第50話 精霊は友達こわくない
『オレ』は黒曜の精霊剣・プリズマノワールを無言で振り下ろした――幼女魔王さまのほんのわずか、0,1ミリ手前まで。
まさに命の危機という状況にもかかわらず、幼女魔王さまは相も変わらず笑みを浮かべたままだった。
まるで『オレ』が話を聞いてくれることを確信していたかのように、微動だにしない。
「死ガ怖クはナイのカ?」
『オレ』の問いかけに、
「もちろん死ぬのは怖いのじゃよ? じゃが友達は怖くないのじゃ。ほれ、実際にお主はこうして剣を振り下ろすのを、途中で止めてくれたであろう?」
幼女魔王さまはあっけらかんと答えた。
「角ノ無イ鬼フゼイガ、知ッタ風ニ言ウモノダ。貴様ガオレノ、何ヲ知ッテイル?」
「原初の破壊精霊【シ・ヴァ】の前では、
してやったりといった表情の幼女魔王さま。
「――」
「じゃろう?」
黒曜の精霊剣・プリズマノワールを突き付けたままで、じっと見つめ合うこと十数秒。
「友達カ――フン、興ガソガレタ」
その言葉と共に、俺の中で【シ・ヴァ】の存在が、嘘のように急激に薄らぎ始めた。
まるで最初から存在していなかったかのように、時間を巻き戻しているかのように、人知を超えた圧倒的な【シ・ヴァ】の存在が、黒曜の精霊剣・プリズマノワールの刃へと戻っていく。
それとともに、
「ぁ――がッ、く、マオう――魔王、さま」
真っ暗な闇の中へと消え去りかけていた俺の意識が、再び明るい世界へと顔を出した。
「やれやれ、やっと意識を取り戻したみたいじゃの」
「信じられない……俺は帰ってこれたのか……?」
「うむ。お帰りなさいなのじゃよ、ハルト」
「ただいま……魔王さま……」
「むむ? どうしたのじゃ、そのような
「だってまだ信じられないんだ、まさか原初の精霊【シ・ヴァ】と友達になるなんて。そんな突拍子もない発想は、俺には全くなかったから」
「ふふん、こんなことで驚くとは。ハルトもまだまだ、様々なことへの理解が足りんようじゃのう」
幼女魔王さまがどや顔で笑った。
「ははっ、どうやらそうみたいだな。精霊使いとしてもスローライフについても、俺にはまだまだちっとも理解が足りていなかった。ありがとうな、助かったよ魔王さま」
「なーに、礼には及ばぬ。そもそも先に命を救われたのは
「ほんとかなわないな」
「こう見えて
「心から納得したよ」
話が一段落したところに、
「ハルト様、ご無事で何よりです!」
ミスティが感極まった様子で飛び込んできた。
いまだ抱き合ったままの幼女魔王さまと俺を、2人まとめて抱え込むようにハグをしてくる。
「ミスティにも心配かけちゃってごめんな」
「とんでもありません! それに最後はこうして勝利をおさめてみせたのですから」
「俺の力だけじゃないさ。魔王さまに助けてもらったからこその勝利だよ」
「それでも私は今回の一件で、ハルト様は真の英雄であると心の底から確信しました!」
「あはは、サンキュー」
ミスティの目には涙がにじんでいた。
それは絶望による悲しみではなく、心の底からの安心と、これ以上ない喜びの涙だった。
「なんにせよ、とりあえずはこれで一段落じゃ。後は――」
「この戦争を止めないとな……くっ」
俺は2人から離れようとして、しかし貧血にでもなったみたいに、ふらついてしまう。
よろける俺の身体を、ミスティが慌てて身体を支えてくれた。
「悪い、ちょっとクラっときた……助かったよミスティ」
「いえいえ、支えるのには滅法慣れておりますので」
さすが幼女魔王さまをいつも支える、サポートのプロは言うことが違うな。
「ハルト、少し休んでおるのじゃよ」
「だめだ、こうしている間にも戦闘は続いている。俺にいい考えが――」
「大丈夫じゃよ、ここは
「魔王さまに?」
「うむ。じゃがその代わりに、ハルトの契約精霊を少し借りるからの」
「俺の契約精霊を借りる、だって?」
「そう、大丈夫なのじゃよ。気負う必要なんてないのじゃ。なにせ精霊は友達、
「まさか――」
幼女魔王さまが大きく息を吸い込んだ。
「風の最上位精霊【シルフィード】よ。今だけでよい。
――はーい――
「な――っ!?」
幼女魔王さまの呼びかけに、俺と契約する風の最上位精霊【シルフィード】が嬉しそうに舞い踊りながら応えたのだ!
幼女魔王さまは【シルフィード】が反応したことを確認すると、キリリと凛々しい顔になって戦場に視線を向けながら、宣言した。
「戦場にいる全ての者に告ぐ!
戦場に幼女魔王さまの凛とした声が響き渡る。
「これ以上の戦闘は無意味である! リーラシア帝国軍はただちに降伏せよ! 繰り返す、リーラシア帝国軍はただちに降伏せよ! また我が軍には以下のことを厳命する! 降伏した兵に手を出すことは断じて許さぬ! どのような理由があろうとも、降伏した帝国兵に危害を加えた者は、一切の容赦なく厳罰をもって処断するゆえ心するがよい! 繰り返す、勇者は我が友・精霊騎士ハルト・カミカゼが――」
幼女魔王さまの声が戦場の隅々まで届けられるとともに、合戦の音が潮が引くように鳴りやんでいき、戦意を失ったリーラシア帝国軍の兵士たちは次々と武器を放りだし、降伏し始める。
「まったく。今日は魔王さまに驚かされてばかりだな」
自分の命と引き換えに戦争を終わらせようとしたこと。
原初の破壊精霊【シ・ヴァ】と友達になってみせたこと。
俺の精霊と心を通わせてみせたこと。
そして今。
幼女魔王さまの声が発せられるたびに、武器を打ち合う音や敵味方の怒号が、潮が引くように聞こえなくなってゆくのだ。
「魔王さまは全然へっぽこなんかじゃないだろ。こうやって誰もが魔王さまの言葉に耳を傾ける。これのどこがへっぽこだ? 魔王さまは最高の魔王さまだよ」
俺は戦闘の終結を強く確信すると同時に、糸が切れたように地面に座り込むと、まぶたを閉じた。
「強行軍で戦場まで来て、勇者と戦って、死にかけて、【シ・ヴァ】を召喚して、暴走させてしまって……さすがに疲れた」
もういいよな?
ちょっとだけ寝させてくれ……。
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