない男に、蹂躙されている。

必死で築き上げた自分の城は、見事に壊された。

愛する息子はボロボロの状態だ。


…許せない、本当に許せない。


息子を店の外に出し、救急車を周囲に呼ばせた。

愛する妻と少女2名は、すぐに重要な物だけをまとめさせて逃していった。


この店は元々、ラーメン屋であった場所を買い取って改築した。

自分でも安い素材をかき集めながら、補強に補強を重ねた。


時には廃材にも手を出し、パソコンショップには珍しい、木材が壁面に多く使われている店でもあった。


だからこそわかる。燃え広がる炎が自分に伝えてくる。



…消火は、無駄だと。




そんな店を見て、父は始めに笑った。



「は…はは…何だ、コレは。」



「…どういう…ことなんだ…」



「どうして…どうしてだよぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」



父は叫んだ。



「あああっっっっ……幸村ぁあああ。がっっ…があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……うううううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」



父は、泣き叫ぶような。

怒りをどうして良いのか、わからないような。


そんな叫び声を上げた。

叫ぶ度に、流血の量が増していく。



「許すものか…ヤツを…俺は…絶対に許さない」


そう言って流血したままの父が、社用車に乗り込んで、元上司の後を追った。


「と…父さ…ん、行かない…で…くれ」

俺の言葉は届かない。



大塚が走っていったのは、街のハズレの郊外方向。


血まみれで鬼の形相をした父が、決死の決意で車を走らせて、大塚を追っていった。

そんな父が、大塚を見つけたのはそれから5分後のことであった。



ちょうど黒塗りの車に乗り込もうとした、そんな瞬間であった。



「見つけたぞぉぉぉ!!!貴様ぁあああああ!!!」




「…若、なにやらパソコンショップと書いた車がこちらに…」


「んん…ああ、さっき火を付けてやった店だなぁ。それが何だって…」




そう余裕を見せていると、その大塚に向かって車を走らせる父。


「ちょ…あの車、こっちに向かってきますよ!!」


「な…なんて奴だ、おいお前ら、早く発進させr…」


…ドォオオオオオオン!!



見事に黒塗りの車の横っ腹に、父の運転する車が突っ込んだ。


その衝撃で父はロックが甘くなっていたドアから放り出され、何度も地面に打ち付けられる。


黒塗りの車はベッコリと凹んでおり、真田家の車はバンパー部分が無くなっているように凹み、フロントからは煙が立っている。


「うげっ…ゲホゲホ…ガハァ…テメエ…良くもやってくれたなぁ。」

中から血を吐いて、足を引き摺った大塚が出てくる。



「コレでも、…貴様は死なんのか。だが…刺し違えても、お前だけは許さん…。俺の息子を…よくも…」


「はぁ…うぜぇなぁ。ウブっ…。ヤバいな。こんな血を吐くなんてよ…。クソ、下半身の感覚が…ねぇぜ。…仕方ねぇ。こいつぶっ殺して少しでも…早く治療受けなきゃ…」


「お前は…お前だけは…!!」


父は防犯グッズの刺股を持って、大塚を押さえつけようとする。

だが、素人が突き出しても上手く押さえつけられない。


「へっ…下手くそで助かるぜ。お前もフラフラじゃねぇか。」


「う…五月蝿い!!」




そう言いながら、足を引き摺った相手だ。…不器用な父でも刺股を振り回し続ければ…何度か繰り返せば、すぐに大塚を捕まえることが出来た。




「あーあ。やられた。畜生。」

「は…はは…。な、何だ?口先だけか…。良かった…すぐに捕まえられて…」


大塚は抑え付けられているのに、余裕綽々といった態度を崩さない。



「おい、おっさん。一つアドバイスだ。」

「な…なんだ?」





「俺を殺したかったら、ナイフで先に殺すべきだったな?」

「…どういう意味d…」





ガッ!!

ドサ…





父は頭部に強い衝撃を受けた。意識が飛びそうな衝撃と痛みを感じながら後ろを振り向くと、後方には鉄パイプを握った状態のスキンヘッドがいた。


「…ったく、遅えよ。木偶の坊」

「…ッス。すいません。遅れて…」




「ぐ…ぐああああ…」


「さあ、おっさん。…地獄の時間だ」







翌日、父は遺体となって発見された。

多くの暴行の跡を、身体中に付けた状態で。

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