第5話 転生拒否 Ⅲ
本題へ移る前に心の準備をした。
もしものことを想像すると躊躇し、声は喉元まで差し掛かるがなかなか声が出ない。
「……妹がどうなったか教えてくれないか。」
「うむ。先程の件もあるしのう。」
思わず食い付きそうになるが、グッと堪え一呼吸してから質問した。神相手に意味があるかわからないが、欲を出した姿を見せない方がいいと思った。
「教えてくれるのか?」
「あぁ。本来は駄目じゃが。迷惑をかけたからのう。これでおあいこじゃ。」
話はわかるし、度量も深い。
今更だがこの老人を神だと感じた。
「お主が亡くなった後に救助されたわ。」
心に浮かんだのは「よかった。」。単純にこの言葉だけであった。胸に渦巻いていた何かが消え、全身の力が抜ける感覚がした。
この後は転生でも何でもしてやろう。今であれば、どんな所へ転生しても暮らしていける気がした。
「じゃが……。」
「……おい、なんだよ。」
たった三文字で先程の気持ちはどこかに消え、またしても不安が襲う。
「残念じゃが、意識不明の状態じゃ。」
「暫くすれば……、目覚めるんだよな!?」
ゼウスは首を横に振った。
その瞬間、つい本音が出てしまった。
「ふざけるな!……助けろよ!まだ十八なんだ。これから楽しいことが山ほどあるんだ。神様だろう!慈悲はないのか!?」
「
確かにそうだ。返す言葉がない。
だが、ここで引き下がる訳にはいかない。
(……仕方ないか。)
もしもの時にはこう切り出そうと考えていた。
「なら俺の魂を対価に妹を目覚めさせろ。」
「無理じゃ。お主の魂にそんな価値はない。」
「同じ魂だろ!?」
「違うわ。お主の妹は脳を損傷しておる。魂で肉体を補完など出来ぬ。奇跡でも起きぬ限り、お主の妹は目覚めることはない。」
次の言葉が出てこない。
同じ肉体があれば対価になるのか?
————いや、そもそも俺に肉体はもうない。
魂以外に差し出せるものがあるのか?
————何もない。身体、いや魂一つだ。
知識はどうだ?
————神に勝る知識など持ち合わせていない。
考えろ!考えろ!考えろ!
ふいに母の言葉が脳裏に過った。
『どう?美味しいでしょう。奇跡のオムライス。』
幼い頃に母が得意だったオムライス。
俺と妹の為に作ってくれた料理はどんな高級料理より美味しかった。
そうだ。母は自らの手で奇跡を作っていた。
「……奇跡が起きたら、妹は目覚めるんだな。」
「どういう意味じゃ?」
「俺が奇跡を起こす。対価に妹を助けてくれ。」
この神様でも魂の転生に苦戦している状況だ。だが人間一人がその状況をひっくり返せば、それを奇跡と呼ばないだろうか。
「今よりも多くの魂を異世界へ転生してやるよ。」
「ふむ、いいじゃろう。話は聞こう。具体的にはどうするつもりじゃ?」
「餌を撒く相手を変える。」
ゼウスは転生する魂に『チート能力』という餌を撒いた。一定の成果を上げることは出来たが異世界の環境を破壊し失敗に終わった。
ならば女神に対して餌を撒き、やる気を出させるべきではないだろうか。
「30点と言うところじゃな。それでは結局のところ女神頼みではないか。お主の成果ではない。」
「わかっている。だから俺はそこの女神に協力して、彼女を女神の中で一番の成果を出してやる。」
彼女とゼウスの関係はわからないが、ゼウスが彼女を贔屓にしているのは間違いない。でなければゼウスはこの場にいない。
彼女がこの施設で一番の実力者になるのだ。そうなることはゼウスにとっても面白い話だろう。
「満点ではないが……。よかろう。」
希望がどうにか繋がったかに見えた瞬間だった。
「……私は…お断りします。」
忘れていた。この女神のことを。
完全に考慮から漏れていた。
「なっ!あんたにとってもいい話だろ?」
「私は……そんなこと…望んでない。」
脳内をフル回転するが、この女神を説得する材料が見つからない。
完全に詰んだ。今度こそ何も思いつかない。
彼女をダシに使った俺への罰だろう。
今にして思えば、彼女こそが本当の意味でキーマンだとわかる。そんな彼女を蔑ろにして話を進めた。結果はこのザマだ。
沈黙が続いた末にゼウスが口を開いた。
「ふむ。アイリスよ。一番になれば報酬として『どんな願いも叶えてやる。』と言っても気持ちは変わらんか?」
「……どんな…願いも…?」
「あぁ、ワシの出来る範囲じゃぞ。」
アイリスと呼ばれた女神の表情が変わる。
「……わかりました。その話、承ります。」
ゼウスは満面の笑みだ。
俺にとっては有難い誤算ではあるが『俺が奇跡を起こす。』と啖呵を切ったにも関わらず、結局はゼウスに救われた。
俺はゼウスに尋ねた。
「何であの女神を説得してくれたんだ?」
「ワシも神じゃからのう。身内とはいえ、誰かのために全てを懸けるお主に心が動かされたんじゃ。それにこのぐらいの報酬を出さなんだら、どうせ他の女神達も納得せんわ。」
考え方がまるで人間だと感じた。
下手な人間より人情があるではないか。
「よし。決まりじゃ。それではこれより十年の歳月を掛け、女神達には魂の異世界転生を競って貰う。報酬は『女神の願い』じゃ。」
「待て、待て、待て!」
十年は長すぎる。
俺がこの勝負に勝っても、六花は俺と同じ三十歳手前になっているではないか。青春のない人生を送らせるわけにはいかない。
「一年だ!一年以内でどうにかしてやる!!」
「ほう。そんなに短くて良いのか?」
「もちろんだ。」
何の根拠もないが、六花のことを考えるとそう言わざるを得なかった。
「して、具体的にどうやってアイリスを勝たせるつもりじゃ?」
こちらに関しても何の考えもない。
だが、そう答えるわけにもいかず虚勢を張った。
「アンタに話す訳にはいかない。さっきみたいに誰かれ構わず話されると困るからな。」
「ハッハッハッ。痛いところ突かれたわ。よかろう。これ以上の詮索はせん。」
こうして六花を救うため、アイリスと呼ばれる女神との共同戦線が始まった。
「それでは準備を初めようかのう。開始は一ヶ月後じゃ。詳細は追って伝える。」
◆◆◆
あれから二ヶ月。
彼女を勝利の女神へと導く計画は完成し、今も計画は順調に進んでいる……はずだ。
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