お迎え
「ジューリア!」
「フランシス」
馬車から降りたフランシスが駆け寄った。続いて降りたマリアージュも。側にヴィルがいると知るとマリアージュが頭を下げたのを見習い、フランシスも同じ動作をした。
「君は?」とヴィルに訊ねられたフランシスは自己紹介をした。
「フランシス=シルベスターと申します。天使様とお会い出来て光栄です」
「ジューリアの親戚だっけ。どうして此処に」
「フローラリア夫人がジューリアを迎えに行くと言ったのを連れて来てもらいました。天使様に一度、お会いしたかったので」
大教会に属する者以外で天使と会える人間は極僅かか、抑いないかのどちらか。大天使を従わせる子供の天使はその上だと思われる。純銀の髪と瞳の超がつく美少年は異性だけじゃなく同性も魅了してしまうようで。ふわりと微笑んだヴィルに若干フランシスの頬が赤に染まった。単に夕焼けのせいとは言えない。
「ジューリア、帰りますよ」
マリアージュに言われ、仕方なくジューリアはヴィルに別れの挨拶をした。帰る前にセネカに迎えが来たと言いに建物内に入った直後、セネカと会った。
「セネカさん」
「フローラリア嬢。ああ、お迎えが来たのですね」
「折角、馬車の手配をして頂いたのに」
「良いのですよ。お気を付けて」
「はい」
セネカに頭を下げるとマリアージュとフランシスが乗って来た馬車に乗り込んだ。後の二人もすぐに乗った。三人が乗ったのを確認した御者が馬車を動かした。
「天使様とは何をしていたの?」
「一緒にお使いに行ったり、スイーツを食べたりしたわ」
「お使い?」
甘い物が欲しくて神官に頼んだ際、切らしていたと言うので買出し役を買って出た。天使様に買出しをさせるなんて、とマリアージュに難色を示されるも人間の生活に興味津々なヴィルが率先してやりたがったのだと神官をフォロー。後で抗議を入れられるのは御免だ。
「エメリヒはどうしたの? 侯爵夫妻に叱られて不貞腐れてる感じかな」
「エメリヒは母上と一緒に屋敷に帰ったよ」
予想が当たり内心やっぱりか、と抱いた。
「ジューリア、気付けなくてすまなかった。エメリヒの代わりに謝らせてほしい」
「フランシスが謝ってもエメリヒは変わらないと思うわ」
「エメリヒには、いつからあんな言葉を?」
正確な時期までは覚えていないが、少なくとも無能の烙印を押され、両親に見捨てられてから徐々に周囲のジューリアに対する態度が変わっていった。仲良くしていた親戚の令嬢達もジューリアが無能と判断されると去って行った。分かりやすい人達だと苦笑したのは覚えている。
「私が魔法も癒しの能力も使えないと分かって少ししてから」
「……エメリヒには、必ずジューリアに謝罪させる」
「いいわよ、別に。要らない」
「要らないって」
「口先だけの謝罪は要らない。侯爵夫人と帰った時のエメリヒは反省してた?」
言われてフランシスは心当たりがあるのか、緩く首を振った。
「いや……父上は反論してばかりだと言っていた。自分の何が悪いのか理解していないと」
「そうだと思う。私としては、これ以上関わって何か言われるのもされるのも嫌だから、関わらないでいてくれるならそれでいいの」
「ジューリア……」
何か言いたそうなフランシスだったが結局は言わず。話題を変えようと何かないかと模索したジューリアは大教会でジューリオと会ったとマリアージュに話した。
「殿下に? 屋敷には来てないけれど……」
「私が大教会にいると予想して、先に此方へ来たみたいです。殿下から、先日の件についての謝罪はしっかりと頂きました。エメリヒと違って人の話に耳を傾けてくれる柔軟さはあるようですので、後はお任せします」
「本当に殿下がジューリアに謝罪を……?」
「本人でしたよ。後日、天使様に聞いてみてください。天使様も同席していたので」
実際は途中から割って入っただけなのだが。
マリアージュはそれ以上は追及せず、婚約について解消を進めない方向で話をシメオンにすると決まった。
もうすぐフローラリア家に到着する。フランシスがメイリンとの婚約の件についてジューリアは知っているかと問うた。前以て聞かされているジューリアは知っていると頷き、逆に何故と問うた。
「メイリンが知るのはまだなのに、私が先に知ってるから?」
「いや……僕がまだ決心がつかなくて」
「誰か気になる人がいるの?」
「そういうのじゃないよ」
何が理由なのか、必要な話はしてくれず、最後ははぐらかされてばかりで終わった。
気になって仕方ないジューリアだが馬車は屋敷に到着した。御者が扉を開けると三人は降り、公爵邸に入って行った。
出迎えた家令がもう間もなく夕食の準備が出来上がると話した。
「ふふ、少し前からお腹が空いていたんだ。楽しみだねジューリア」
「そうね……」
いつもなら私室で食べるのだが今夜と明日の朝食の場にはジョナサンとフランシスがいる。ジューリアが一人私室で食べていたら必ず訝しく思われ、フランシスに至っては部屋へ来る可能性が高い。凝視してくるマリアージュの視線が嫌なものの、今日と明日の朝食ばかりは私室で摂るのは難しい。諦めるしかないジューリアは項垂れそうになるのを堪えた。
「……部屋に戻って着替えてきます」
それだけ言うと早足で二階に上がり、最奥の私室を目指した。廊下の途中にメイリンの侍女がいた。が、構わずスルーすると「ジューリアお嬢様、素通りせず話を聞いてください!」と叫ばれるが速度を上げて部屋に駆け込んだ。扉を閉めようと内側に引いたら、外側から引っ張られ隙間が消えない。
「お願いです、ジューリアお嬢様!」
「第二皇子殿下の話なら新しいネタはないわよ!」
「違います、あの、内容は第二皇子殿下ですが殿下の新しい話が知りたいのではなく、メイリンお嬢様がジューリアお嬢様に第二皇子殿下絡みでお願いあると」
「お願い?」
「殿下の婚約者をジューリアお嬢様からメイリンお嬢様になるよう、殿下に伝えてほしいと!」
両親に言いなさい! と声を上げ、子供ながら馬鹿力を発揮して扉を閉めた。素早く鍵に手を掛けるも侍女の行動が速かった。あっという間に扉を開かれ泣き付かれてしまった。
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