二百五十七話 交州の変化

中留県は交州郁林郡の治所である

城関の上に太守の陸績が眉間に皺を寄せて城下に居る関羽を見ていた

「奴が温酒斬華雄の逸話を残した関羽だ、千名程度の兵で挑発しに来た!誰か奴と戦う将は居ないか?」


「末将が行きましょう!」

三十歳前後の男が列から出て拱手した


「良し!酒を持って!陳戈将軍に渡せ!」


陸績の命令で温められた酒が陳戈の手に届いた


陳戈は両手で酒を持ち上げ温かい酒を必勝の覚悟と共にお腹に流し込んで城関から降りて城門に降り立った


城門が開き、黄鬣馬に跨る陳戈は槍を構えゆっくりと関羽に近づいた

「賊め!ここにこの陳戈が居ると知らなかったのか!我々の領土を侵す者は生きては帰れないぞ!」


関羽は陳戈の言葉を聞き流し、首を軽く横に振り青龍偃月刀を少し持上げた

「匹夫、この天下で俺の名を知らない者は誰一人居ないぞ!この青龍偃月刀に斬られる事を光栄に思え!」


「ふんっ!関羽、確かにお前は有名だ!趙雲という若僧に髭を切り取られただろ?アッハッハッ…!」


「黙れ!」

関羽は片手で青龍偃月刀を引き攣りながら馬を走らせ、二人が一丈の距離まで詰められた時に青龍偃月刀が土煙を撒き散らしながら振り上げられた


陳戈は関羽の攻撃を防ごうと両手で槍を頭上に構えたが圧倒的な力の前ではそれも虚しかった


たった一撃

振り下ろされた青龍偃月刀の力がまるで泰山のように陳戈の両腕にのしかかり、陳戈は自分の両腕の骨が砕けた音を耳にしながら馬から転げ落ちた


再び地面から立ち上がると青龍偃月刀が既に目の前に迫り、瞬きすると自分の体が地面に立っているのが目に映った


関羽は髭を撫で下ろしながら陳戈の生首をチラッと見てから城関を見た

「城関に居る者たちに告ぐ!大人しく開城して投降しろ!無駄な抵抗は死傷者を増やすだけだぞ!」


「ほっ、他に関羽と戦える者は居ないのか!」

「……」

陳戈は太守陸績配下の大将、その大将が関羽の一撃も防げなかった

この事実を受けた他の武将は皆顔を俯かせ、存在感を消すのに必死だった


目的を果たした関羽は撤退した

中留県の城壁が中原の頑丈さがなくても三丈の高さがあるため千名で攻城しても結果が見えてる


元々関羽の行動も諸葛亮の心攻めであり

城関の前で武力を見せつけ城内の士気を下げ戦わずに勝つための布石である


そこから数日の間に毎日関羽が城関の前で挑発し、五日目に昇格を射込むと遂に城内の軍心が崩れた

三千の兵が逃げ出し、陸績も城門を開いて降参した


治所である中留城が降参すれば郁林郡の他の県も抵抗を諦め、次々と降参した


関羽が蒼梧に戻り議政庁に入るとすぐ拱手し戦果を報告した

「呉太守、兄者!中留を破りました!今は将兵たちが郁林郡の各県を収復しています!太守の陸績も連れて来ました、この度我が軍は一兵卒の損耗もありません!」


「良い、良い、良いぞ!」

蒼梧太守の呉巨がにこやかになりながら関羽の肩を叩いた

「さすが温酒斬華雄の英雄関雲長!」


この結果を予想したか、呉巨の隣に座る劉備は平然とした顔をしていた


中留の小城ではまともに戦える武将が居るはずもない、雲長の武勇は天下無敵だ!

半年前に比べて劉備は再び自信を取り戻した


呂布と孫呉の同盟を仲取った諸葛亮も蒼梧に赴き日々忙しくしていた


勤労な諸葛亮はやるべき事がたくさんある、最終目的は劉備に西川を取らせる事にあるがそのための軍事力がない


呉巨は三千の兵を貸すと言ったが三千の兵で西川を取るのはどう考えても不可能


じっくり考えた結果、呉巨の勢力を拡大した方が劉備にとって最善だと思い、関羽に郁林郡を取らせに向かわせた


そして関羽が戻って来る前に兵を百姓のふりをさせて合浦郡に配置させ

張飛が城門に着くと内側から城門を開き、太守の来達を捕らえた


交州は中原から遠く離れ、後漢末期の十三州で唯一戦火に巻き込まれなかった州


北国四州と中原は戦に乱れ、関中も凋落、西涼の表面上の安定も人の命によって築かれた、益州と漢中では張魯と劉璋も互いに睨み合う中唯一交州は平和ボケをしていた


なのでまともな戦闘経験のない中留を取るのは諸葛亮からしてみれば簡単な事だった


そして呉巨も一気に二つの郡を収めて嬉しい気持ちで胸いっぱいになった

関羽と張飛も同じように喜んでいた

少なくとも彼らの中では呉巨の勢力拡大は自分たちの兄者の勢力が増した事を意味する


「兄者!次は南海へ兵を向かわせよう!歩騭を片付けば交州の大半が我々の…呉太守の物になる」

関羽は話の途中で劉備の顔色を伺い、言い直した


片腕の劉備は立ち上がり中央に行き、呉巨に一礼した

「子卿兄の意を伺いましょう」


「ええ、玄徳賢弟!そう畏まるな、我々の仲だ!協力すると言ったからには全力で協力する!雲長と翼徳の武勇があれば歩騭も大人しく投降するだろう!」


呉巨は確かに劉備と仲が良い、でなければ曹操の圧力を押し退け劉備を匿う事もできなかった


劉備の到来も呉巨に利点をもたらした、諸葛亮の努力の元で本来荒廃した畑に水車と曲轅犁が効果を発揮し、それと同時に銅や鉄の鉱山も開発された


それらによって蒼梧は凄い勢いで発展した


諸葛亮の作った水車等の発明は典黙の物で、荊州に伝わった頃に仕組みを理解して蒼梧で再現した


これらの変化を目にして、劉備との付き合いがやがて呉巨を変えた

本来穏便な呉巨はいつの間にか中原進出の気持ちを胸に芽生えた


「孔明、南海の収復で戦う以外の術はないか?」


秋に入ってから諸葛亮は羽扇を扇ぐ事が少なくなったが習慣的に手に握っている

「はい、南海の歩騭は郁林の陸績と合浦の来達と違って民を大事にしています。私が使者として彼を説得しましょう」


「ほう?」

呉巨は眉を跳ねさせ

「軍師殿が自ら南海へ?どのくらいの兵力を連れて行く?」


諸葛亮は首を横に振り

「私は説客として向かいますので一人で行きます」


「孔明、自信はあるか?」


「安心してください主公、そのくらいの自信はあります」


劉備もそれ以上何も言わなかった

この半年の間諸葛亮も臥龍の才覚を見せ、信念が揺らいだ劉備も再び彼を信頼した。


論より証拠、蒼梧の発展と両郡の収復と言う結果が諸葛亮の軍師の座を守った

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