隣の席のギャルが誘ってくる

桜井正宗

第1話 隣の席のギャル

 隣の席のギャル・桜庭さくらば そらは横断歩道を渡っていた。俺は迫りくる猛スピードのトラックに気づいた。

 だが、彼女は迫りくる車に気づいていない様子だった。

 桜庭は両耳にイヤホンをしていたからだ。


 まずい……このままだと彼女はかれてしまう!


 勇気なんてなかった。

 度胸もなかった。

 俺はただ一心不乱に飛び出していた。



「うおおおおおおおおおおおお……!!!」



 両手を伸ばし、辛うじて桜庭の体を押し出すことに成功した。けれど、次の瞬間には俺はトラックに跳ね飛ばされていた――。


 それからの記憶はない。

 真っ白で、真っ黒で……血の臭いがした。



 …………あぁ、俺は、死んだ、のか。



 悲しいことに、俺に走馬灯なんてものはなかった。唯一、飼っている猫の“大吉”の顔が脳裏を過ぎったくらいだ。……どうしよう。もう面倒見れないや。



「――――」



 しばらくして。

 雨音がしたんだ。


 パラパラとザーザーと次第に強くなる。ここは天国か……?


 まぶたを開けると、そこには知らない天井があった。この独特なニオイといい、病院のようだった。

 俺は生きていて……運ばれてきたのか。


 ふと視線を横に流すと、そこには憧れの桜庭の姿があった。な、なぜ……!



「…………」



 規則正しい寝息をたて、まるで俺を見守っていたかのように座っていた。まさか、ずっと側にいてくれたのか。

 ガチガチに鈍った体を起こす。……ぐっ、なんちゅー痛みだ。死ぬほど痛い。全身がボロ雑巾のように酷い有様だ。そりゃ、トラックに轢かれたんだ。死んでいない方が奇跡だ。どうして俺は助かった……?



「…………桜庭」

「……ん」



 俺の声に反応したのか桜庭が目を覚ました。



「……お、おい」

「え……栗林くん、気づいたの!?」

「あ、ああ……話すのは初めてだな」

「そんなことより、どうしてわたしを守ったの!」

「理由は簡単だよ。ただ君を守りたかったんだ」

「でも、栗林くんが死んじゃったら意味ないじゃん……!」


 涙目で叫ぶ桜庭。なんで、こんなに俺の身を案じてくれるんだ。理由が分からなかった。


「そんなことないさ。桜庭を守れた」

「どうして……どうして!」

「……助けるのに理由なんていらないだろ」

「……ばか。でも、ありがと。命の恩人だよ」


 ボロボロ涙を零す桜庭は、俺の頭をぎゅっと抱きしめてくれた。人生ではじめて女子の胸に顔を埋めた。……柔らかい。

 あぁ……なんてこった。

 生きていて良かったと実感した瞬間だった。

 死んでしたら、こうは思えなかった。



 それから桜庭は、毎日のように見舞いにきてくれた。



「今日も来てくれたんだ」

「うん。栗林くんが無事に退院するまでは付き合うよ」


 優しい言葉に柔らかい表情。そんな些細なことでも俺は嬉しくてたまらなかった。


「しかし、俺はなんで生きていたんだろう」

「それね。軍医・・さんも驚いていたよ。こんなことは万どころか兆にひとつだって」

「へえ……って、軍医さん?」

「そうなだよね。この病院の院長さんって軍医でもあるんだって。だから、そっちで呼んでくれってさ~」


 変わった病院なんだな。

 それに、聞きなれない場所だ。いったい、どこなんだここは。

 少なくとも地元の病院ではなさそうなんだよな。


「ふぅん」

「でね、栗林くんの回復力が常人を超えてるって」

「そうなの?」

「だからね、もう明日には退院できるかもって」

「マジ? あんな骨折していたのに……」


 けど、確かに骨折は完治していた。腕や足の骨も元通り。酷いアザとかもあったけど、数日で回復していた。この病院の院長とやらの腕は相当なものらしい。

 おかげで『一週間』ほどで病院を出られることになった。


 いやけど……おかしいだろ。


 一週間って普通じゃない。

 そりゃ、先生は骨折以外はほぼ無傷だとか言っていたけど……。本当に奇跡だったってことか?



 その後、俺は本当に退院できてしまった。


 あーあ……桜庭さんとの生活も終わりかー。



「退院おめでとう、栗林くん」

「ありがとう、桜庭さん。でもちょっと寂しいよ」

「なんで?」

「桜庭さんの看病がなくなっちゃうから」

「あ~、そっちか。大丈夫大丈夫、これからデートとか誘うからさ」

「へ……デート?」

「当然じゃん。だって、栗林くんは命の恩人だもん」


 白い歯を見せ、太陽のように笑う桜庭さん。あまりにまぶしくて、けれど俺はとても幸せを感じた。


 命をかけて助けて良かったぁぁぁ……!

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