第55話 初めての浴衣
本格的な夏が始まり、連日暑い日が続いていたある日。
俺と幼女魔王さまとミスティは、夜のお祭り――いわゆる縁日に行くことになった。
待ち合わせの時間は夕方だったんだけど、この日は約束の時間のかなり前に、幼女魔王さまとミスティが俺の部屋へとやってきた。
が、しかし。
2人の服装は、いつもとは大きく違っていた。
2人が着ているのは、ボタンなどの留め具を使わずに、腰の
かなり昔、警備で行ったリーラシア帝都文化振興センターの展示で、ちらっと見たことがあった。
「どうじゃ、似合うかの?」
「ハルト様、よろしければ感想をいただけると、嬉しいです」
そう言うと、2人はその衣装を俺によく見えるように、可愛くポーズをとったり、くるっと回ったりしてみせる。
幼女魔王さまのは、薄ピンクの生地に、赤い大輪の花が咲き誇り。
ミスティのは、水色の生地に赤い金魚が涼しそうに泳いでいた。
似合うか似合わないかと問われれば、もちろん似合っている。
「2人ともすごく似合っているよ。生地が薄くて見るからに涼しそうだし、今の季節には合いそうな服だな」
「うむうむ。であるか」
「えへへ、ありがとうございます♪」
俺が感じたままに素直に褒めると、幼女魔王さまとミスティは2人そろって嬉しそうに微笑んだ。
「たしかこれって南部魔国の、今は
「おや、なかなか詳しいではないか」
「昔、リーラシア帝国にいた頃に、文化振興センターに飾ってあるのをチラッと見たことがあってさ。ええっと、なんて名前だったかな? や……よ……ゆ……、ユカリ、だったか?」
たしかこんな感じの名前だったはずだ。
「惜しいのぅ。一文字違いじゃ。これは『
「そうそう、それだ! 浴衣だ!」
「ですがハルト様。
「そうなのか?」
「もちろん平素はほとんど着んがの。じゃが夏のお祭りでは、
「なので今日の縁日では、私たちだけではなく、多くの人が浴衣を着ていると思いますよ」
「そうだったのか……他国のこととはいえ、文化振興センターに書いてあることって、意外といい加減なんだな。あれは子供も校外学習で見学にくるってのに」
もしリーラシア帝都に帰る機会があれば、その旨、指摘してあげよう。
――機会があれば、だけど。
なんと言うかまぁ、その、ね?
リーラシア帝国の英雄で、支持者も少なくなかった勇者を、俺はたくさんの帝国兵が見ている前で討ち取っちゃったからさ。
リーラシア帝国に帰れるかは、正直かなり微妙なところなんだよな。
国家反逆罪の可能性もあるし、下手すると元・勇者の支援者に暗殺されかねない。
そういうこともあって、最近はリーラシア帝国への帰還を諦めて、南部魔国への定住を考えている俺だった。
幼女魔王さまの命を救った恩人として、南部魔国の国民からの好感度はかなり高いみたいだし。
それに新・勇者ミスティ率いる新生・勇者パーティのメンバーとして厚遇してくれるって、幼女魔王さまも言ってくれてるしな。
どっちに居るのがいいかって言ったら、もちろん考えるまでもない。
とまぁ。
どうにもままならない人生について、つい考えてしまっていると、
「ハルト様の
ミスティが
幼女魔王さまとミスティが着ているのと比べて、とても落ち着いた色合いをしている。
おそらく男物の
「本当か! ぜひ着てみたい」
もちろん俺は即答した。
だって、他国の古い民族衣装を着る機会なんて、下手したら一生ないもんな。
これはテンションも上がらざるをえないってなもんだ。
「それでは今から浴衣の着方をレクチャーしますね」
「よろしく頼むな」
俺はミスティと幼女魔王さまに手取り足取り教えてもらいながら、初めての「
「ここをこうして……最後に帯を結びます。はい、できました♪」
ミスティが手慣れた様子でキュッと帯を締めてくれて、意外と簡単に浴衣への着替えは完了した。
「へぇ。帯だけで意外としっかり固定されるんだな。なんとなく、もっとほどけやすそうに思えたんだけど」
手足を動かしたり肩を回したりしてみるが、浴衣が乱れたり、はだけそうな雰囲気は全く感じられない。
「昔はこれで生活しておったからのう。そう簡単にほどけてしまっては、日常生活にも困るというものじゃよ」
「言われてみればたしかにそうだ」
「ではどうぞ、姿見でご確認ください」
姿見に映った浴衣姿の自分は、まるで別の異世界の住人のようだった。
「ほぅほぅ、ほほぅ。なぁなぁ、自分で言うのもなんだけど、けっこう似合ってるんじゃないか?」
俺はいつもと違う自分を、何度も何度も確認する。
「はい。よく似合ってますよ、ハルト様」
「ハルトは南部魔国に多い黒髪じゃからの。まったく違和感なしなのじゃ」
さらに、浴衣とセットで
「専用の小物までガッツリそろえてもらって、テンションがもりもり上がってきたぞ! ありがとな、2人とも!」
「では縁日用の装備も整えたところで、行くとするかの」
「いざお祭りへ!」
俺は2人の好意に最大限の感謝をすると、意気揚々と縁日に出陣した!
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