今度はきちんと
濃厚な苺の甘さと味、クリームの程好い甘さに感動するジューリア。ヴィルは「美味しいね」と反応は普通。前世から苺関連のスイーツが好きなだけに、高級苺マカロンの味は感動ものだった。期間限定品なので、明日も足を運んで買い占めようと決定。開店と同時に行くのが大事だ。あっという間に一つを食べ終えると二つ目に突入。この間珈琲は飲んでいない。珈琲を飲んだら口内に広がる幸せが全て苦味に塗り替えられる。
「三つ目もジューリアにあげる。俺は二個でいいよ」
「本当? ありがとうヴィル!」
五つの内、三つ目はヴィルと半分こにしようとしていたが折角のヴィルの優しさに甘えた。
マカロンを全て食べ終えるとヴィルはこの後はどうしようかと訊ねた。
「屋敷には戻らないでしょう?」
「戻りたくないのが本音だけどね。夕刻前には戻ろうかなって」
「馬車を手配させるから一緒に行こう」
フローラリア家の屋敷前まではヴィルと行くとなった。
するとドアがノックをされ、返事をすると先程の神官だった。そういえばまだ名前を聞いていなかった。
「失礼します。フローラリア嬢にお客様がいらしています」
「お客様? ところで神官様の名前を伺っても?」
「僕ですか? セネカと申します」
「セネカ様ですね」
「セネカで良いですよ、フローラリア嬢」
だが相手は年上。せめて“さん”付けは死守した。
「お客様とは誰ですか?」
最有力候補はフローラリア家の誰か、最も高いのはシメオン辺りだ。セネカから教えられたのは全く予想外の相手。待たせる訳にはいかないか、とジューリアは重い腰を上げて相手が待っている上層礼拝堂へセネカ案内の元到着した。
今日は上層礼拝堂の使用はなく、待ち人以外誰もいない。背凭れに読書台がある長椅子に一人座る銀髪の小さな背中は紛れもなく婚約者のジューリオだった。側にいるのは恐らく従者だろう。
「殿下」と呼ぶとジューリア達に気付いたジューリオが振り向く。昨日見た様子と随分と異なる。予想だが皇帝や皇太子にきっちり叱られたのだろう。
ジューリオの前に来ると臣下の礼を執り挨拶を述べた。全く心の籠ってない棒読み振り。ジューリオと従者の顔が引き攣っているが知るものか。
「神官様に殿下が私を待っていると聞きました。フローラリア家ではなく、何故大教会に?」
「……なんとなく、お前なら大教会にいそうだと思ったんだ」
予想は当たった。
「そうですか。それで、今日はどの様な?」
「その……謝りたくて」
「皇帝陛下や皇太子殿下に言われたのですか?」
ジューリオは小さく頷いた。やっぱり……と内心納得し、口を開き掛けたジューリオの言葉を遮った。
「殿下の謝意は確かに感じました。謝った事にして帰られては」
「僕はちゃんと謝ってない」
「此処には皇帝陛下も皇太子殿下もいません。謝った事にしても怒られませんよ」
「っ、僕が謝ってやろうと言うのにお前は! ……あ……」
結局こうなる。人間、下に見ている相手に傲慢な態度を取られると最初は悄らしくてもすぐに本性が露となる。顔を青褪め、俯くジューリオから若干睨んでくる従者へ視線を変えた。
「殿下は体調が悪そうですよ。お帰りになられては」
「ジューリア様、あんまりではないですか! 殿下は今日貴女に謝る為にどう話せば良いかと必死で考えておられたのですよ!」
尊い皇族が人に謝る、というのは無いに等しい。同じ皇族ならあるかもしれないが。ジューリアからすると関係ない。こうしてジューリオが本性を出した。
「殿下、私は殿下と婚約者として交流を深める気も仲良くなる気もありません。最初、ご自分が言った言葉を覚えていますか」
「……」
噂を鵜呑みにし、一言も語る事もなく無能のジューリアを見下し拒絶したのはジューリオ。ならば、ジューリアも従うまで。
「表面上は婚約者として振る舞います。それだけはしますが後はお互い無干渉でいきましょう。その方が殿下も好きな人を見つけやすいでしょう?」
「僕は……僕と婚約解消をしたら、次なんてないんだぞ」
「そうなったら、フローラリア家を出れば良いだけなので」
「な!」
家を継がない、婿を取らない令息令嬢の場合は婿に行ったり、嫁入りするのが基本。自立する場合は実家からの援助を受けて文官として働くか、騎士・魔法使いとして働く。主に下位貴族で見られるが公爵家という高位貴族の令嬢が家を出る等と発言をすれば驚愕される。瞠目したジューリオ、従者、セネカにしまったと反省するジューリア。迂闊に言葉にしていい台詞じゃなかった。
「お前みたいな性悪、こっちから願い下げだ!」
「どうぞ。ただ、今後陛下に叱られたくないなら表面上は大人しくなさることですね」
性格の悪さに自覚はある。が、受け入れる気が更々ないだけ。謝罪をしに来たらしいがジューリオの本性は変わらない。皇帝や皇太子の目が無ければ、同じなのだ。
「殿下、それ以上は」
「僕が謝ろうとしているのにこいつが受け入れる気がないからだろう」
「逆に聞くけど、皇子様」
場にそぐわないのんびりとした声色の主が誰かを瞬時に解したセネカは深く頭を下げた。上層礼拝堂の出入り口付近にいるヴィルがジューリアの側へ。止まると張り付けた微笑でジューリオに問うた。
「皇子様はさ、ずっと大事にしてくれた人達に、無能と判った途端掌を返すようにいない者扱いをされたらどう思う?」
「何が」
「ジューリアは魔法も癒しの能力も使えないと分かる以前は、家族や周りから大切に育てられていたんだ。それが無能と判断された途端に見捨てられたんだ。散々大事にしてきたくせに、役に立たない無能と判れば捨てるなんて。君達人間のエゴはすごいね」
「……」
ヴィルが何を言おうとしているか分かったらしいジューリオは、見る見る内に顔を青く染め、一緒にいる従者も非常に気まずげにジューリアを見た。ジューリアの性格は初めから拒絶思考で他者を信用しないものじゃない。七歳の時に判定された無能の烙印によって散々家族や周りに見捨てられ、見下され、馬鹿にされ続けた結果自身を守る為に形成された。
どんな言葉を掛けるべきかと思考を悩ませるジューリオの瞳はそのままの感情でジューリアへ移った。ジューリアは肩を竦めた。
「冗談を言っていると思っているならそう思って頂いても良いです」
「天使様が嘘を言うと……?」
それもそうか。
「……慣れたのでもういいんですよ。大体、最近になってやり直したいだの家族仲良くしようと近付いて来るのがおかしいんです。頭打ったのかと気になるくらいに」
「それは……その……切っ掛けがあったんじゃないのか」
「あるのはあります。でも、私が散々訴えても信じなかったものを今になって信じて排除したところで今更なんですよ」
「何があったんだ」
ジューリオに詳しく話す必要はあるのかと内心疑問にするも、まあ、いいかと家庭教師と侍女から受けた仕打ちの数々を話し。ヴィルが執事がジューリアの部屋の結界を勝手に薄くした件を話そうとした時は口を塞いだ。フローラリア家に思い入れは皆無だがそのせいで悪魔に憑かれたジューリオのいる前では言いたくない。話が面倒な事になりそうで。
呆然とするジューリオは話にしたような扱いを受けた事がないのだ。優秀な皇太子に劣等感を抱こうが彼自身無能じゃない。未来の皇帝の優秀な右腕と期待されているのだから。どんな言葉を掛けようかと本気で迷っているジューリオに苦笑した。
「無理に言葉を探さなくて良いですよ。殿下に何かを言ってほしくて、してほしくて話したわけではないので」
「僕は……何も知ろうとしなかった」
「会って日が浅い殿下にベラベラ話す内容でもなかったですね。長く暮らしてるあの人達は知ろうとしなかったのに、殿下は今気にしてくれた。これで十分です」
「フローラリア家を許す気は……あるわけがないか」
「お互い関わらない方が楽で良いとは思いますが、どうしてか関わろうとするんですよ。お互い楽な方にすればいいのに」
「ジューリア」
お? と驚く。ジューリオに名前を呼ばれたのは初めてではないか。というより、知っていたのかと驚きの方が強い。感想を口にしないよう唇を閉ざすのを忘れない。
「昨日は……すまなかった」
最初に来た時の態度と一転変わって彼の謝りたいという気持ちが強く感じられる。嫌々さも消えている。話を聞いてジューリアへの印象が変わったのだろう。
ジューリアも余計な言葉は使わず、ジューリオの謝罪を受け入れた。
帰って行くジューリオと従者を見送ると空は微かに朱色を帯びていた。思っていたよりも長く話し込んでしまった。セネカが「帰りの馬車を手配しますね」と一旦建物内に戻って行った。
「同情作戦って思われたかな?」
「事実を話しただけ。どう受け止めるかは皇子様次第さ」
婚約解消の件は恐らくだが無かった事になる。とはいえ、家を出る気しかないジューリアは解消してくれた方が良かったと溜め息を吐いた。
大教会の前に馬車が停車した。車体にフローラリア家の家紋が刻まれており、車内からフランシスが降りた。
てっきりフローラリア家の誰かと予想していたが、後からマリアージュが降りたので予想は当たっていた。
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