Act.13
「いやー、ごめんね。高橋も悪いやつじゃないんだけど」
2階から3階へ。
エレベーターの中で竜貴は、気まずそうに言った。
「なんというか、倒錯してるの彼」
「倒錯?」
高橋の不快な視線を思い出して、桐士が軽く身を震わせた。
「そ、コンプレックスって言えばいいのかな。自己愛が人一倍強いんだけど、彼ってひどく頭が良いから。言ってしまえばナルシストな自分が他人から愛されないってことを理解してる」
自分は自分を愛しているのに、他人からは愛されにくい。
でも、愛されにくい理由は自覚してる。
でも、自分を愛しているがゆえに、そんな自分を変えられない。
「・・・よく、知ってるんですね。あの人のこと」
「ま、付き合い長いしね。簡単に言ってしまえば他人に対して、ちょっと攻撃的になるときがあるのよ」
「ちょっとじゃないと思いますけど」
どこか呆れるように、琴葉が言う。いつも通りの口調ながらも、苦々しい色が混じったセリフだった。
ポーン。
再度、エレベーターが止まる。
「さて、と。気を取り直していこう」
扉が開くと、そこは何の変哲もない廊下だった。円形をしているはずの塔の中で、なぜかまっすぐ走っている。
相変わらず白一色の床と壁。それに黒檀色の扉がいくつも付いていた。
「3階から10階までは魔術師たちの個人部屋。主席に書類が受理されたら、君にも一部屋与えられるよ」
3人の背後でエレベーターが閉じると同時に、ねっとりとした声が聞こえてくる。
「ほう、新入かね」
甲高い、鈴のような声色。
「これまた若いのを連れてきたな、竜貴」
けれど、どこか老人のような口調は壁から聞こえてきた。
「どーも、管理者殿。若いって、私がここに来たときは6歳だったよ」
「かかかっ、我からすれば10年かそこらなど年の差とも言えん。お主もそやつも、等しく赤子のようなものよ」
果たして、それは壁から這い上がってきた。長い黒髪に、真っ白な顔。皺一つなく、人形を思わせるほどに精巧な造形で、爬虫類を思わせる笑みを浮かべている。
「よろしく、新しい血よ。歓迎しようではないか」
「は、はあ。その、よろしくお願いします」
袖がゆったりとした白いシャツから伸びた手を、しっかりと握り返す。
ひどく冷たく、硬い手だった。
◆◆◆
室内はまた後で。長への挨拶が終わった後に見せよう。
そう言われて、3人は三度エレベーターに乗り込んだ。
「そう、いえば。部屋が足りなくなったりしないんですか」
自分から他人に話しかける。そんな、ほんの少し前の桐士ならやろうとすら思わなかったことが、自然にできていた。
彼は知らない。
魔法陣を用いた錬金術では、自身の特性を強化して術を編む。それ故か、使用者は術を使えば使うほどその自我が強くなっていく副作用があることを。
この副作用は、錬金術と魔術で異なる。
彼の、人間嫌いという錬金術をもし魔術で用いたのならば。人間嫌いという特性だけが強くなって、もう他人と話すことはおろか他人に会うことすらままならない状態になっていただろう。
彼は知らない。
自分が変化していることを。
今はまだ。
「ああ、部屋の数ね。3階から上って、空間が歪んでるの。ほら、廊下も真っ直ぐだったでしょう。管理者の魔術で歪ませている、とも言うけど」
「・・・そんなことができるんですか」
「ええ。彼、いや彼女かな? 詳しくは知らないけど、あの人の魔術はメビウスの輪みたいなものなんだって。表と裏がつながった円環、表であり裏であるっていう特性で術を作ってるみたい。そんな魔術を扱うせいか、10年以上前に私が会った時からあの中性的な容姿のまま」
中性的。
あれは、むしろ無性的だ。動物というよりも、植物的な希薄さが桐士の頭によぎる。
とはいえ、確かに。男にも女にも、見え聞こえる人間であった。
なあ、あの人は師匠と同じような存在なのか。
3階から11階へと向かうエレベーターの中、桐士は頭の中でつぶやく。
次はお待ちかね、魔法陣の倉庫だよと言う竜貴に生返事を返しながら、桐士は師匠に尋ねる。
「いやいや、あれはちゃんと生きてる人間だよ。ただ魔術の使いすぎでああなったんだろう」
使いすぎると、ああなるんだ。
「彼の場合はね。表裏一体なんていう魔術を、空間単位で扱えるんだ。その存在だって、空間単位で表と裏が混じらなきゃね」
ポーン。
エレベーターが止まる。
簡素な表示は8階を示したまま。
一歩引いてスペースを開けた3人に、開き始めた扉から甘い香りが漂ってくる。
「へえ、」
花のような香りではない。どこか毒を連想させる、焦がしたようなバニラの香りだ。
「久しぶり、竜貴。琴葉。そっちは新入りかい?」
真っ赤なルージュが目を引く。
豊かな胸元を大きくさらけ出した、黒一色のレザーコートにベリーショートの黒髪。気が強い、というよりも意思が強そうな切れ長の
桐士はつい長年のクセで視線を下げようとして、既のところで思いとどまった。
彼女の格好で視線を下げると、良からぬ印象を抱かれかねない。
「周りにいるの、女性ばっかりだもんね」
・・・うるせえ。
ニヤニヤしている師匠は、自分の姿が見えないのをいいことに彼女の一部分を無遠慮に眺めていた。
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