第6話 寝取られた原因

「なぁ、虎杖……このメッセージの内容、どういう意味かお前にはわかる?」


 私はメッセージの内容を虎杖に見せてみた。虎杖もまさか自分に話を振られるとは思ってなかったようだが、メッセージの内容を一通り読んで、数秒後には困ったように苦笑いし始めた。


「理解できた?」

「いや、理解できんかった。大熊は?」

「良かった。俺も全く理解できへんかってん」


 虎杖はもう一度、メッセージの内容を読み返していた。唸りながらよく考えた後、「うん。やっぱり、わからんわ」と持っていたスマホを放り投げたくなってしまった。


「はぁぁ〜、どうにか収まったわ。泣いてるのが大熊やって牛尾さんに言ったら、めちゃくちゃ驚いとったで」


 象島が戻ってきたところを見計らい、虎杖が「象島、事件や。こっちに来てくれ」と手招きをした。


「今度はどないしたん?」

「大熊の友達から来たメッセージなんやけどな、お前も一回読んでみてくれへん?」

「あぁ、ええけど。なになに……友達から聞いたんだけど、彼女妊娠したんだって? 安定期に入って落ち着いたら、また連絡して……え、どういう事? お前、子供できてたん?」


 仕事中、トラブルが生じても滅多に動揺しない象島が、珍しく狼狽えていた。


「そんなわけないやろ。遠距離で彼女とは一年くらい、ご無沙汰やったんや。この話が本当やったら、確実に俺の子じゃないわ」

「そ、そうやな。いらんこと聞いてすまんかった」


 私の淡々とした態度に、象島はペコペコと謝ってきた。その隣で虎杖は悩んだ末に、「あのさ……」と口を挟んでくる。


「今の話を聞いて思ったんやけど、大熊って彼女と会った時は何してるん? 一年くらいご無沙汰って言うてたけど、彼女と会ったらそういう事はせぇへんの?」

「ホテルには行くけど、そういう事はしてへん」


 私の言葉に二人は、「えっ!?」と驚きの声を同時にあげた。


「ホテル行ってるのに、セックスせんてどういう事!? まさか、その年でムスコが使い物にならんのか!?」

「アホッ、ちゃんと機能してるわ! コンビニでビールと酎ハイとお菓子を買って、ホテルで二人で楽しく喋ってるだけや。二人きりでゆっくり飲めるし、意外とオススメやで」

「……ホテル行ってるのに、いつも喋ってるだけ?」

「それが健全なお付き合いってもんやろ? まだ経済的に不安定やのに子供できてしまったら、お互い困るだけやん。万が一があったら、向こうのご両親に合わせる顔が……って、なんやねん、その反応。もしかして、こういう事を考えるのって、俺だけか?」


 私の言葉に虎杖と象島は静かに頷いた。そして、象島が私の肩に手を置き、憐れみの目で見つめてきた。


「大熊。彼女が浮気した原因はそれや」

「な、なんでやねん。俺は彼女の事を大事に思ってるんや」


 言葉を遮るように、象島が私の肩に手を乗せてきた。


「知ってるか? セックスレスも離婚の原因に含まれるような時代になってるんやで? ホテルに行って喋ってるだけて、それやったら最初からカフェでお茶しろよ」

「セ、セックスレスて。大袈裟やな、象島は」


 反論する俺に象島は切長の目をかっ開き、食い気味に反論してきた。


「いいや、俺には彼女の気持ちが分かるね! ホテルまで行ってんのに、ずっと喋りっぱなしってキツイわ! 何ヶ月ぶりかに会ってるんやろ? 彼女はさぁ、心の中で『いつ大熊君に手を出されるんかなー?』って、ドキドキしながら、手を出されるのを待ち構えてるんやで? それがいつも会える距離にいるなら、そういう事がたまにあっても良いと思うよ! けど、お前は違うやん! 手ぇ出されへんままホテルを出るってさぁ……お前は童貞かっ!」


 象島の言葉に私はショックを受けてしまった。

ホテルで一緒に飲んで喋っていた時は楽しかったし、彼女も不満そうな顔は一切見せていなかったのだ。まさか、セックスレスが理由でそうなっていたかもしれないだなんて思いもしなかったのである。


「嘘やろ……俺が間違ってたんか?」

「いや、大熊が彼女を思う気持ちは間違ってはない。けど、付き合ってる時から結婚したいって言うてるような彼女やったら、性欲とか色々強そうな気がするんやけど、そこらへんはどうなん?」

「彼女の性欲は…………うん、めっちゃ強かったわ」


 言われてみれば、彼女の性欲は強いと思う節は多々あった。

私が疲れ果てて動けなくなっているにも関わらず、もう一回戦を強請られた事が何回もあったのだ。


「ほらみろ。絶対にセックスレスが原因やて」


 私は何も言い返せなかった。次第に怒りから虚しさと悲しみに変わっていくのを感じる。だが、それでも未だに彼女が浮気も妊娠もしていないと信じている自分がいた。


 私は手に持つスマホを寂しげに見つめた。順番は前後してしまったが、彼女からのメッセージが一件だけ入っている。憂鬱な気分だが、内容の確認をしなければならない。


 私は大きな溜息を吐いた。時間が経過して真っ暗になったスマホの画面には、瞼が少し腫れた自分が映っていた。体力的な疲れと精神的な疲れも相まって、実年齢よりも老け込んで見える。煙草を買う時、二十歳を超えているにも関わらず、年齢確認を求められていたが、今日の私の顔は年齢確認をされずに煙草を買えるような気がした。


 覚悟を決めた私はスマホのパスワードを打ち込み、彼女から来ていたメッセージを開いた。そして、私は絶望に打ちひしがれてしまった。

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