ミリアムの憎悪と魔族の憎悪②
ヴィルが来たと知らされ、侍女と外へ出たジューリアはご機嫌なヴィルが銀瞳を意外そうに丸くしたのを見て首を傾げた。
「どうしたの?」
「ジューリア一人じゃないの?」
「ああ、フランシスと家の人が一緒よ。駄目だった?」
「いや、全然。人が多い方が賑やかで楽しそう」
グラースをお兄様と呼ばず、他人行儀どころかそれ以下の呼び方をする。俯くグラースと睨むアドルフに内心溜め息を吐きつつ、二度目に会えたヴィルに興味津々なフランシスがやって来た。
「こんにちは、天使様」
「こんにちは。特別、何かするという訳じゃないよ」
「ジューリアから聞いています。折角の機会だから天使様とお話をしてみたくて」
「天使と話したって特別面白いって事はないんじゃない」
大変珍しい機会であっても人間にとって特別な話は一切しない。それでも付いて来る? と言うヴィルにフランシスは笑顔で肯定した。
「天使様とご一緒出来る機会は、大教会の神官様でもそうはないと聞きます。是非、ご一緒させてください」
「そう」
ただ純粋に天使が気になって仕方ないらしい。フランシスの意外な一面を見た。親戚と言えど遠縁で年に一度か二度会う程度の仲なら、知らない事が多い方が普通。好きな女性が友好国の第七王女と聞いた時は驚いたがメイリンとの婚約を決められなければ、シルベスター侯爵家に降嫁してもらえるのにと残念に抱いた。ジューリアからフランシスとメイリンの婚約を無かった事にしてほしいとお願いしたら絶対に理由を聞かれる。シルベスター夫妻に一目惚れの件をフランシスは話していない。婚約は両家の契約。現在進行形で両親から距離を取るジューリアが言うべき事柄じゃない。
「皆様、此方の馬車にお乗りください」と神官のセネカが大教会の馬車に案内した。ヴィルとジューリアを乗せる為だけにしてはかなり大きい。
「大きくない?」とヴィルに訊ねた。
「俺が乗るなら、一番大きいのにするって。後、公爵令嬢と買い物するなら、帰りの荷物を載せる時馬車は大きい方が良いだろうって」
「そこまで買い物しないわよ!」
ヴィルとジューリア、グラースにフランシス、侍女とアドルフ、それと護衛二人が乗れる大きな馬車一杯に買い物はしない。
先に乗り込んだヴィルが差し出した手を取りジューリアも乗った。次にグラース、フランシスの順番で続々乗り込み。全員が乗ったのを確認したセネカは馬車を発車させた。
「天使様やジューリアはどこへ行くか予定は?」とグラース。
「何も決めていません。街を歩きながら見つけても良いのでは」
「お勧めがあるなら教えてよ」
「お勧め……」
天使を案内しても大丈夫な店は何処かとグラースは悩み、アドルフに相談しつつ、魔道具を販売している店を提案した。まじないが掛けられた幸運の道具から、呪いが掛けられた呪具、生活に必要な日用品まで幅広く取り扱う。
「呪具ってどんな物があるの?」
「相手に態と風邪を引かせたり、外を歩いていると必ず鳥の糞を落とされたり、後、五分に一回は必ず躓く等色々あります」
「地味だけどめちゃくちゃ嫌な呪い……」
普通に販売しているのがおかしな話ではある。
「買ってみなよジューリア。解雇された侍女や家庭教師に使っちゃえば?」
「使わない。解雇されてフローラリア家にいない相手なんだから、会わなければ無害でしょう。要らない」
「仕返ししたくないの?」
「どうでもいいもの」
というより、ヴィルがジューリアの分までやってくれたから仕返ししたい気持ちがない。ミリアムとセレーネの話を出され、何か言いたそうにするグラースの視線に気付きつつ、口を開かれる前に話し出した。
「ヴィルはどうなの?」
「俺?」
「仕返ししたい天使っていないの?」
「あっはは。いるけど、人間が作った嫌がらせ程度の呪いなんて効かないよ、あいつらには」
いるのはいるみたいだ。言い方から予想するに恐らく上位の天使。
今日はミカエルという監視役兼世話係がいないからかなり上機嫌なヴィル。その状態は街に到着しても続いた。グラースの話していた魔法道具店に早速入店した。広い店内には多種類の魔道具が展示されており、用途によってスペースが分けられていた。どれから見に行こうと考え始めたジューリアの前を一人の男性が通った。
肩まで伸びた白い髪。手入れに力を入れているのが目に見えて分かる綺麗な髪で、顔が気になってそっと回り込むと顔だけ男前と毒を吐くシメオン以上の美貌。ヴィルと初めて会った時も同じ感想を抱いた。男性は幸運を呼ぶ魔道具のスペースへ行き、気になって仕方ないジューリアは魔道具を見ている振りをして男性を盗み見ていた。
品を手に取っては「違うなあ」「もうちょっと効果が欲しい」と口にしては元の場所に置いていく。予想だが誰かに贈るプレゼントを探しているのだろう。凝視したままだとバレるから、適度に商品へ目をやっていれば「ジューリア」と側にヴィルが来た。
「欲しい物があったの?」
「ううん、どんな物が売ってるのか気になって」
「その割に、真っ直ぐこっちに来た……」
ヴィルの視線が後ろを見たまま固まった。訝し気にヴィルを呼んでも固まったまま動かない。後ろと言えば美貌の男性がいる。気になって背後を振り返ると男性もヴィルを見て硬直している。髪の毛の色からして天使の可能性が極めて高い。
「ヴィル」と男性が天使かと聞く前に——
「ネルヴァくん……? あれ……でもネルヴァくんはずっと昔から大人だから違うか、もしかしてネルヴァくんの子供……? ……もしそうなら……」
独り言から聞こえたネルヴァという名前は確かヴィルの長兄の名前。やはり天使なのだと自分の予想が当たったジューリアは嬉々として喜ぶも、側にいるヴィルは絶句したまま。意外過ぎる相手なのかと抱き、男性に話し掛けようとした直後ヴィルに口を塞がれた。抗議の意味を込めて手を叩くと——驚きの発言が飛んだ。
「……なんで魔王が人間界で買い物してるんだよ」
——え?
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