魔王の子は悪役令嬢になりたい
本田翼太郎
第1話 とりあえず転生
本を読みながら歩くのが日課だった。
二宮金次郎さながらにラノベを詰め込んだリュックを背負って、登下校の時間を有意義に活用していたのだ。
最近ハマっていたのは悪役令嬢転生モノというジャンルだった。逆境に放り込まれるヒロインが、それでもなお勝利に向かう道筋を模索する。これぞ王道の人間讃歌。男心をくすぐる胸熱の物語だろう。
まあしかし、読書しながら歩くべきではない。そんな横着をしているから、トラックに撥ねられて死んじまうのだ。
薄らいでゆく意識の中、最後に目にしたのは道路に散乱したラノベ達だった。そいつらを詰め込んだリュックがエアバックみたいになって無傷で済むという奇跡が起これば良かったのだが、そう上手くいくはずもない。現実は非常だ。
もしも生まれ変わるなら、俺も悪役令嬢に転生したい。現世では振るうことのできなかった勇気をもって、己の人生を切り拓きたいと思う。そのさいに、おおよそ現実では起こり得ない奇跡的な偶然に助けられるなら、俺は人生を愛せるだろう。
体中が痛かった。頭がクラクラして、吐き気もする。頬が生暖かく、口いっぱいに血の味が充満していた。
そういえば俺はトラックに轢かれたはずだ。もしや一命を取り留めて、病院のベッドにいるのか。
周囲を確認する。農道のような場所に転がっているらしい。事故に遭ったのは街中のはずだ。理解が追いつかない。
寝返りを打って仰向けになる。ブロンドの女性がこちらを覗き込んでいた。
切長の目が印象的なクールビューティーだ。介助をしてくれていたに違いない。これを機にお近づきになれれば幸いである。
「お気づきになりましたか。どこか痛むところはございますか」
どこかも何も全身が痛い。しかし、ギャーギャーと喚けば好感度が下がりそうだ。かまって欲しいのはやまやまだが、平静を装うことにする。
「殿下がお目覚めになったぞ。罪人をここに連れてこい」
罪人とはトラックの運ちゃんのことだろうか。たしかに轢かれたのはムカつくが、それよりも先に病院だろう。キレイなお姉さんではあるが、案外プッツン系なのかもしれない。
「いつまでも寝てないで、さっさと血まつりにしてくださいよ」
男の声が聞こえた。
なんつー、非常識な野郎だ。俺はすでに血まみれだよ。これ絶対、口の中切れてるし、しばらくヨーグルトしか食べれないじゃん。
「貴様、口の利き方がなっておらんぞ! その首割っ切って、豚の餌にしてやろうか!」
お姉さんが物騒なことを口走った。残念ながら、ソッチ系の人らしい。このままでは無用な争いが起きそうなので、今のうちに止めておこう。
「俺は大丈夫です。みなさん、助けてくれてありがとうございます」
難なく体は動いた。というより、いつもより軽快である。
「もうすぐ救急車も来るでしょうし、お兄さんは帰っていただいて構いませんよ」
そういって、目つきの悪い男に会釈をする。赤いカーリーヘアは肩まで伸びており、軟派な印象を受けた。
男はいぶかしげな表情でこちらを注視した。ガンを飛ばされているのだろうか。見た目からしてヤンキーのようだが、犬を連れているので悪人とは思わない。
「お姉さんもありがとうございます。念のため、そばにいてもらえると心強いですが、置いていってもらっても大丈夫ですよ」
向き直って礼を言った。爽やかな好青年と思われるよう、自然な笑顔を心がける。
しかし、反応は芳しくない。何やら不気味な物を見るように、引きつった顔をしている。
「おいおい、こりゃあ本格的にイカれたな」
リードで繋がれた犬を引きずりながら、ヤンキーが近づいてくる。他人様の笑顔を見てイカれたとは、無礼な輩だ。
「まあいいッスわ。それより、この犬ぶっ殺さないんですか。面倒っつーなら、オレが殺っときますよ」
男はそう言うと、あろうことか自分の愛犬を踏みつけた。動物を大切にしないヤツには虫唾が走る。
「おい、その足をどけろ」
「はい? どうしました?」
頭に血が上るのを感じた。今までに体験したことのない激しい怒りだった。全身が熱を帯びる。
「どけろっつったんだよ!」
怒号があたりに轟いた。自分の口から発せられたとは信じられない威圧感を伴なっていた。
目に見えて怯える男。俺はその足を引っ掴み、力任せに持ち上げる。
「ぎゃぁぁぁぁああ!!」
男は勢いよく倒れ、悲鳴を上げた。
「殺されてぇか、クソ野郎が」
俺は手に掴んだままの足を相手に向けて突き出す。腹の虫は依然としておさまらない。そうしてしばらくのあいだ、膝から下を無くした男がのたうち回るのを見下ろしていた。
俺はだんだん冷静さを取り戻していく。自分のしでかしたことが信じられない。先ほどまでの怒りは、自分以外の誰かの感情としか思えなかった。
まじまじと男を観察する。
ん、こいつ、足がもげてるぞ。つーか、もげた足、俺が持ってるし。え? もしかして、俺がもいだの? もぎもぎフルーツじゃないし、まさかね。
状況から判断して、俺の手にあるのは男の足のようだ。え、ヤベーじゃんこれ。洒落にならん。
「きゃぁぁああ!!」
気づけば俺は叫んでいた。目の前の現実が脳のキャパシティを超えたらしい。
「ぎゃぁぁああ!!」
「きゃぁぁあ!!」
悲鳴の二重奏に釣られたのか、犬までも怯えた様子でキャンキャンと吠えはじめた。
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