第70話 【精霊騎士】、迷宮精霊と出会う。

 迷宮の最奥にある豪華な扉を押し開けると、そこにいたのは、


「やっぱりな」


 牛の頭をした大型の人型精霊――迷宮精霊【ミノタウロス】だった。


【イフリート】や【ペンドラゴン】のような2、3階建ての建物ほどある巨体ではないものの、身長6メートルはあろうかというその体躯は、壁と天井に囲まれた迷宮では尋常ならざる威圧感を放っている。


「確認しました。部屋にトラップはありません。ゴーレムもいないみたいです」


 ミスティが精霊術【看破】によって、即座に部屋の中の状況を把握する。

 ほんと強い能力だなぁ、これ。


「ってことは注意すべきは【ミノタウロス】だけってわけだ」


「はてさて、どう出てくるでしょうか?」


「うーん……【ミノタウロス】の精霊としての能力は、迷宮制作っていうただ一点に特化しているんだよな。だからお得意のトラップとゴーレムがない今の状況は、完全に詰んでいるはずなんだけど」


「うむうむ、だからといって油断は禁物ということじゃな?」

「ですね、魔王さま」


 俺たちが【ミノタウロス】の出方をうかがいながら作戦会議をしていると、


「来たぞ――!」

「動きましたね、魔王さまは少し下がっててくださいね」

「う、うむ! よろしく頼んだぞ2人とも」


 【ミノタウロス】が巨体を揺らしながら、のっしのっしと威圧感たっぷりに近づいてくると、俺たちから5メートルほど手前で、ピタッと静止した。

 そしてわずかな沈黙の後、


 ――ぼ、僕はとても人見知りで。だから誰とも関わらずに平和に暮らしたいだけなんです。ここを出て行けと言うなら出ていきます。だからどうか命だけは助けてください、なにとぞ……――


 折り目正しく正座をし、さらには額を地面にこすりつけるようにして、土下座を始めたのだ。


「……えっと、ミスティ?」

 俺はなんと言ったらいいものか困ってしまってミスティを見た。


「わ、わたしに振るんですか!? こういう時はやはり魔王さまの出番ではないかと」

「自慢ではないが、土下座からのいきなり不意打ちを受けたら、妾じゃ死ぬかもしれんのじゃぞ?」


 む、それは確かに。


「……じゃあ俺が代表して話すな?」

「お任せします」

「任せたのじゃハルト」


 俺は少し前に出ると、いまだ土下座を続ける【ミノタウロス】に言った。


「とりあえず顔を上げてくれ。俺たちは討伐に来たんじゃない、近くにダンジョンができたから、その危険性の確認に来ただけなんだ」


 ――本当ですか?――


「本当だよ。だから土下座して謝る必要もないし、へりくだる必要もない」


 俺の言葉に【ミノタウロス】はホッとしたように顔を上げた。


「たださ、ゴーレムがいてトラップも仕掛けられていただろ? 間違えて子供が中に入ったりしたら危ないから、そういうのはやめてもらえないかな?」


 ――ううっ、ですがそれだと悪い人に入られたら、僕はやられちゃいます。見ての通り、僕は迷宮作り以外には何の力も持たないよわよわ精霊なので……――


 しかも気まで弱そうだった。


「だけど、そもそも精霊が見える人間は、ほとんどいないだろ?」


 ――今まさに精霊を見える人たちが、目の前に3人もいるんですけど……――


「それを言われると辛いものがあるな」


 俺は痛い所を突っ込まれてしまい返答に窮してしまう。

 100万人に一人の精霊使いが3人も集まってることなんてまずないんだけど、それを説明しても【ミノタウロス】が信じてくれるとは思えない。


「分かった、ならば妾が入り口に警備員を配置しようではないか」


 ――あなたは?――


「妾はこのあたり【南部魔国】を治める魔王じゃよ」


 ――ま、魔王さま!? どうか! どうか命だけはお助けを!――


 魔王登場と聞いて驚愕に目を見開いた【ミノタウロス】は、さっきよりも激しく土下座を敢行した。

 まぁ何も知らずに【魔王】と聞いたら普通はそうなるよな。

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