ミリアムの憎悪と魔族の憎悪③

 


 魔王と聞いて思い浮かぶのは魔界を支配する絶世の魔族。目の前にいる男性も確かに絶世の美貌の部類に入る。肩まで伸びた白い髪は艶々としていてケチのつけどころがなく、端正な顔立ちに加え、煌めく夕焼けを宿した瞳は真ん丸に開かれヴィルを凝視している。前世の漫画やアニメで見る魔王と言うと頭に凶悪な角が生えているが目の前の男性にそれはない。けれどヴィルが言うのなら、男性が魔王であると間違いはない。

 ヴィルの後ろから見ていると男性はジューリアに気付き目を向けた。



「えっと……ネルヴァくんそっくりな子の側にいるって事は……君も天界関係者なのかな」



 どう答えたものかとヴィルに助けを求める視線を送った。やや呆れ気味に溜め息を吐いたヴィルは同じ感情を宿した銀瞳で男性を見上げた。



「そんな訳ないだろう。彼女は人間だよ」

「そう、だよね。変わった気配のする子だから、てっきりそうなのかなって」

「魔界の王様が人間の振りをして何をしてるの」

「うん? あ、ああ。ちょっと探し物をね。人間や君達天使には何もしないから、見逃してほしい、かな」



 男性は本当に魔王なのかと問いたくなるくらい、低姿勢で威厳もない。



「君はネルヴァ君の親類かな?」

「弟」

「そうか、そういえば弟がいるって言ってたな……。僕は兄弟がいないから、ちょっとだけ羨ましかったな。名前は何て言うんだい?」

「あのさ……」



 ヴィルの長兄ネルヴァと知り合いだから馴れ馴れしい男性にヴィルは本気で呆れ果てた。



「いくら、子供の頃の兄者を助けたからって他の神族が親切にすると思う?」



 それを聞いてジューリアは思い出す。子供の時のネルヴァが魔王候補筆頭だった子供に瀕死の重傷を負わされ、死にかけていたところを同じく魔王候補の子供に看病され奇跡的に助かったと。ならば、男性がネルヴァを看病した魔族となる。



「思ってはいないけど……ネルヴァくんの弟にしては強い力を感じられないから、何か理由があって子供の姿なんだろうというのは分かるよ」

「はあ……あっそ」

「はは……君の後ろにいる女の子は?」



 再度ヴィルに目をやったジューリア。仕方なしにヴィルはジューリアの前から退いた。



「初めまして、ジューリア=フローラリアです」



 相手が敵対する種族の王だろうと礼儀は基本の基本。理不尽な家庭教師から習っていたとはいえ、ジューリアの淑女教育はきちんと採点さえされていれば上級に入る。美しい動作で熟した挨拶は魔界の王の感心を引いた。



「畏まって挨拶する相手じゃないでしょう」

「礼儀は大事よヴィル。それに、私が不遜な態度で挨拶をして怒られたら大変じゃない」

「ああ、怒らないから安心して」



「僕は——」とジューリアと目線を合わせ、名前を告げようとした男性が口を開きかけた瞬間——外で爆発音が響いた。瞬時に慌ただしくなる店内。男性の顔色がサッと変わった。



「これは、魔族の魔力、かな」

「え!?」



 ジューリアでは感じられないが魔王たる男性が言うのなら間違いなし。念の為ヴィルにも確認すると肯定された。目的が何かと思案する前に男性が「強い天使は側にいないの?」と訊ねた。



「俺の世話係は今天界に戻ってる最中だから、暫くは戻らないよ」

「そうか……人間じゃ、この魔力の魔族はまず倒せない、かな」

「上位魔族って事ですか?」とジューリアが訊ねた。

「そうだよ。しかも貴族の魔族だ。上位の中でも貴族、大貴族級の魔族は更に強い。ただ……」

「ただ?」

「うーん……」

「?」



 一人悩みだした男性の足元をぐるぐる回って続きを待つ。目が合うと困ったように微笑まれた。



「ネルヴァくんの弟くんは……えっと……」

「ヴィルだよ」

「ジューリア」



 勝手に名前を教えないでと強い口調で言われて、うっかりだと謝った。名前を知られただけでどうこうとなる訳じゃなくても、敵に名前を知られるのは嫌なのだ。


「ヴィルくんか。君は戦えない……よね?」

「解ってるなら聞いてこないで。今こんな姿だからあっさりと殺されるだけ」

「だよね……僕が大人しくさせるしかないか」



 はあ、と深く溜め息を吐いて肩を落とし、ヴィルとジューリアの頭を撫でると扉に駆け込む他の客達に向いた。ら、その中にグラースとフランシスを抱えたアドルフと護衛騎士達もいた。え? と吃驚しているジューリアとフランシスの目が合った。フランシスが護衛にジューリアと天使様がと叫ぶも、再び発生した爆発音により更に動転した護衛騎士とアドルフがグラースとフランシスを抱え店内から出て行った。唖然と彼等が消えた扉を見ていると「お嬢様!」と侍女が駆け付けた。



「お嬢様、見つけるのが遅くなってしまい申し訳ありません!」

「それは良いんだけど……フランシス達行っちゃったよ?」

「え!?」



 店内を見渡した侍女は既に自分達誰もいない事に気付き呆然とした。ジューリアや天使を置いて逃げるとは思いもしなかったのだ。顔を青褪め、すぐに出ましょうと告げるもジューリアは首を振った。



「下手に出るより、今は店内にいましょう。それで良い? ヴィル」

「そうだね。——ねえ」



 一緒に呆然としていた男性にヴィルは声を掛けた。ハッとなった男性が振り向き、こっちと手招きをして呼び寄せた。



「怖いから子供を守ってね? おじ様」

「あ、はは……」



 急に子供のふりをしたヴィルの真意を即見抜いた男性は苦笑しつつも、そうだね、と了承した。三度目の爆発が起き、外から悲鳴や怒号が行き交う。よく聞いていると重々しい足音が幾つも届いていた。帝国騎士団が駆け付けたのだとジューリアが言うとヴィルは「相手にならない」と首を振った。爆発を起こしているのは貴族級の魔族。人間で対等に渡り合えるのはまずいない。頼みの大天使ミカエルは天界に帰還中。最後に残ったのは魔界の王様である男性のみ。



「多分だけど、魔族の狙いは僕だよ」

「私の可能性もありますよ」

「君が? 何故?」



「それは——」と説明をしかけた直後、入り口が吹き飛び扉がジューリア達の方へ飛ばされた。侍女が咄嗟にジューリアとヴィルを抱き締め覆い被さった。危ないと叫ぶも、扉はジューリア達と衝突せず、見えない壁に阻まれ粉々に消し飛んだ。「ふう、危ない」と言いながら焦りが全く感じられない男性がジューリア達を見やった。



「怪我はないね?」

「ないです。ありがとうございます」



 ジューリアが侍女の背中をポンポンと叩いて解放してもらい、心底安心している侍女に笑みを向けた。



「貴女もありがとう」

「いえ……お嬢様や天使様がご無事で良かったです」

「屋敷に戻ったら公爵様から褒美が貰えるよう言っておくわ。後、私と天使様を置いて行った従者と護衛騎士達はぎちぎちに締めてもらわないと」



 自分はともかく、天使の子供たるヴィルを動転していたからと置いて行くなど言語道断。大体、グラースとフランシスを抱える冷静さがあるならヴィルを連れて行く頭はあってもいい。「君達は下がってて」と男性が前に出ると砂塵が舞う奥から人影が現れた。鮮明になった人影の正体を目にしたジューリアの青緑の瞳は大きく開いた。


 胸と脚を大きく曝け出した露出性の高い真っ赤なドレスは煽情的で、唇に塗られた赤い紅も豊満な肉体をより妖艶に見せ、濃い化粧が施された面は強い憎悪をジューリアへと放っていた。


 娼館に身を堕としたと聞いたが短期間ですっかりと馴染むのかと疑問に抱く。


 憎しみに燃える眼光がジューリアから男性へ滑らかに移った瞬間、更なる怒気が含まれた。



「ああ、やっぱり、人間に取り憑いていたんだ」



 男性は確信を得たとばかりに頷き、同時に失望の声を紡いだ。



「長年魔界に君臨した大貴族も堕ちたね」


 


 

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