第6話 濃い化粧の女

5



私の記憶が蘇っていく中、

私は今夜泊まる旅籠をさがしながら、歩いていた。

初めての場所での旅籠探しは、困難を極め、未来では旅籠が無くなったみたいで、私は知らぬ間に裏の路地を歩いていた。


だが、旅籠らしき所は何処にも無く、諦めかけている時に

二人の男女が、手を繋ぎながら建物の中に入って行くのが見えた。

あの二人の後を着けていけば、と云う想いに何故か駆られた。

看板には「ホテル エンペラー」と書いてある。


……何だろうか? ホテルとは!未来の旅籠か?……


と、想いを持ちながら私は、その入り口の前に立った。

すると、扉が勝手に開いた。

……何だ?これは!誰かが引っ張って開けたのか?

未来では、扉が自動的に開くのか!?……

と、想いつつも二人の後を追って入って行った。


二人の男女は、怪訝な表情を浮かべながら、私を見ているが、

素知らぬ様で、何か選んでいる。


……何を見ているんだろう?何故 女中は出て来ないのだ……

と、思っていると、どこからか声が聞こえてきた。


「お部屋をお選び下さい」

誰が言っているのか?あやしい奴め。

と思っていた時に、

二人連れの男から声をかけられた。

「お一人ですか?ここ、一人では泊まれませんよ」


と、「一人では泊まれない?どうしてですか?」

と、男に言ったが、男はそれ以上言うのが、わずらわしく思ったのだろう、女と一緒に部屋に入って行った。


……未来では、一人では宿も取れないみたいだ……


仕方なく私は、表に出ると、何故か女から声をかけられた。


「お兄さん。遊ばない?」

と、声を掛けられた方を見ると、化粧だらけのあの女だ!

さっき、私を馬鹿にした女だ!


だが、二人でないと宿を取る事ができぬならば、致し方ない。

私はすんなりと女の言葉に応じた。


「遊ぶと言っているが、何をして遊ぶのか?

私は、旅籠を探している。聞いた話だと、二人でないと宿が取れぬと言われたが、それは誠か?」


女は、笑いながら言ってきた。


「あんた、いつの人?さっきも馬鹿な事言っていたし」

と、私を見て嘲笑している。


あの様な下人に笑われては、ご先祖様に申し訳が立たない。


「おい、女!私を誰と心得ているのか?私はこう見えても武士であるぞ。今は世が変わって明治となったが、徳川様の世であったならば、お手打ちになっても仕方無いぞ!」


と、強く女に向かって言った。


今度は、女は驚き

「あんた、本気で言ってるの?もしかして、タイムトラベラー?」


と、聞き慣れぬ言葉を発してきた。


「タイムトラベラーとは、何だ?私は日本人だ。

会津の生まれだ!」


「生まれた所は、どうでもいいんだけど。

いつ貴方は生まれたの?」


「私の生まれた年を聞いているのか?

私は、安政2年の11月3日生まれだ。20歳だ!

それがどうしたのだ。」


「安政?だって。貴方、20歳なの?

老けて見えるけど!

それ本気で言っているの?」


と、今度は真顔で聞いてきた。


「老けて見えるんか?私は。どの様に見える?」


「30歳には見えるわ。本当に20歳なの?」


老けて見られた事に対して私は衝撃を感じたが、

もしかすると、あの様な事が起こった為に歳をとったのかもしれない。


「ところで、お兄さん。あんたお金持ってるの?」


「お金?もしかすると、これか?」

と、女にあの四角小さなカバンを見せた。


女は、その中を見て、驚きながら言った。


「何でこんなに持っているの?誰にもらったの?」

と聞いてきた。

この話をすると、長い話になってしまう


記憶の蘇った私は、何も不安ではなくなっているのだが

この話をしても、誰も信じてはくれないであろう

でも、誰かに聴いてもらいたい気持ちは、少しはあった。


「ねえ、私と遊ばない。良い所連れて行ってあげるから」

と、今度は猫が鳴く様に甘えて言ってきた


……そういば、お腹も空いてきたし、一体何処で何を食べたら良いのか解らない。それに旅籠は二人でないと泊まる事も出来ないし。……


そう思った私は、女の言葉に乗ってみた。


「お腹空いたので、何処知らないか?」

と、聞いた。


「知っているわよ。一緒に食べにいきましょう♪

お兄さん、お酒飲める?」


と、声が弾んでいる。

この女を信じて良いのか解らないが、一緒に食事に行く事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る