王女に裏切られて放浪するも、今度は王女が裏切られ自分の部下となる。そして、ともに国を奪い返すための戦いに挑む

もさお

第1話 逃亡

 レオナルドは、馬に跨り追手から逃げていた。


 彼の馬は、森の中を疾走し、夜の闇を切り裂いていった。

 心臓が急速に鼓動し、体は冷たい汗で覆われている。


(なぜ、こんなことに)


 王女セリーナによる、裏切りの瞬間を思い出す。


 彼女の父である、国王アルバートの失墜を図った企みは、失敗に終わった。


 そして、その濡れ衣を、彼女はレオナルドにかぶせたのだった。

 彼はアルド国を追放されることとなり、今は国境付近で追手に狙われている。


(セリーナ様……)


 彼女を恨むことはできなかった。

 

 こんな状況にあっても、レオナルドは、彼女が正しい道に戻る手助けをしたいと願っていた。


 王国の未来のために。


 月明かりが、森の中に幻想的な光を投げかけ、冷たい風が彼の黒髪をなびかせる。


 身にまとった、重厚な鎧が、馬の動きに合わせて音を立てる。


(しかし、まだやれることはある)


 レオナルドの目的ははっきりしていた。

 国王アルバートに、そして王女セリーナに対し忠実であり続け、王国への忠義を果たす機会を探るつもりでいた。


 相変わらず、命の危険に晒されている状況に変わりはない。

 しかし、気づけば心臓の鼓動は収まっていた。


(なんだ?)


 風を切る音が、近付いてくる。

 闇の中を、無数の矢が走っていた。


 右手を手綱から離し、背中に差した5本の短剣から1本を引き抜く。


 手にしたのは、炎剣ファイアスコーチだ。


 後方に向けて剣を一振りすると、炎の輪が生じる。

 無数の矢は、輪の中に吸い込まれ燃え尽きる。


(!?)


 レオナルドの視界が揺れる。


 乗っていた馬が倒れ込む。馬の足に矢が当たったのだろう。


 体が宙へ放り出される。


 空中で、剣を背中にしまいながら、体勢を立て直す。

 無事に着地すると、馬から離れ、森の中に身を隠す。


 やがて、馬に乗った追手たちが、すぐそこにまで近づいてくる。

 彼らは全身を鎧に包んでおり、顔を確認することもできない。


(……やりづらいな)


 同志であった彼らを斬ることはできない。

 木々に身を隠しつつ、森の奥へと進んでいく。


「動くな」

 小さく、低い声が耳に伝わる。


 振り向くと、馬に跨る兵が剣を構えていた。

 小さく後ずさる。彼と戦えば、他の兵にも見つかるだろう。

 そうなれば、壮絶な戦いとなる。


 兵が動く。右手を剣から離し、顔を覆っていた鎧を外す。


「お前は……」


 元部下のダインだった。


 彼は、何も言葉を発することなく、馬から降りた。そして後ろを向く。


「馬を奪われた! ヤツは南に逃げたぞ!」

 俺が向かっているのは西の国だ。


 辺りに散らばっていた馬の蹄の音が、森の中を南側へと移動していく。


 こちらに駆け寄ってきた馬に飛び乗り、西へと向かう。


「恩に着る」

 小声で彼に言い、馬を走らせた。この後の彼の処遇が気になる。


 レオナルドは、再び、夜の闇を駆け抜けていった。



 ――森を抜けると、目的地はすぐそこだった。


 この先にあるのは、隣国の町トロスト。


 ここまで逃げれば、追手もついて来れないだろう。


 しかし、目的地を目前に障害が現れる。


 狼のような姿をした魔物が5匹、こちらを取り囲んでいた。


 見た目のとおり、ウルフと呼ばれる魔物だ。


 馬から降り、ウルフと対峙する。


「主人の元へ帰るんだ」


 ダインの馬にそう言い、森へと逃がした。


 左右の手で背中の剣を1本ずつ引き抜く。


 右手に炎剣ファイアスコーチ、左手に氷剣グレイスフロストを携える。

 これらの剣は、組み合わせて使うことで、真価が発揮される。


 5匹のウルフが、飛び掛かる瞬間を探るように、距離を詰めてくる。


「悪いが、魔物相手に手加減はしない」


 レオナルドは、双剣を十字にクロスさせ、魔力を込める。


 〜極寒の灼炎〜


 攻撃を放つ寸前のことだった。ただならぬ気配を察したウルフたちは、一目散に逃げ出していた。


「賢明だな」

 双剣をしまい、街へと歩き出す。


 これから始まる新しい生活への不安より、祖国の行く末に不安を感じていた。

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