第三章 ゲーゲンパレス・スローライフ(前編)

第12話 【精霊騎士】、メイド喫茶に行く

 翌朝の朝食――昨日の夕食と同じく幼女魔王さまとミスティと3人でワイワイ楽しく食べた――の席で、


「今日は街に出かけるのじゃが一緒にどうじゃ? ハルトはゲーゲンパレスは初めてであろう? 案内あないするぞ」

 幼女魔王さまがそんな提案をしてきた。


「マジか。ぜひともお願いしたい」

「決まりじゃの」


 俺に断る理由などなく、深く考えずに提案に乗っかったんだけど、そこで俺はふと我に返った。


「でも、いいのか?」

「なにがじゃ?」

「だって一国の王様に街を案内してもらうなんて、普通はありえないよな?」


 あまりに突拍子とっぴょうしがなさ過ぎて、誰かに言ったとしても与太話よたばなしとして鼻で笑われてしまうことだろう。


「なーに、命の恩人に礼を尽くすのは当然じゃよ」

「形式上は魔王さまの城下視察に同行、という体ですけどね」


「正式に国賓待遇とすると、いろいろと手続きがややこしくてのぅ。今のハルトは、わらわの個人的な賓客ひんきゃくという立場なのじゃよ」

「それでも十分すぎる歓待だよ。ありがとな魔王さま、ミスティ」


 というようなやり取りがあり。

 俺は幼女魔王さまとミスティに連れられ、王宮からそう離れていない地区にある『メイド喫茶』なる飲食店へとやってきた。


 このメイド喫茶なる場所は、

「ここはわらわの憩いの場であると同時に、情報収集の場なのじゃよ」

 とのことだった。


「魔王さまの話ぶりを聞く限り、かなり頻繁ひんぱんに通っているみたいだな」

「うむ。いわゆる常連というやつなのじゃ」

「名前から察するに、メイドが運営している喫茶店なんだよな?」


「チッチッチ」

 と、ここで幼女魔王さまが人差し指を立てながら左右に振って、俺の言葉を否定した。


「あれ? 違うのか?」


「いいや、概ねあってはおるのじゃ。が、しかし! メイドと呼び捨てるのではなく、『メイドさん』と親しみと敬意を込めて丁重に呼ぶのがここでの習わしなのじゃよ」


「そうなのか。了解した。ここではメイドじゃなくて、メイドさんな」

「うむ。これはとても大事なことであるゆえ、決して忘れるでないぞ」

「心しておくよ」


 魔王さまからメイド喫茶の特殊なルールを事前に教えて貰って、準備は万端。


「ではわらわがドアを開けるゆえ、心して着いてくるように」

「いや、喫茶店に入るだけだよな?」

「入れば分かりますよ。ふふっ」

 小さく首をかしげる俺を見て、ミスティがクスクスと楽しそうに笑った。


 幼女魔王さまがドアを開けると、カランコロンと気持ちのいいドアベルが鳴る。

 俺たちが入店すると、すぐに受付係のメイドさんから、


「お帰りなさいませ魔王さま、お嬢さま、ご主人様♪」


 まるで自分の屋敷に帰ってきたかのような不思議な挨拶をされて、俺はいきなりビックリさせられる。


「えっと、『お帰りなさい』? 『いらっしゃいませ』じゃなくてか?」

「はい♪ お帰りなさいませ、ご主人様♪」


 俺の質問に答えるように、素敵な笑顔を今度は俺だけに向けて、メイドさんが可愛く微笑んでくれる。

 それだけで、なんだか胸の奥がほわほわっと嬉しくなってしまう。

 ここはそんな不思議な癒し空間だった。


「ふふん。出迎え一つで、たいそう驚いておるようじゃの。じゃがしかし、これはまだまだ序の口じゃからの」


「なん……だと……!?」

 これが序の口だと?

 さすがは最先端文化、おそるべし!


 その後、案内された4人がけのボックス席に、俺は一人で、幼女魔王さまとミスティが横に並んで、俺と向かい合うようにして腰をおろす。

 ミスティは王宮でも着ていたミニスカメイド服を着ているため、ここのメイドさんが同席しているように見えるかもしれない。


 改めて、ミスティという女の子は幼女魔王さまの近衛兵(というか私兵)で、普段は専属メイドを務めているらしい。

 実家のアーレント家は、かつて武門で名をはせたそこそこ上流の貴族なのだとか。


 そしてタイミングを見計らっていたのだろう。

 俺たち全員がちょうど注文を決めたところで、ホール担当のメイドさんが注文を取りにやってきた。


 幼女魔王さまの行きつけの店というだけのことはある。

 細かいところまで気配りのきいた良いお店だな。


「俺はこのコーヒーとホットケーキのセットを」

 俺はシンプルにベーシックセットを注文する。


わらわは『チョコ増しわんわんミルフィーユ』と、『森のくまさんパフェ』、『ねこにゃーんラテアートカフェ』の甘々セットなのじゃ。砂糖マシマシで頼むのじゃ」


 幼女魔王さまは一部よく分からない謎の形容詞で飾り立てられた、聞いただけで口の中が甘ったるくなりそうなセットを、さらに砂糖増量で注文した。


「私は『お絵かきオムライス』をお願いします。それと『一緒にランチ』サービスを追加で」

 ミスティも謎の形容詞が付いたオムライスと、なにかのサービスを別に注文していた。


 注文を終えるとすぐに、入れ替わるようにさっきとは別のメイドさんが一人やってきて、そのまま4人掛けの空いている一席――つまり俺の隣へと腰を下ろした。


「本日は『一緒にランチ』のご注文、ありがとうございまーす♪」


 メイドさんは開口一番、愛嬌のある笑顔で朗らかに言った。

 どうやら最後にミスティが言った『一緒にランチ』とは、追加料金を払うことでメイドさんが相席してくれるというサービスらしい。


「帝都では夜のお店は別として、こんなサービスはなかったな」


「これも観光産業の一つなのじゃよ。おもてなし、というやつじゃ」

「なるほど」

「ちなみにお触り・下ネタ・セクハラもろもろは厳禁&出禁じゃからの? ルールを守って楽しく喫茶なのじゃ」


「もちろんだとも」


 そして『一緒にランチ』をすることになったメイドさんはというと、


「それってネコ耳だよな……? ってことは獣人族か」

 頭の上でネコ耳がピコピコと可愛らしく動いていた。


「当ったりー。私は獣人族ネコ耳科のナナミだよーん。そういうおにーさんは角もないし耳も丸いし、ドワーフみたいに小柄でもないし……もしかして人間族? ゲーゲンパレスじゃ珍しいね?」


 隣に座ったネコ耳メイドさんが、興味津々って感じで尋ねてくる。

 それに俺が答えるよりも先に、幼女魔王さまが口を開いた。


「こやつはハルト・カミカゼ。わらわの客人なのじゃ。昨日、命を助けてもろうての。しばらく王宮に滞在するゆえ、ナナミもよろしく頼むのじゃ」


「うわっ、すっごーい! 魔王さまの命の恩人だなんて! おにーさん、かっこいー! あっ、その腰に差した剣で、ばったばったと悪者を退治したんだね! 素っ敵~~!」


「そ、それほどでも、あったりなかったり……?」


「ねぇねぇ。ナナミ、おにーさんが活躍する素敵なお話を、いろいろ聞きたいな~♪」


 ネコ耳メイドさんが目をキラキラさせながら、俺のことをこれでもかと持ち上げてくる。


 いや、分かっているよ。

 そういうお仕事なんだって。


 相席したお客さんに、時間いっぱい気持ちよく会話を楽しんでもらうのがナナミのお仕事なんだってことくらい、子供にだって分かることだ。


 でもそうと分かっていても、可愛いメイドさんにおだてられて嬉しいことに違いはなかった。


 そんなこんなで話が盛り上がっているところに、注文した軽食が次々と運び込まれてきた。


 そして俺はそこで、最先端文化都市【ゲーゲンパレス】における驚愕きょうがくのおもてなしを目にすることになったのだ……!

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