二百五十五話 甄家の心意
二十二武将が一堂に集まり、酒をガブ飲みしながら草原での出来事を語り合っていた
この戦いを経て彼らの間では深い同僚の情が芽生えた
新入りの黄忠、文聘、李厳と魏延も、最後に加わった李傕と郭汜も曹操軍とよく馴染めた
笑い語り合う二十二武将を見て曹操は快く思った
呼廚泉の賠償は全てを解決するのには足りないが一部の圧力を緩和できる
そして呼廚泉の心に恐怖を植え付けた事で匈奴の略奪も阻止できる
何よりも面白いのは匈奴と鮮卑の戦いを引き起こした事だ。
曹操は考えれば考えるほど嬉しくなった
歓声笑語の中で曹洪だけはヤケ酒をしていた
彼は曹操と一緒に西河に来た、二十二武将の活躍を黙って聞くだけで不満がより強くなった
しかし曹操と同席の典黙に対して不満を口にする事もできない
「賎民はやっと麒麟才子にお会いできて光栄の至りです」
三十歳前後の男が典黙の前に立ち満面の笑みで杯を手に持って少し持ち上げた
曹操は顎をグイッとあげた
「甄家の当主甄致だ」
「甄家のご協力ありがとうございます」
典黙も杯を持ち上げ乾杯した
本来甄家の当主は甄逸、甄宓の父親だったが十数年前に亡くなって弟の甄致が務める事になった
規則ではこのような宴会には商人が参加できない、曹操が特例を許したのも甄家の協力に恩返しのつもりだった
酒宴が終わるといつも典黙と朝まで語り合う曹操はこの日は違った
曹操は典黙を無視して典韋を呼び付けて外へコソコソと向かった
「魏王、こんな時間に兄さんと何を話すのですか?」
不思議に思った典黙はその跡をつけた
曹操は典黙をチラッと見て手の甲で追い払った
「こっちへ来るな、帰って寝てろ、シッシッ」
「えっ?なんで?話したい事が未だたくさんあるのに…」
「それなら許昌に戻ってから話そう、今は大事な話がある」
「大事な話?」
典黙は更に混乱した、自分に言えないのに兄さんと話す事って何?
「君の婚約だ、君の一存では決められないだろ?」
曹操は相変わらず手の甲で典黙を追い払う
「大人の事だ子供はあっちで遊んでろ」
「そうだよ弟、部屋に戻りな。俺と魏王が決めておくから」
典韋も典黙をあしらった
自分の婚約は魏王と兄さんが決めるのか…?
やはりこの時代は女性だけでなく男も自分で決められないのか…
典黙が宴会場から出ると外で待っていた甄致がニコニコしながら近づいて来た
「己吾侯様はやはり魏王のお宝ですね。魏王があなたのために二十万の大軍を集結させた事は今や天下に知れ渡っています」
典黙も社交的な笑顔を返した
「こんな遅い時間に未だ休まないのはどうしてですか?」
甄致は周りに誰も居ないことを確認してから声を抑えた
「実は一つお願いがあります」
「心配ない、北国の商いから手を引くように麋家に伝えておく」
典黙は離れようとした
甄致は急いで典黙の前に回り込んでお辞儀した
「己吾侯様、その事ではありません」
「それ以外にも何か?」
甄致の図々しさに典黙は少し眉間に皺を寄せた
「はい、己吾侯様は兵法に置いて右に出る者がいないと存じ上げています。私の姪っ子は女子でありながら兵法に興味があります。なので己吾侯様と直接お会いしたいと願っております。会って頂いてもよろしいでしょうか?」
姪っ子?甄家五姉妹!!?
兵法に興味がある?商人が兵法に興味を持つ訳ないでしょ…どうせ縁談を持ち掛けようとしてるでしょ?
典黙は首を傾げて甄致を見た
「構わない、会おう!いつだ?」
一人か?五人か?五人なら呂布のように"まとめてかかって来い"と叫んでみようかな…
「今でしょ!」
甄致は両手の掌を広げ唇を前に突き出した
「一番下の姪っ子の甄宓です。魏王が北国を治める前に袁煕が縁談を持ちかけて来ましたが、姪っ子は兵法にしか興味がなく断りました」
甄致の嘘は下手だったが、典黙は気にしなかった
商人がこの時代では身分が農民よりも低いので自分たちの身分を変えるために色んな努力をした
例を挙げるなら甄家と並ぶ麋家
商人出身でありながら糜竺は瑯琊太守、糜芳は東莞の太守になった。
商人が一郡の太守になれたのは間違いなく典黙の七光り
これには甄家は羨ましく思うしかない
曹操へ援助の見返りが北国の商いだけでは満足できるはずもない、甄致はもちろん目標をより高い所に定めた
以前冀州で曹操に会った時から既にこの考えを持っていた甄致は曹操が二十万の大軍を招集すると聞いて迷わずこの機会に全てを賭けた
「今?」
権力によりもたらされる利益を享受しようと決めた典黙は少し驚いた
「はい、甄宓はこの離石県内に居ます。己吾侯様に会うために兵糧の運搬に同行しました。実は以前にも許昌へ訪ねた事もありましたがちょうど己吾侯様が出征した後でしたのでお会いできませんでした」
そこまで言われれば拒むのも失礼な事
正直典黙は利益が絡む肉体関係は好きじゃない
彼はもう少し麋貞や蔡琰と接するように互いの関係性を築いてからの方が好きだった
ただし伏寿は例外、彼女には男であれば誰でも拒否できない魅力がある
少なくとも典黙はその魅力の虜になった
そして周りの美女が増えるにつれ、甄宓に対する期待も最初より減っていた
据え膳食わぬは男の何とやら、ここで会ってみるのも悪くない!
「では、部屋で待つ」
「はい、後ほど向かわせます!」
典黙が離れたあと甄致は得意げの笑みを浮かべた
会う約束さえしてもらえば虜になるのは間違いない!宓の美貌は冀州一だからな!
己吾侯様は魏王の腹心、彼さえ味方につければ前途は輝く!
甄致は内心の喜びを抑えられなかった
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