Act.12
鏡は、無機質に冷たかった。
自分の顔に自分が飲み込まれていくという、ちょっとゾッとしない体験は、けれどあっという間に終わった。
「ようこそ、我らが塔へ」
鏡を抜けた先は、円形状の空間だった。先に着いていた竜貴さんが、茶目っ気のある笑顔で言う。
ひと目見て、ちょっと圧迫感がある部屋だなと思った。
白を基調とした壁と、半球状のドームのような天井。敷かれているカーペットは青で、ところどころに金糸で刺繍が施されている。
白い円卓と椅子がいくつも用意されていて、多くの人が思い思いのマグカップ片手に思い思いの格好で談笑していたり、書類とにらめっこしていたりしている。
ざわめきが何か恐ろしい化け物の唸り声のようで、一瞬背筋が泡立った。
部屋の中心には、太い柱が一本。扉とボタンがついているから、エレベーターだろうか。
ふと振り返ると、僕が立っている場所から少し離れた空間に、蜃気楼のようなうゆらめきが現れる。
「・・・?、どうしました?」
蜃気楼はほんの1秒ほどで消え、代わりに琴葉さんが立っている。移動直後に目が合ったことに驚いているのか、いつもは伏し目がちな瞳を見開いている。
光が出たり、魔法陣が新たに現れるようなこともなく。地味なほどに静かな転移風景だった。
「いえ、その。どういう風に転移してくるのかなと」
「ああ、なるほど」
「魔術師が魔術で塔に来ると、まずはこの1階の部屋に集められるんだよ。ここはまあ、マンションで言うところのエントランスみたいなものかな」
竜貴さんが歩き始めたので、琴葉さんと僕も着いていく。
「部屋の中で、どの辺に出現するのかはランダムなんだけど、他の人とはぶつからないような記述が魔法陣に組み込まれてるの」
昔は転移事故で人と人がつながちゃった例もあるらしいんだけど、なんて怖いことをさらっと言いながら、竜貴さんは窓際に立つ。
「見てご覧」
促されるままに、窓から外を覗いてみる。塔、というくらいだからそれなりの高さがあるだろうけど1階らしいエントランスのここから何が見えるのだろうか。
「え、」
見えた景色はまるで、海と空が反転したかのようだった。
視界の上半分に広がる青。ひときわ輝く光球があるだけで他には何もない。既視感を覚える光球は大きく、熱い。
下には真っ白な大地が見える。絶え間なくたなびくそれは、ひどく頼りなさげだった。
きっと踏みしめたら、簡単に崩れてしまうだろう。
たっぷり10秒はその景色に呆然とした後、気付いた。
ここ、雲の上だ。
竜貴さんに聞いてみれば、肯定の返事がくる。
「そ、この塔は高度20キロメートル付近で滞空している、いわゆる成層圏プラットフォームだよ」
まさか、魔術なんていうオカルトで移動した先が、こんな科学的な場所だとは思わなかった。
「天に届かんとする、
バベルの塔。
◆◆◆
ポーン。
軽い電子音と、箱内部の表示が2階に向かっていることを教えてくれる。
「2階は、なんていうんだろう。受付?、みたいなところ」
「魔術師の任務を斡旋してくれるフロアです。組織の上層部から出る任務を、その危険度ごとに分けて紹介してくれるんです。組織内である程度の役職についてたり、金銭的な援助を受けてたりするといくつかの任務は義務なんですけど、ほとんどは任意です」
そうそう、そんな感じ。なんて言いながら竜貴さんはエレベーターを降りる。
そこは、1階よりも騒々しい場所だった。使われている色合いはそのままで、深みのある茶色で統一された四角い机が向かい合わせで何組も並べられている。
机の間を、人々が絶え間なく歩いている。一般的な会社の中みたいだ。
違うところといえば、パソコンが置いてないことくらいだろう。みんな紙ベースの書類を積み上げている。
「えーっと、あいつはどこにいるかな」
「や、やあ。竜貴さん。久しぶり」
軽薄な声が、キョロキョロしていた竜貴さんにかかる。
「なんだ、高橋か。ちょどいいや、主席どこにいるか知ってる?」
ぎっちりと固めた七三分けの黒髪と、丸メガネが印象的な男。黒いスラックスに白いTシャツ、紺色のカーディガンを羽織っている。
小綺麗な格好ではあるものの、まったく似合っていない。がに股で歩くさまといい、痩せているとはお世辞にもいえない体型といい。
緊張しているのか、ニキビだらけの顔はちょっと引きつっているようにも見える。
「次席はさっき部屋に上がっていったけど。主席は見てない、かな」
本人は愛想笑いのつもりなのだろうか。ニヤニヤとした笑顔が浮かぶ。
「・・・君、誰。なんで竜貴さんといっしょにいるわけ」
ぼんやりと見ていたのが悪かったのだろうか。
竜貴さんと話している時とは一転、不機嫌そうな口調で絡まれた。
「え、えっと、その、」
「私が連れてきた新入り。後輩いびりしちゃだめよ」
竜貴さんが冗談めかして言うと、彼は途端に視線を彷徨わせ始める。
「し、しませんよ竜貴さん。やだなもう」
よろしくね、なんて取り繕ったように言われて右手を差し出される。おっかなびっくり握手をして、一応よろしくお願いしますと返した。
彼は、無遠慮にこちらを見てくる。舐め回すかのように僕の全身を見てから、
「分からないことがあったら聞いてね。なんでも教えられるから」
なんて優越感たっぷりの言葉を吐く。
自分よりも下の奴が来た。そんな声なき声が聞こえる。
・・・嫌な記憶が巡る。
7年前、母が出ていったことを聞きつけた、いじめっ子そっくりだ。
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