Act.15
10階の案内は、他の階に比べてすぐに終わった。
僕がまだ塔の正式な人間ではないから、魔法陣の閲覧はできない。それにどうやら一般的に初心者の魔術師はまずいちばん自分に合っている魔術の習熟に努めるらしい。
錬金術師も同じように修行するとは、限らないけれど。
「もちろん。錬金術師は違う。どんどん新しい魔法陣を試していくからそのつもりでね」
まるで子供だ。欲しかった玩具をもらった幼子のように、師匠はあどけない笑みを浮かべてそう言った。
どうにもならないことだけど、僕と同じ顔でそういう表情をするのはやめてほしい。
ぞっとする。
3人で10階からエレベーターに向かう時、斎藤さんと書棚の間ですれ違った。
表情豊かな彼女が、やけに険しい顔をしていたことが不思議と印象に残った。
「さ、次は13階に行こう」
「・・・12階ではなく?」
そう尋ねた僕に、竜貴さんはエレベーターの12階を示すボタンを押してみせる。
すると、右側の壁に水色のタッチパネルが滑り出てきた。
「警告。12階は禁則エリアです。事前発行の許可証または権限クラスA以上を保持する魔術師の認証が必要になります」
世間で聞くものよりも、柔らかい声色をした電子音が鳴った。
「認証が必」
「コンピューター、12階へは行かない。認証はキャンセルして」
「かしこまりました」
タッチパネルが消えた。
「12階は塔を維持するための術式が刻まれてるの。だから、普通の魔術師じゃまず入れない」
科学技術だけじゃ、成層圏プラットフォームなんて実現できないから。
竜貴さんは吐き捨てるように言う。
まるで、魔術に頼っていることが嫌いみたいだ。
「さ、というわけで13階に行こう。主席に挨拶しなきゃね」
けれどそんな、どこか厭世的な様子はすぐに消えてしまった。まあ、話したくないこと、人に見せたくないことがあるんだろう。
そうですね、と答えながら僕は12階についてそれ以上聞くことをやめた。
◆◆◆
少しの沈黙が落ちた後、エレベーターが止まる。
最上階だ。
扉が開くと、真っ白な廊下がまっすぐ縦に伸びている。廊下の先は霞んで見えないほどだ。
エレベーターからそう遠くもない、廊下の真ん中には紺色の机が1つだけ。横幅が広く、重厚な作りをしているそれは僕みたいな素人でも高級品だと感じるくらいには立派なものだった。
だからこそ、廊下の真ん中で、廊下の行き先を封じるように配置されていることに違和感を覚える。
「やあ、竜貴。琴葉。久しぶりだね」
柔らかく、そしてひどく透明な声色が机に向かっている人物から聞こえてきた。走らせていた万年筆を置き、彼は顔を上げる。
薄紫色の髪に、伏し目がちな金色の瞳。色は日本人からかけ離れているが、顔立ちそのものはアジア系のものだ。
エキセントリックな容姿をしていながらも、華やかさのようなものは一切ない。むしろ地味で、言ってしまえば図書館の司書のように落ち着いた雰囲気を漂わせている。
「ええ、久しぶり。主席殿」
「お久しぶりです、主席殿」
2人が丁寧に腰を折る。思わず僕も、頭を下げた。
「それで、君が岡田桐士くん、だね」
「え、は、はい。そう、です。よろしくお願いします」
いきなり視線がこっちを捉えて、ちょっと面食らった。
「これ、彼の入局書類」
竜貴さんが机に歩み寄って、USBを差し出した。男性にしては長く、節くれだった指がUSBを受け取り、机の上に置かれていたパソコンにつながれる。
よくよく見てみれば、不思議な格好をしている。
すごく、魔術師みたいだ。
フード付きの袖がゆったりとした黒いローブに、金色に縁取りされた赤いミニマントをつけている。全体的なシルエットだけなら、インバネスコートというものに似ているかもしれない。
「・・・うん、問題ないね。受理しよう」
「ん、ありがと」
「これで君も、塔の一員だ。よろしくね」
やっぱり、あっけない。
別にオカルト的な儀式を期待してたわけではないけれど、もう少し緊張感のあるものだと思っていた。
主席殿、と呼ばれた彼からすればきっと事務手続きの一部にしか過ぎないのだろう。
「よろしくお願いします」
「とは言っても、別に義務があるわけでもない。よほどのことがないと、私とはもう会わないだろうね。竜貴、これからの予定はあるのかい?」
ゆったりとした所作。まるで彼の周りだけ、水の中にいるかのようだ。
「ううん、特にはないよ。部屋の準備にもいくらか時間はかかるだろうし、もう帰らせるつもり。
「それもそうか。じゃあ、さっそく全体通知に載せるよ。新しい仲間が増えたってね」
穏やかに、嬉しそうに微笑む彼の顔はまるで、成長を見守る親のそれに似ていると思った。
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