二百五十三話 呼廚泉の選択

呼廚泉が来る、この情報に皆が喜んだ

皆少なからず疲労が溜まり、やっと帰れる目処が着くと聞けば興奮する気持ちを抑えられなかった

戦い自体の苦労はないが、最初の頃と比べれば探索が進ま無くなった

二十二騎は探索の範囲を半径百里まで伸ばしたがここ七日間見つけられたのは小さい部落二つだけだった


そしてこの一ヶ月の間に皆毎日羊や馬の肉を焼いて食べて来たが、匈奴人でなければ飽きて麦や米の味を恋しく思った


呼廚泉が来るという事はこれ全てに終止符を打ってるという事だ


呼廚泉は左右骨都王と左大将の四人は伝令兵の案内で中央営帳に入った


中央営帳の中には二十二将が左右に立ち並び、彼らの身から漂う殺気に呼廚泉は少し恐ろしく思った


そして主帥の座に座るのが二十歳前後の青年と見た呼廚泉は驚愕して立ち尽くした

右骨都王は急いで肘で呼廚泉を突いて後者はやっと我に返った

「天使上位へ拝見します」


「誰だ君は?」

典黙は机に置いてある地図に没頭し、顔すら上げなかった


「胡族部落単于栾提呼廚泉」


「何の用だ?」


呼廚泉は典黙の冷たさにも焦らず慌てなかった

「天使上位に兵を退かせて頂きたい、天朝への金銀財宝や羊や馬の賠償に糸目をつけません」


「君が訪ねてきたんだ、額を出してみろ」

典黙は依然と地図を注目していた


呼廚泉は少し考えてから声を張り上げた

「最大の誠意を見せましょう!天朝に七万の羊と馬、金銀二万両を支払う!」


典黙はやっと顔を上げ、肥満な呼廚泉を見て冷笑してから高らかに笑った


笑い終えた典黙は目を鋭くしてゆっくりと呼廚泉へ近寄った


「初平三年、匈奴が南下して洛川、黄陵、宜君を略奪した。金銭食料は別に考えたとして大漢の民を一万人連れ去った。初平四年、北地泥陽にて三万人居た城が君たちに襲われ、生き残りは僅か二百。興平二年、興平三年、建安元年、大漢の民は八万殺された。家畜や金銀を払うから民を帰してくれよ?」


二百斤の呼廚泉を前にすれば典黙の体格は貧弱としか言えない

しかし典黙から放たれた威圧感は呼廚泉を窒息させる程の物だった


淡々と話しているだけの典黙に直視できない呼廚泉は額の汗を拭き取り俯いた

「部下を御せなかった俺の落ち度です、先言った倍をお支払いしますのでお怒りをお静まり下さい」


「部下を御せなかった?」

典黙は首を傾げて冷笑した

「君の手に漢人の血は一滴も付いてないのか?」


「天使上位、一体どうすれば兵を退いてくれますか?」


「簡単な事さ」

典黙は首を揉み、呼廚泉の肩に手を乗せた

「賠償はもちろんだが、十万の民を帰してくれ。そうすればこの一件が終わる、我々も殺戮を辞め両国も友好を結ぼう。どうだ?」


呼廚泉は顔を上げて典黙を見てから首を横に振った

「全部落に居る漢人を全て集めてもせいぜい五六万だ、十万まで集められません」


「それは君たちの問題だ、帰さなければ自分たちで取り戻すだけだ」

典黙は人差し指で二十二武将を指し

「二十二騎の強さも思い知ったでしょ?今日から我々は中原に戻らない、君たちの部落をしらみ潰して探す!一年でダメなら二年、二年でダメなら五年君たちが納得するまで殺戮を止めない」


「それなら戦場で会おう!」

呼廚泉の気骨はこれ以上の屈辱を許さなかったので立ち上がり出口へ向かった


その時曹昂が早歩きで軍帳内に入って来た

「先生、鮮卑の軻比能から遣いの者が来ました。お目通りを待っています」


軻比能の名前を聞くと呼廚泉は歩く足を止め固まり、先までの強気が一気に消えた


軻比能はもちろん使者を寄越さなかったが呼廚泉はそれを知らない


数年前までの匈奴はずっと鮮卑に抑圧されていた

檀石槐が鮮卑の実権を握っていた頃は鮮卑は空前絶後の強さを手にし、匈奴への侵攻は後を絶たなかった

その後檀石槐が亡くなった後鮮卑も幾つかの部落に分かれ、軻比能や歩度根などもお互いに攻め合い

そこでようやく匈奴が息を吹き返した


まさか奴らが同盟を組むのか…?

呼廚泉の内心に嫌な予想が脳裏を過ぎった


「どうした?戦場で会うでしょ?なら帰って貰って結構。僕はこれから鮮卑の使者と会うので忙しいぞ?ついでに言っとくが軻比能は君たちの縄張りに興味を持っているようだ」

典黙は再び主帥の座に座った


呼廚泉には典黙の話の真偽を確かめる方法はない、しかし危険を冒す事もできない

万が一典黙の言う事が本当であれば匈奴は鮮卑と大漢の挟み撃ちになる、匈奴は根絶やしにされるのも時間の問題だ


呼廚泉は内心の怒りを押し殺して戻って来た

「天使上位、俺らは本当にそれ程の漢人を帰せません。他の方法はないですか?」


典黙は飽きれた顔で立ち上がって再び呼廚泉の前に向かった

「軻比能はもう少し利口だぞ?我々の民を帰してくれたからな。人数が足りないなら奪うなり買うなり揃えてよ。歩度根もよく幽州へ略奪に向かう、何とかすれば?とにかく十万人の漢人を帰してくれればそれで良い!言っとくが歩度根もいつか片付ける、そうなれば盟友である君に彼らの縄張りを与えよう。悪くないでしょ?」


呼廚泉も悪い話ではないと思い、目を輝かせた


彼は草原に居る漢人の値段を熟知している、基本的に羊一二匹と同等である


「それ以外の賠償はどうすれば良いですか?」


呼廚泉は黙認した、当然典黙も追い詰める必要が無いと思い良心的な金額を定めた

「うん、君たちも誠意を見せたから当然僕たちも誠意を見せよう!適当に家畜十五万と金十万両で良いよ」


どこが適当だ!一気にそんなに出したら部落がすっからかんになってしまう!

「五ヶ月に分けても良いですか?」

呼廚泉は今にも泣きそうになった


へぇ〜分割払いがわかるのか?ただの間抜けでは無いようだ…

典黙も少し考えてから頷いた

「良いよ、友達でしょ?これから五ヶ月の支払いをよろしくね、友よ!」


「はい、必ず!」

まずは北鮮卑から奪い取るしかない…鮮卑が分裂している今なら目の前のイカレた奴よりは安全だ…

呼廚泉は数回首を縦に振り、そう思った


「それなら我々は明日に退却する、君も約束を守った方が身のためだぞ?」


「お任せください天使上位!」


呼廚泉は結盟の宴に参加しないでそのまま草原の奥へ走った


地平線に消える呼廚泉たちを見て、典黙は長くため息をついた

「魏王、これでやっと帰れますよ!」

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