ドキドキ♥️スワップル

KMT

第1話「怪しげな装置」



  KMT『ドキドキ♥️スワップル』



 俺は友達と弁当のおかずを交換してことがない。なぜなら俺には、友達がいないからだ。毎日教室の隅の席で細々と惣菜パンをかじる。昼食が済んだら、青空に浮かぶ雲を眺める。空が晴れていない日は、机に伏して眠りにつく。


「……」


 それが俺、安藤将志あんどう まさしの人生。


萌音もね~、あたしのひじき分けてあげようか?」

「もう、そう言って食べたくないだけでしょ~」

「まぁね~」


 萌音と呼ばれた桃色髪の長髪をした少女は、クラスメイトの澤口萌音さわぐち もね。彼女は今、二人の友人と仲間睦まじく弁当のおかずを分けっこしている。俺が人生のうちで経験し得ないであろう事象を、毎日経験している。


「あ、今日の放課後だけどさ~」

「ごめんね、今月厳しくて……明日パパからお小遣いもらえるから」

「しょうがないわねぇ。明日、和栗モンブランクレープ、忘れないでよね!」

「うん!」


 放課後に友人とスイーツを堪能……か。俺が前世でいくら徳を積んでも叶わないであろう夢を、軽々と思い出の一ページにしてしまう。おしとやかで気品があって、クラス中の男にモテモテ。多くの友人に囲まれ、慕われ、輝かしい青春を毎日謳歌している。


 それがあいつ、澤口萌音の人生。




「いいなぁ……」


 俺の小さな呟きが、空気に溶けていく。毎日楽しい思い出を積み重ねていくあいつと、その日その日を孤独かつテキトーに生きていく俺。

 両者の人生はまさしく天と地ほどの差がある。唯一の共通点はクラスメイトということだけ。高校入学以来、一度も話したことはない。まぁ、そもそも誰かとまともに会話をした経験すら数えるほどしかない。


 なぜなら俺には、友達がいないからだ。友達が、いないからだ。大事なことだから二回言った。いや、言うのは三回目か?






 カッ

 俺は道端の石ころを蹴りながら帰り道を歩く。下校時刻に限り、サッカーに付き合ってくれるこの石ころだけが、俺の友達だ。だが、きっとこの石ころも俺なんかに蹴られて不服だろう。


「なんか面白いこと起きねぇかなー」


 俺は気だるげに呟いてみる。漫画ではこういう台詞を言った時に、突如異世界に転生してハーレム人生に成り上がりとか、宇宙人が攻めてきて地球滅亡の危機とか、何かしらのイレギュラーなイベントが発生する。淡い期待を込めて口にしてみた。


「……ん?」


 俺は夕焼け染まる下校路の前方に一人の人影を発見する。少しずつ冷気を帯びてきた秋風が、桃色の長髪を揺らしている。青色のセーラー服を纏った後ろ姿は、間違いなくうちの高校の女子生徒だ。


 そう、彼女は……


「さ、澤口……!?」






「お嬢ちゃん、ちょっと協力してくれないかい?」


 すると、澤口が曲がろうとしていた住宅街の角から、黒く色っぽいドレスに身を包んだ大人の女が、澤口に声をかけていた。あの人気者の澤口に帰り道に偶然出会えただけでも奇跡なのに、その奇跡を霞ませてしまうように、不審な女が澤口に声をかけている。


「協力?」

「うん。ちょっと私の新作にねぇ」


 おいおいおい。あの女、澤口に段々顔を近付けてるぞ。格好も何だかおとぎ話に登場する魔女のようだし、ハロウィンの時期が近付いているとはいえ、現実でこんな痛い衣装を着ている不審者を見かけたら、即座に110番だ。


「新作?」

「そう、実験に付き合ってもらいたいのよぉ~」


 魔女が澤口の肩に手を乗せる。まるで住人が一気に異空間へとワープさせられてしまったように、住宅街から人の気配が全くしない。周りに頼れる大人はいない。俺以外には。


 俺は、勇気を出して駆け寄った。


「な、なぁ……そいつから離れろよ」

「おっ、男だ。丁度良かった。君も手伝ってくれよぉ」

「え?」


 俺は澤口と共に、魔女に手を引かれた。








「ちょっと散らかってるけど、まぁ我慢しておくれぇ」

「何だ……ここ……」


 俺達は住宅街から離れ、寂れた倉庫へと連れて来られた。俺としたことが、澤口を不審者の魔の手から助けてやるつもりが、一緒に辺鄙な場所に拐われるとは。いや、拐われるというより、誘われるがままに付いていっただけなんだがな。


「魔女さん、実験って何のことです?」


 澤口はきょとんとした表情で魔女に尋ねる。最初に聞くことがそれかよ。まず不審者に付いていってんだぞ。何のほほんとしてるんだよ。俺も人のこと言えねぇけど。彼女の危機感の無さから、多少は協力する気があることも感じられる。


 だが、あの澤口と二人きり(正確には魔女も一緒だが、まぁ二人きりということにしてくれ)という状況に、不信感を抱くと共に若干浮かれている自分がいる。


「君達二人には、この装置の実験台になってもらいたい!」


 バッ

 今まで薄暗かった倉庫の照明が点き、巨大な装置が露となった。真ん中には横長の冷蔵庫のようなコンピュータがドシンと構えており、両端には電気椅子を彷彿とさせるひじ掛けの付いた怪しげな古椅子が設置されている。

 座面にはこれまた怪しげな小型アンテナが付いたヘルメットのような被り物が置かれている。ヘルメットからは細い電気コードが伸びており、中央のコンピュータと繋がっているようだ。


「俺、帰ります」

「待って待って。話だけでも聞いて!」

「じゃあ、話だけ聞いたら帰りますね」


 装置の全貌を見ただけで、絶対にろくな目に遭わないことを察知した俺。今すぐにでも帰りたい足を出口とは反対側に向け、これから始まるであろう戯言に耳を傾ける。




「これぞ、二人の人間を入れ替える装置、名付けて『スワップ君4号』だぁ!」

「さようなら」

「はい、帰らない! この椅子に座り、ヘルメットを被った二人の中身が入れ替わる!」


 何を言い出すのかと思ったら、予想の斜め上を行く内容だった。もはや常識外れすぎて、脳が理解を拒んでいる。


「中身が入れ替わるって、別の人の体になるってことですか?」

「そう。そして君の体の中に、別の人間の人格が入るってことだよぉ」


 澤口は魔女の威勢のいい解説に聞き入っている。不審な佇まいだけを全面に押し出した装置を前にして、若干興味を抱いている。ほんと、のほほんとしてるな。教室の端の席からいつも眺めてたけど、純粋な性格から滲み出る呆気なさが心配になる。


 ……あ、ストーカーじゃないからな?




「あの、まさかとは思いますが、実験って言うのは……」

「ご名答。君達には本当に体が入れ替わるかどうか確かめてほしいんだぁ!」

「はぁぁぁぁ!?」


 俺と澤口とで!? てことは、俺が澤口になって、澤口が俺になるってことか!? いや、それはあくまで装置が上手く機能したらって話で、それを試すために実験するわけだろ。


 でも、も、もし成功したら……って、何考えてんだ俺は!///


「無理無理無理! そんな怪しさ満々な実験に付き合ってられるか!」

「頼むよぉ! ここんところ失敗続きだけど、今度こそ上手くできるような気がするんだ!」


 マジで無理だって。今の一言で余計に怪しくなったぞ。


「そもそもなんで俺らなんだよ!」

「それは偶然君達が私の目に留まったからさぁ」


 何だよ、その「どうして山に登るかって? そこに山があるからさ」的な精神は! 馬鹿らしい。こんな話に付き合ってられるか。澤口だって嫌だろ。こんなむさ苦しい男と変な場所に連れてこられて。挙げ句の果てに体を交換だぞ。




「安藤君、一緒にやろうよ」




 ……へ?


「澤口……本気か?」

「うん。魔女さん困ってるみたいだし、私達で協力してあげようよ」


 初めて名前を呼ばれたむず痒さにドキドキしてしまった。だが、そんなことより澤口は実験に乗り気らしい。こんな不信感の塊に満ちた不気味な話に、俺のような影の薄い得体の知れないクラスメイトと乗っかるなんて、正気とは思えない。




「……」


 だが、俺は思い出した。彼女はだったことに。


「……仕方ねぇなぁ」

「ありがとう! 二人とも本当にありがとう! 報酬は高く弾むよ!」


 俺達は魔女に背中を押され、機械へと歩み寄る。俺は正面から向かって左側の、澤口は右側の椅子に腰かけた。そして、俺達はヘルメットを頭に被りひじ掛けに腕を置いた。




 まさか、この実験が俺と澤口の距離をグッと近付けてくれることになろうとは、この時の俺達は知る由もなかった。


「それじゃあ、スイッチオン!!!」


 次の瞬間、俺達の意識は闇夜の彼方へと飛ばされた。


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