第21話 いざ、社員旅行へ!

 天王寺駅発、関西空港行きの特急かなたに乗り込んだ私達は、指定の座席を反転させて向かい合う形で座った。ビニールの手提げ袋から、駅のコンビニで購入したツマミと冷えた缶ビールを取り出して乾杯をする。


 同じ駅から一緒に乗り込んだサラリーマンは、鞄からノートパソコンを取り出し、備え付けのテーブルの上に置いて、仕事に取り掛かかろうとしていた。パチパチとタイピングをしながら、横目でチラチラと私達の事を観察してくる。


 平日の朝からお酒を飲むなんて、普段はどういった仕事をしてるんだろう……といった視線を向けてきたが、私達は特に気にすることなく、次から次へとビールを胃の中に流し込んでいった。


「はぁぁ〜、朝から飲む酒ってなんでこんなに美味しいんやろうな。皆、一回は試して欲しいわ」

「ほんまにな。人生の半分くらい損してると思うわ」


 私の言葉に皆が同意する。仕事以外の日でも、こうして朝から酒を片手に飲むのは変わらない。これが私の習慣でもあるのだ。今更、変えろと言われても身体を壊さない限り、きっとやめないだろうなと思った。


 皆と談笑を交わしていると、デニムのポケットに入れていたスマホが小さく震えた。友達からの連絡かもしれないと思った私は、スマホを取り出して画面に表示された内容を見て、吹き出すように小さく笑う。


「なぁ、見て。また元カノからメッセージ来とるわ」


 隣の席に座る鳥谷と向かい側の席に座る虎杖と象島に向かって、元カノから送られてきた長文メッセージを見せてみた。


 内容としては、私の近況をしつこく聞いてきたり、どれだけ自分が不幸に陥っているのか、相手の男とうまくいってない、貴方だけが頼りだと謳う内容が事細かに書かれていた。


 私を含めた他の皆もメンヘラと化した元カノの話題に慣れてしまったようで、「お前の元カノ、ほんまに構ってちゃんやなー」とビールを片手にワサビ味の柿ピーを摘みながら、ケラケラと笑っていた。


「でも、結婚する前にメンヘラやったって気付いて良かったな」

「いやー、ほんまにな。元カノと結婚してたら、泊まり勤務の間に浮気されてたかもしらんよな。結婚後に托卵されてたって発覚したら、一生立ち直られへんかったと思うわ」


 想像するだけで吐気がした私は、すぐにスマホの画面を暗転させた。すると、虎杖が私の気持ちを察してなのか、ビニール袋の中から黒いラベルのビールを一本差し出してきた。しかも、値段も少し高めのやつだ。


「えっ、貰ってええんか?」


 思わず聞き返してしまったが、私は既にビールを受け取って口金を開けていた。虎杖は「もう開けてるやんっ」と冷静にツッコミ、同じビールをもう一本袋から取り出し、プルタブに指をかける。


「この旅行はお前が主役やからな。それにこの一ヶ月、めちゃくちゃ仕事頑張ってたのは目に見えてわかってたし。メンヘラで股の緩い元カノよりも、良い人に出会える可能性だってあるわけやん?」

「そうやで。この前、痴漢の被害にあった女性が、わざわざお礼を言いに来てくれてたやん。意外とそういうきっかけで、素敵な出会いがあるかもしれへんで?」


 痴漢をした男を警察に引き渡した次の日の事だ。パンツスーツを着た綺麗系のキャリアウーマンが、コンビニで買ったお菓子やお茶を持ってお礼をしに来てくれたのだ。本来であれば、お気持ちだけ頂戴し、差し入れ等はお断りをするのが基本なのだが、今回は獅戸係長の許可を得て有難く頂戴したのだ。


「あれは初めての経験やったなぁ……」


 私はしみじみとした気持ちになった。お客様に危険が及ばないように駅のホームに立って注意を促したり、困っている人には親切に対応するのが駅員の仕事だ。だが、それを快く思わない一部のお客様から罵声を浴びせられる事も少なくはない。だから、今回のような出来事は非常に珍しいのだ。


「それでそれで? 差し入れの中に連絡先とか入ってなかったん?」


 鳥谷がニヤニヤとしながら聞いてきた。


「アホか、そんなん入っとらんわ。それにな、薬指にちゃんと指輪してたから、お前らが期待するような展開はない」

「えー、なにそれつまんなー」


 話のオチに皆、ブーブーと文句を言い始めた。知らんぷりをした私は冷えたビールを一口飲んで外の景色を眺めた。梅雨明けの大阪の空は雲一つない快晴で、鉄橋の間から見える海面は比較的穏やかなように見えた。素人目から見ても、今日は絶好のフライト日和のようだ。


『まもなく、終点関西空港です。今日も関西鉄道株式会社をご利用いただき、ありがとうございました』


 車内放送を聞いた私達は片手に持っていた缶ビールを全て飲み干し、空き缶を押し潰した。ビニール袋に纏めて空き缶を詰めた後、私は思い出したかのように「あ」と声を発した。


「今回の旅行の写真をSNSにアップしてええか?」


 私はスマホのカメラを起動させて、インカメに設定し直した。虎杖と象島はそんな許可とらんでもいいのに――というように首を傾げていたが、鳥谷は私の意図を察したようで、一人だけ悪い顔をして笑っていた。


「大熊、元カノに仕返しするつもりやろ?」


 私の意図に気が付いた他の二人はハッとした顔になった。


「いやー、鳥谷も言い方が悪いな。仕返しだなんてせぇへんよ。ただ、俺は皆と幸せに楽しく暮らしてるよーって事を、SNSを通じて友人達に沖縄旅行に行くことを伝えようと思ってるだけや」


 私も悪い顔をしながら返事をすると、鳥谷は私の肩を組んできた。


「よっしゃ、そういう事なら早よ撮ろや。もう少しで関西空港に着いてまうで」

「ほな、鳥谷とのツーショットからいこか」


 パシャリと写真を撮ると、「お前らズルいって! 俺達も入れろや!」と皆、写真に写ろうと必死に顔を寄せ合った。将来、この写真を見返す事になったら、男ばかりのむさ苦しい写真だと笑ってしまうのだろう。だが、それくらい記憶に残る方が良いのだ。


「よっしゃ、次は俺とのツーショットや。大熊、俺の膝の上に来い。頬っぺたにムチューッて吸い付いたるわ。ほんで、彼女が出来ましたってタイトルで更新して、元カノを発狂さたろ。それで初回のリベンジは成功や」

「それ名案やん、早よやろ!」


 私は夢中になって写真を撮り続けた。象島の悪ノリで思いっきり頬を吸い付かれ、赤い跡が残ってしまったのを見た私は、反対側の頬にも吸い付くように促すと、象島は躊躇いなく、ムチューッと吸い付いてきた。私達のやり取りを見た虎杖と鳥谷は関西空港駅に到着するまで、ゲラゲラと腹を抱えて笑っていたが、見回りにきた知り合いの車掌に注意されてしまった。


 特急かなたが関西空港の駅構内に入った。電車が完全に停車するのを待っている間、四人で撮った写真をタップし、SNSにアップロードする。タイトルは『彼女ができました』ではなく、『最高の仲間達と沖縄旅行へ行ってきます』にした。


 この旅行は私が元カノと別れた事がきっかけで催されたものだが、SNSを見返した時に楽しかった思い出が勝るようにしたいという意図もあった。


「窓見てみ。俺ら以外、皆集まっとるわ」


 真っ先に気が付いた鳥谷が駅のホームに向かって指をさすと、アロハシャツとサングラスを着けた牛尾さんが大きく手を振っていた。犬飼や鷲見さん、その他の社員達がハーフパンツやデニムを着用しているのに、一人だけ気合が入りすぎて浮いているようにも見えた。


「ほな、行こか」


 荷物棚からボストンバックを手に取り、人の流れに乗って乗降口へ向かって歩いていく。関西空港駅に降り立つと、カラッとした夏の暑さを感じ、本当に梅雨が明けてしまったのだと実感した。ポケットに入れたスマホが何度か震えたが、私は無視をして仲間の元へ歩いていった。


〈完〉

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