第2話 旅立ち ~南へ~


 二か月前に購入したばかりの真新しい屋敷の、真新しい門の前で、俺は使用人たちと最後の別れを行っていた。


「こたびは私どもの力及ばず、お館様の無実を証明することが叶いませんで、誠に申し訳ありませんでした」


 先日雇い入れたばかりのナイスミドルな執事長が、腰を90度に折る勢いで、深々と頭をさげてくる。

 後ろに並んだ他の使用人たちも、それにならって一斉に頭を下げた。


「いいや、すまないのは俺の方だよ。みんなを雇って早々に無職にさせちまってさ。渡した一時金で、次の職を見つけるまでどうにか食いつないでくれ」


「なんともったいないお言葉。数年は働かずとも食べていけるだけの、十分すぎるほどの支度金を頂いた上に、そのような優しいお心遣いまでいだたけるとは」


「俺にはもうそれくらいしかしてやれないからさ。じゃあ、日も高くなってきたし俺はもう行くよ」


 俺は使用人たちに背を向けた。


「お館様、どうかご武運を――」

「「「「ご武運を!!」」」」


 こうして。

 勇者の受けた『神託』によって追放された俺は、使用人たちの温かい言葉に見送られながら、屋敷を後にした。


 謀反の疑いをかけられた俺だったものの、北の魔王ヴィステム討伐の功もあって都払みやこばらい――帝都から追放されるだけで許されていた。


「許されていたっていうか、そもそも何もしてないからなぁ……」


 今回の神託は間違いなく、偽りの神託だ。

 けれど俺にはそれを証明する手立てがない。


「神託は勇者だけが聞くことができる、神の言葉だ。聖剣に選ばれた勇者が神託を受けたと言えば、それは皇帝陛下の勅命よりも重い意味を持つ。頭では分かっちゃいるけどなぁ」


 分かっちゃいるが、こうもあからさまに悪用されると、愚痴の一つも言いたくなるってなもんだった。

 もちろん愚痴を言っても何も解決はしない

 俺にできることは、ただただ神託に従うことだけだった。


「ま、考えてもしょうがない。ここからまた人生をやり直そう」


 俺は勇者の持つ聖剣と並んで『第一位階』に属する『黒曜の精霊剣・プリズマノワール』を腰に差し、一路新たな旅立ちへ――!


「うーむ、どこへ行ったものか……」

 ――向かいかけて、しかし初っ端から途方に暮れていた。


「とりあえずは気楽な一人旅でもと考えていたけど、そもそもどこへ行くかすら決めていないもんな」


 帝都の城門を出てすぐ、街道の最初の分かれ道の脇の草むらで、俺はどうしたものかと思案していた。

 なぜ脇の草むらかというと、帝都へ続く街道はどこも行きゆく人でいっぱいだからだ。

 なので、立ち止まる時は交通の邪魔にならないように、道の外に出るのが帝都周辺の街道の暗黙のルールだった。


「帝都に近いところにいるのは、また謀反の疑いを吹っ掛けられるかもしれないから、まずいよな。ま、考えても仕方ないか。それにこういう時のためにこいつがあるんだしな」


 俺は腰に差していた黒曜の精霊剣・プリズマノワールを、鞘から引き抜いた。

 黒曜石のように美しく黒光りするその剣を、ザクっと無造作に地面に突き刺す。


 そして、


「幸運を呼ぶ精霊【ラックス】よ、今こそその力を示したまえ! 【未来視ビジョン】!」

 俺は幸運の上位精霊【ラックス】へと力強く呼びかけた。


 ――あいさ~――


 すると、ちょっとアホそうな声が返ってきたかと思うと、地面に刺さっていた黒曜の精霊剣・プリズマノワールが軽く震えて、その直後、ぱたんと勝手に倒れたのだ。


 その倒れた方向とは。

「南か。人間族と友好的な南の魔王が治める地域だな。よし、行ってみるか」


 別に一人二役を演じて遊んでいたわけではない。

 幸運の最上位精霊【ラックス】による、使用者を幸運へといざなう道を指し示す【未来視ビジョン】という高位の精霊術を行使したのだ。


 過去の経験から、俺はこの精霊術にかなりの信頼を持っていた。


 俺は黒曜の精霊剣・プリズマノワールを拾い上げると、【未来視ビジョン】に導かれるままに街道を南に向かって歩き始めた。


 そのまま明確な目的もなく、周りの風景を楽しみながら街道を一人、南下してゆく。


「そういや、こうやってのんびりと一人旅をするのは初めてだな」


 勇者パーティでの旅は、北の魔王ヴィステム討伐という究極の目的を達するための、常に死と隣り合わせの過酷に過ぎる旅だった。


 特に最終決戦を前に、味方の一大陽動作戦を待って、敵軍ひしめく魔王城の近くで身を潜めていた時などは、生きた心地がしなかったものだ。


「あの時と比べれば、今は行く当てがないってだけで、ずいぶんと気楽なものさ」


 俺は分かれ道があるたびに、黒曜の精霊剣・プリズマノワールを倒しては行く先を決めるを繰り返す。


 そうして帝都からどんどんと離れていくにつれ、次第に人の往来も減りはじめ。

 今ではほとんどすれ違う人もいなくなっていた。


「それにしても、まさか勇者パーティを追放されただけじゃなく、帝都まで追い出されるとはな」


 俺は誰に聞かせるでもなく独り言をつぶやく。

 人間誰しも、周りに誰もいないと自然と独り言が多くなってくるものなのだ。


 北の魔王ヴィステム討伐の功績で得た報奨金は、高価な宝石に変えることで、一部を持ち出すことができている。

 だから派手に無駄遣いさえしなければ、宝石を換金するだけで、一生遊んで暮らせるはずだ。


 だけど俺は――。


「どうせ一度きりの人生なら、俺は自分の人生に意味を持たせたい」


 過酷な選抜試験をクリアして勇者パーティに入り、長年に渡って人間族を苦しめてきた北の魔王ヴィステムの討伐という困難な旅に参加したのも、俺の人生に意味を持たせたいがためだった。


「でもこうなった以上、寂れた辺境の地でスローライフするのも致し方ないか」


 謀反の疑いで精霊騎士ハルト・カミカゼが帝都を追放された話は、そう遠くないうちに帝国中に広まるだろう。

 帝国の外に出るか、出ないなら隠居してひっそりと波風絶たない生活をするしか道はない。


 帝都――最も華やかで、なんでもあって、そして最も競争が激しい世界――で全力で生きる。

 そんな人生を、俺はもう送ることはできないのだから。


 そんなことをぼんやり考えながら、太陽が傾き始めた街道を歩いていた時だった。

 

「――――――っ!」


 遠くから、女の子の悲鳴のような甲高い声が聞こえてきたのは――!

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