ミリアムの憎悪と魔族の憎悪⑤
顔色を悪くしながらもせっせと動くマリアージュの足元付近で治療を担当しているメイリンが尻もちをついた。メイリンの顔色もかなり悪い。魔力切れを起こしている。魔力回復のクッキーを、とマリアージュが叫ぶも周りは怪我に悲鳴を上げる患者や怪我人に縋る身内が声を上げて泣くのでマリアージュの声は届いていない。マリアージュ自身も魔力の限界が訪れており、全員の怪我を治そうにも治せない。次々に重傷者が運ばれても神官達の治癒能力では応急処置がやっと。癒しの能力を持つフローラリア家でなければ完治は難しい。
マリアージュがメイリンを一旦休ませようと通り掛った騎士に預けた時、ヴィルと共に駆け付けたジューリアは二人の側へ寄った。ジューリア? と吃驚するマリアージュを見ず、ヴィルに次の指示を求めた。
「どうしたらいい」
「今の俺でもなんとかなるかな……。フローラリア公爵夫人、ジューリアを一時的に夫人の使い魔にするんだ」
「なっ、そんなこ……あ……」
即座に否定を発しようとしたマリアージュはすぐに思い留まった。使い魔の契約を交わせば、ジューリアの膨大な魔力をマリアージュが扱える。魔力切れを起こしているマリアージュでもまだ使える魔法。
かと言って、すぐに使うという選択肢がなかった。
ジューリアにどれだけ嫌われていようとマリアージュにとって大事な子供の一人。大切な我が子を一時的とは言え使い魔として使役する考えがない。抵抗も強い。
戸惑うマリアージュの手をジューリアは握った。
「ジューリア!?」
「迷っている場合ですか。大勢の命が癒しの能力を扱うフローラリア家に掛かっているんです。私の魔力を使う事で手助けが出来るのなら私はそうしてほしいんです」
「分かったわ。私の手をしっかりと握っててちょうだい」
「はい!」
何時以来か……マリアージュと手を繋ぐのは……。
全てが変わったのは七歳の時の判定。魔力しか取り柄のない無能の烙印を押される以前はこうやって手を握ってくれた。母の手とは、温かくて優しいのだと初めて知った。前世では母は樹里亜を出産して亡くなったから知らないのは無理もない。親友の小菊の母とよく手を繋いだが、自分にとってはお母さんじゃないから母の手というのは分からなかった。
一時的な使い魔契約を交わし、癒しの能力を使うマリアージュへ魔力を提供するジューリア。マリアージュが能力を使う度に魔力が吸われるのでジューリアがするのは、単に手を握る事だけ。
フラフラの足取りでメイリンが自分もやって来るもマリアージュは騎士に頼みメイリンを休ませた。
新しく運ばれた重傷患者を癒しながらマリアージュが話をした。
「メイリンはまだ幼いわ。それに、魔力操作も癒しの能力もまだまだ未熟。無理に能力を遣わせて魔力を枯渇させるのは避けたいの。一度魔力を枯渇させてしまうと回復にかなりの時間を掛けてしまう上、最悪の場合二度と魔力が元に戻らない可能性もある」
「メイリンを連れて来たのは何故なのですか? 癒しの能力を使えると言えど、まだまだ子供なのに」
「メイリンが自分で行くと言い出したの。癒しの能力を扱う者として怪我人を助けたいと」
「メイリンが……」
ジューリアの知るメイリンと言えば、嬉しい事があると必ず部屋に突撃をかまして自慢をし、無能の烙印を押されたジューリアを下に見て、現在進行形でジューリオに一目惚れしてしまっている。お洒落が大好きで血生臭い場所に好んで行く子じゃない。メイリンなりにフローラリア家の一員としての自覚があると知り驚き、自分には何もないと気付いたジューリアは愕然とするが、そもそも魔法も癒しの能力も扱えない時点でただ名前が同じなだけの同居人と化している。
次々に怪我人を治すマリアージュに魔力を提供するジューリア。かれこれ三十分以上魔力を提供し続けているがまだ疲れは見えない。予想以上のジューリアの魔力量の多さに内心驚愕しながらも、冷静に怪我を治していくマリアージュ。
街中の爆発は既に収まり、これ以上の怪我人の誕生はない。重傷者で運ばれ未治療なのは後三人。額の汗を袖で拭ったマリアージュに連れられたジューリアは次の患者を目にし息を呑んだ。
頭から額にかけて大きな傷があり、大量の血が今も吹き続けていた。神官が止血を試みても出血多量で死ぬのは時間の問題。早急に癒しの能力を掛けたマリアージュから吸われる魔力量がさっきまでと大きく変わった。大量の魔力を消費した癒しの能力でなければ怪我人を助けられないと判断したのだろう、ならジューリアがするのは豊富な魔力を惜しまず提供する事のみ。
他の怪我人と比べ時間は掛かったが完治した。残り二人の怪我人の治療を手早く済ませると漸く簡易テントに運ばれた怪我人全員の治療が終わった。疲れがどっと押し寄せマリアージュの手から離れ地面にへたり込んだジューリアは額から流れる大量の汗を袖で拭った。ハンカチの持参を忘れた。一度拭っても止まらない汗をもう一度袖で拭こうとしたら、額にハンカチが当てられた。振り向くと侍女が自身のハンカチでジューリアの汗を拭いていた。
その間、マリアージュは騎士に呼ばれてテントを出て行った。
「ありがとう。ハンカチを忘れていたの」
「これくらいどうという事はありません。他に何かする事は? あ、お飲み物を頂いて来ましょうか?」
「ううん、いいわ。それよりフランシス達を見つけられた?」
「お嬢様と奥様が治療に当たっている間、探してみましたが見つかりませんでした」
「そっか……」
いないのなら、先にフローラリア邸へ戻っている可能性が高い。
「ジューリア」
戻ったマリアージュが残る怪我人は神官達で何とかなり、街の復旧活動をもう間もなく駆け付ける増援部隊がする事を伝えた。
魔力回復の薬を渡され、一気に飲むようにと言われ、味が心配になりつつも言われた通り一気に飲み干した。不安だった味はリンゴ味でとても安堵した。
「時間が経てば疲れも取れる筈よ。暫く此処で休んでいて。ところでフランシスとグラースはどうしたの? 二人はまだ街の何処かにいるの?」
「あー……」
ジューリアを置き去りにした護衛や従者に抱えられて先に逃げたと言ったら、フランシスやグラースにまでマリアージュの怒りが向かいそうだ。特にフランシスには怒らないであげてほしい。ジューリアに気付き、自分を抱えて走る護衛にジューリアの事を叫んでいたから。
どう答えるべきかと悩むジューリアの視界に侍女が映った。
彼女はジューリアが置いて行かれ、フランシスとグラースは護衛騎士とアドルフ達が連れて行き安全な場所に避難している筈だと言ってしまった。
内緒にしたい訳じゃない。ただ、フランシスまで怒られるのは嫌なだけ。
案の定、怒りの雰囲気に包まれたマリアージュ。
フランシスだけは怒らないでほしいと言う前に「ジューリア」とヴィルに呼ばれ、マリアージュに声を掛けてから向かった。
「どうしたの?」
「魔王が戻ったよ」
指を指した方向には無傷で汚れも一切ない男性がいて、彼の片腕にはボロボロのミリアムが抱かれていた。白目を向いているが命に別状はない。
男性はヴィルに振り向き、困ったように笑んだ。
「えっと……どうしようか?」
「俺に聞かないで。憲兵に渡せば? というか、中身の魔族は?」
「消したよ。もう君達の前に現れない。憲兵って……あ、あれかな」
上空では激しい魔法戦が繰り広げられていたとヴィルは言うがイマイチピンとこない。魔王なのにぽやぽやした雰囲気しかない男性のせいだろう。
憲兵を見つけたらしい男性はミリアムを抱えたまま行ってしまう。
「ミリアムはどうなるのかな。魔族に乗っ取られていたから、処刑まではならないよね」
「さあ。名家の娘を虐待した挙げ句、街を破壊して大勢の負傷者を出したから伯爵家が処刑を願いそうだね」
街の破壊に関してミリアムは無関係だとしたいが誰も彼女が魔族に乗っ取られていたとは知らない。ヴィルに証言を求めても「いや」と断られた。
「……」
なんだかやるせない……そんな気持ちを抱え、マリアージュに呼ばれ駆け出した。怒りを通り越して無となっているから、メイリンは怖がりジューリアは家に帰ってからも修羅場だと目が遠くなった。
一方、ヴィルは憲兵にミリアムの身柄を渡した魔王の側に近付いた。
「帝国にいる目的は何?」
「大した理由じゃないんだ。探し物をね」
「探し物?」
「うん。そうだ、ネルヴァくん帝国から割と近い王国にいるけど呼ぼうか?」
「要らない。俺が子供の姿になった理由が甥っ子だって知ったら、兄者は多分甥っ子を殺す」
「え? ネルヴァくんってそんな物騒だったかな……」
「物騒だよ……」
特にヴィルが絡むと余計に。
甥っ子が長兄に何度泣き付いても話を聞かれないのは、見放されているから。
それを言うと次兄もある意味で長兄に見放されている。
(プライドの巨塊だからなあ……メガネも甥っ子も)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます