第4話
桜子が自分の能力に気づいたのは、小学校の時だった。
見えるもの全てを素直に口に出していたら、嘘つき呼ばわりされた。
その時は何が起こっているのか、わからなかった。
(皆には見えんなんて知らんて)
生まれた時からあったものを、他の人は見れないなんて信じられなかった。
違和感は成長するにつれ大きくなり、桜子は一人で多くの時間を過ごすようになった。
馴染めなくてもやってこれたのは、間違いなく姉のおかげだ。
「桜子? どうかした?」
「いえ、何でもないです」
少し意識を飛ばしていたようだ。
名前を呼ばれ、桜子は顔を上げた。
目の前には 執務室が広がっている。パソコンを3台置いても余裕がありそうな机。材質は木で、使い込まれた色艶が年代を感じさせる。
その中央にゆったりと座っているのは、さらさらの栗毛を腰の位置まで伸ばした美女ーー海野ミナカだ。
(この人も、読めん人やからなぁ)
桜子はじっとミナカを見た。
たまに読めることもある。
だがそれは本当にたまにで、おそらく彼女自身が読ませてくれているのだ。
机の前には左から桜子、夏音、エリカの順で並んでいる。
ミナカの手の中にある紙に、夏音の結果が書いてある。
「どうだったんですか?」
待ちきれないように尋ねたのは、夏音ではなくエリカだった。
書面を左手に持ったまま、ミナカの沈黙が続く。
唾を飲み込もう音さえ聞こえそうだった。
「大崎夏音さんは、普通の人間ね」
ヒラリと書類が机の上を滑り、夏音の手の中に舞い落ちる。
不自然な力みのない自然な動き。
ミナカの能力は念動力。まさしく超能力だった。
「そうですか」
「良かったぁ」
夏音は手の中の書類を見て肩を撫で下ろした。
桜子も距離を縮め、中身を確認する。
よくわからないパロメーターは並んでいたが、結果として異能はないと書かれている。
「でも海野さん、桜子の能力が効かないことってあります?」
「なくはないわよ」
顔をしかめたエリカがミナカに食いついた。
書類を渡したら力が抜けたのか、さっきまでの厳粛な雰囲気は立ち消えている。
だらりと背もたれに寄りかかる姿はおじさんくさい。
姿形が麗しい分、ギャップがひどいのだ。
「桜子の力は強いけど、受信しかできないし。シャットダウンする術を持っていれば、読ませないようにもできる」
「そうなんですか? 知らんかった」
ミナカが自分の髪の毛に指を絡ませながら説明してくれる。
退屈な女子高生かと思える仕草。
これで異能持ちをまとめるトップだというのだから、信じられない。
桜子の言葉にミナカは首を傾げた。
「あたしのことも読めないでしょ?」
今度は桜子が呆気にとられる番だった。
確かに、そうなのだけれど。
桜子は少しだけ顎を引いた。
「……人やないのかと」
「ちょっと、流石にそれはヒドイじゃない」
ミナカが動いたことで椅子が軋んだ。
唇を尖らせ頬を膨らませる仕草がとても似合っている。
桜子は人差し指で自分の頬をかいた。
「やって、オネエのところ来た時からまったく変わらないやないですか」
桜子が気づいたときにはミナカと姉は知り合いだった。
家にまで来たのは桜子が小学生の頃。十年以上前だ。
「ノーコメント」
桜子の追求に、ミナカは手のひらをこちらに見せてシャットダウンした。
肩をすくめる。隣では夏音が書類を見終わり、結果の所だけを何とも確認するように見ていた。
紙の上を見つめる瞳は子供のように輝いている。
その横顔に何を言えるというのか。
(後で人かどうか疑ったことを謝らんとなぁ)
桜子は唇を少し緩めた。
これで人外だったら、どうしようと思っていたのだ。
「すみれと言えば、愛花もすみれの能力は効かなかったわよ」
「え?」
緩んだ空気の中に、ミナカの言葉が落ちる。
すれみ。星見すみれが姉の名前であり、愛花はすみれの先輩だ。
先輩後輩だったにも関わらず、とても仲が良かった。
すみれは能力のこともあり、人に壁を作っている部分があった。そこするりと突破したのが愛花なのだ。
「そうなんですか?!」
ミナカの言葉にエリカが反応した。
その声の速さと大きさに桜子は顔をしかめる。
エリカは気づいた様子もなく、頬を緩めている。
「すみれさんでも、能力効かない人なんているんですねー」
相変わらず、すみれのことになると判断が馬鹿になる。
大抵のことを卒なくこなすエリカだが、ひとつ欠点がある。
すみれに関することだけは、異常に良く捉えるのだ。
桜子は舌打ちしそうになるのをこらえた。
「オネエのこと好きすぎやろ」
「あなたはすみれさんの能力の強さを知らないから、そんなこと言えるのよ」
じゃあ、エリカは家でのすみれを知っているのか。
すみれは能力が高い分、傍若無人で人を人と思わない部分があった。
それが和らいだのが愛花と出会ってからで、女王様が貴族くらいに落ち着いたのだ。
それを知っているだろうミナカは苦笑している。
「相変わらず、エリカはすみれが好きだね」
「アタシの憧れです。あんなに悪意を払えたら、どんなに良いか」
「そんな可愛らしいもんとちゃうと思うけど?」
憧れを存分に貼り付けて、エリカが言う。
その声音にマイナスの要素は一切ない。
桜子は鼻で笑うと両手のひらを肩くらいの高さで上にむけた。
もちろん、そんな分かりやすいことをしたら、エリカも黙っちゃいない。
「桜子は妹だから、そう思うだけよ。あの人じゃなかったら、前の事件ももっと大事になってたわ」
正論を突きつけられ、桜子は言葉を飲み込んだ。
確かにすみれは努力をしていた。愛花と仲良くなって、前より人との距離が近くなった。
仕事の量も増えていたが、苦にはなっていない様子で。
だからこそ、あの事件が信じられない。
すみれだからと持ち上げられる理由はわかっている。だけれど。
「それでもなぁ」
妹の桜子としては、事件を収めるために努力をするより、無事に家に帰ってきて欲しかった。
いくら傍若無人な姉だろうと、桜子に力の使い方を教えてくれたのも事実なのだから。
何より張り詰めていた姉の表情が柔らかくなるのをもう少し見ていたい気もした。
「すみれさんって?」
袖を引っ張られる感覚に、ハッとする。
夏音がいつの間にか隣に来て、背を縮こませていた。元々の身長差もあり、大分猫背になっている。
「うちの姉や。今はいないんやけどな」
ふん、とエリカは向こうを向いてしまった。
あっちも引けず、こっちも引けない内容だったからしょうがない。
桜子は夏音に端的な説明をした。
「そ、れは……なんでって聞いても大丈夫?」
へにゃりと眉を下げた夏音の顔が何故かツボに入り、桜子は唇を引き上げる。
「それは聞いてるようなもんやと思うけど」
桜子の指摘に夏音は一緒目を見開いた。それから、申し訳なさそうに。また眉毛を下げる。
犬の尻尾みたいに分かりやすい。
「ごめん、でも気になって」
「謝らんでええよ」
桜子は小さく首を横に振った。
気になるなら、気になると言ってくれた方が良い。
言葉と中身が一緒の人なんてほとんどいないのだから。
ギュッと拳を握り、胸の前に置く。
今でもすみれの話をすると、どこかささくれ立つ。
「オネエは……6年前に悪意の暴走で友達を亡くしたんや。それから、行方不明になっとるんよ」
6年。自分で言いながら、実感が湧かない。
もうそんな年月、自分はすみれを探しているのか。
「……行方不明」
呆然と繰り返す夏音の声が桜子の耳に響いた。
すみれがいなくなって、もう6年経つことが未だに信じられなかった。
あの事件が起きたのも夏が終わり、秋の長雨が続いた今のような時期だった。
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