勇者パーティーの紅一点に訪れた幸せな後日譚

雅鳳飛恋

第1話 求婚

 現在、私の目の前には信じがたい光景が広がっている。

 国王陛下の御前だというのに、仲間たちが私――アレクサンドラ・デュプランティスに向かって跪いているのだ。


「あんたたち……陛下の御前ってわかってやってる?」


 私は仲間たちそう苦言を呈すと、陛下に視線を向けて様子を窺う。


 すると、幸いにも陛下は気分を害していなかった。

 最初は陛下も私と同じように仲間たちの行動に驚いていたが、今では空気を読んで見守ってくれている。――いや、愉快そうに観察していると言ったほうが正しいかもしれない。


 その証拠に、私の視線に気づいた陛下はウインクを返してきた。


「魔王を討伐したら気持ちを伝えようと思っていたので、気が逸ってしまいました!」


 爽やかな笑顔で弁解する勇者――ユリウス・フィッシュバーン。


 表情から察するに、こいつ全然反省してないな……。


「こいつらに先を越されるわけにはいかねぇからな」


 仲間たちを牽制けんせいするように睨みつける戦士――レオンハルト。


 陛下の御前なんだから、耐性のない人が意識を飛ばしてしまうような圧がある敵意を剥き出しにするのはやめなさい。


「そんなことはどうでもいいから……」


 陛下の存在を歯牙しがにもかけない弓使い――フェリクス・パウムガルトナー。


 相変わらず声が小さいけど、今はそれが助かる。多分、陛下の耳には届いていないだろうし。


「寛大な陛下ならお許しくださるはずです」


 ちらりと陛下に視線を向ける魔法使い――ヴィンセント・バルバストル・レイヴンズクロフト。


 うん。あんたは陛下のこと尊敬してるもんね。でも、陛下の優しさに甘えるのは違うでしょうに。


 というか、陛下はヴィンセントの視線に答えるようにサムズアップしているし……。ノリノリだな、おい。


「なので、改めて言います」


 ユリウスが先んじてそう宣言すると――


「師匠! 僕と結婚してください!!」

「姐御! オレと結婚してくれ!!」

「姉さん、俺と結婚してほしい」

「ミレディ、私にあなたと生涯をともにする権利をください」


 ほかの三人も先を越されまいと言わんばかりに、ユリウスと同時に求婚してきた。

 そして四人は私に向かって手を差し出す。


 う~ん、これは現実なのだろうか?

 四人に慕われているのはわかっていたが、まさか恋愛感情が含まれているとは思いもしなかった。


 いや、私たちには魔王討伐という使命があったから、四人はそれを疎かにしてはいけないと思って必死に自分の感情を押し殺していたのかもしれない。

 実際、この子たちが目的を見失うような事態になっていたら私は間違いなく説教していただろうし……。


 いずれにしろ、私は男一人に縛られるのなんて御免だし、自由気ままに過ごしたいから結婚する気なんてさらさらないんだよね……。

 もちろん結婚したいと思ってくれているのは嬉しいけどさ。


「私が特定の相手を作る女じゃないのは、あんたたちも知ってるでしょ?」


 そう、この子たちは知っているはずなのだ。

 旅をしている時に私が気に入った男を摘まみ食いしていたこととか。――まあ、隠す気なかったから知らないほうがおかしいんだけど。


「もちろん知ってます! でも、そういう自由なところも好きなんです!!」


 ユリウスは濁り一つない澄んだ瞳で見つめながら気持ちを伝えてくれる。


 彼は裏表がない素直で真っ直ぐな性格だから、嘘偽りない本心なのだろう。

 そう思うと、さすがに少しむず痒くなる。


「俺は姐御がいなかったら今頃どうなっていたかわからねぇからな。救われたこの命は今後、姐御のために使いてぇと思ってんだ。だから姐御は今まで通り自由に過ごしてもらって構わねぇよ」


 気恥ずかしそうに言うレオンハルト――レオの姿に、私は胸中で苦笑する。


 本当にこの子は義理堅いというか、変に真面目というか……。

 は気まぐれでやったことだから、そんな恩に感じなくてもいいのに……。――まあ、こういうところがこの子のいいところであって、かわいいところでもあるんだけどさ。


「姉さんの幸せが俺の幸せだから問題ない」


 うん、フェリィ――フェリクスの愛称――あんたはそういう子だもんね。

 でも、そろそろ姉離れしたほうがいいんじゃないかな? ――まあ、それはそれでちょっと寂しいけど。


「私はミレディ以外の女性には全く興味が湧きませんし、近寄りたくもありません。あなたのおそばに侍る栄誉を頂けるのでしたら、ほかにはなにも望みません」


 昔のあんたなら考えられない台詞だね、ヴィンセント。

 うやうやしいその仕草には育ちの良さが滲み出ていて感心するけどさ、あんたはのせいで女性恐怖症になっているだけでしょうに。


 自業自得な行いに関しては私も他人事じゃないから苦言を呈すことはできないけれども。

 でも、私はちゃんと後々面倒なことにならないように配慮しているから、そこが彼の詰めの甘さだったのだろう。


「……」


 四人の答えを聞いた私は、自分の頬をつねりたい気分になった。

 だってさ、私にとって都合が良すぎでは?


 四人が同時に求婚してきたことでさえ現実かと疑いたくなる状況なのに、ありのままの私を受け入れるとまで言っているんだよ?


 それはつまり、仮に結婚しても、自由気ままに私がやりたいことを好きにやってもいいということだ。しかも、ほかの男と特別な関係を結ぶことすら認めるってことになる。


 そんな私にとって都合がいい展開に直面したら夢を見ている気分になり、頬をつねって現実かどうか確かめたくなるってもんでしょ?

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