タイムカプセルワンルーム
あおきひび
1. スノードーム
あなたがいなくなってから、この部屋の時間は止まってしまった。
薄暗いワンルームで目を覚ます。起き上がる気がしなくて、ベッドの上でしばらく天井ばかりを見つめていた。
夕方のチャイムが遠くに聞こえた。わたしは重たい布団から這い出て、廊下へ向かう。
積まれた段ボールの一番上から、カップ麺を一つ取り出す。電気ケトルで湯を沸かして、流し台に立ったまま、出来上がったそれを半ば機械的にすすった。そうして何日かぶりに、胃に食べ物を入れた。
そしてベッドに戻って、またいつものように、眠ってしまうつもりだった。
不意にめまいがして、ふらついたわたしは咄嗟に棚に手をついた。その拍子に何かが落ちたのか、ごとん、と硬い音が響いた。
膝をついて拾いあげると、それはスノードームだった。手のひらに収まる小ぶりなサイズで、ガラス玉の中で雪が舞っている。小さな雪景色の中に西洋風の家と、雪だるまのミニチュアがあった。わたしの手の中で、白い粉雪がさらさらと揺れていた。
それを見て、あなたのことを思い出した。
眼前のスノードームと、あの日の光景が重なっていく。眩しいまでの思い出が、目の前いっぱいに広がった。
あれは、一年前の冬。クリスマスイブの晩、わたしとあなたは少し遠出して、都心の街に来ていた。
わたしたちは見上げるほど大きなクリスマスツリーや、まばゆいイルミネーションを楽しんだ。その帰り際、偶然見かけたショップに、ふらりと立ち寄った。
明るい店内には、クリスマスの飾りやお菓子など、色とりどりの雑貨が並んでいる。
折角なので、わたしたちはお土産を探すことにした。今日と言う日の記念に、なにかささやかで、特別なものを。
「あれなんか、どうかな」
あなたが指さす先には、小さなスノードームがあった。
あなたがスノードームを手に取ると、ガラス玉の中で粉雪が揺れた。
「いつかこんな家に住みたいよね」
あなたにそう言われて、よく見て見ると、ドームの中には小さな西洋風の家があった。
「そうだね」
わたしの目はそのミニチュアの家に吸い寄せられた。もしこんな家に住めるなら、どんなにすてきだろう。暖炉でマシュマロを焼いて、ふかふかのソファでくつろぐ。隣にはあなたがいて、いつまでも夜通し語り合うんだ。
わたしが空想にふけっていると、あなたはわたしの左肩をとんとんと叩く。そうしてわたしは現実に戻ってきた。
「あっ、ごめん」
「いいよ、いつものことじゃん」
そのままお会計をする。スノードームはかわいい紙袋に包んでもらった。
わたしは店を出た後もそれを手に持ったまま、はずむ足取りで夜の街路を歩いた。「落としたらたいへんだよ」とあなたは言ったけれど、あなたが選んでくれたプレゼントが嬉しくて、いつまでも触れていたかった。
スノードームは大切な思い出の品になった。その後わたしたちは一緒に住むことになって、スノードームはワンルームの真ん中、一番見えやすい位置の棚の上に、ずっと置かれていた。
今、わたしの手の中にはあの時のスノードームがある。うっすらとほこりをかぶっていて、ガラス球はひやりと冷たい。
思い出だけが、ここにある。あなただけが足りなくて、わたしは目を伏せたまま、スノードームを棚に戻した。
カーテンのすきまから西日が差している。わたしは布団にくるまり、そのまま眠りこんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます