異能持ちJD星見桜子と面倒な女たち

藤之恵多

第1話

大崎夏音が彼女の存在を知ったのは、何てことはない友人たちとの会話からだった。

必修の授業が終わった講義室は、そこかしこに人の集団ができている。

3人程度から5人くらいまでが多い。

夏音の周りにも例に漏れず、3人ほどの女の子が集まっていた。

それぞれ椅子に横座りしたり、机に腰掛けたりしている。


「車に引かれそうになった?」


夏音は顔をしかめ、その話をしてきた友人に顔を向ける。

友人とは言ってもバイト尽くしの生活をしている夏音にとっては、ほぼこの時間帯しか会わない人間だ。

髪の毛はツルツルピカピカ。指の先は可愛らしいシンプルなジェルネイル。

顔も絶世の美女ではなくても、可愛らしい。

この時期には少し寒そうな薄手のスカートから絆創膏が貼られた膝が見えた。


「そうなの。どうにか避けれたんだけど、膝擦りむいちゃって」


完璧な女子大生に、ひとつの傷。

傷を隠すようにスカートを直して、彼女はため息をついた。


「この頃、のぞみ、運悪いよね」

「この間は階段踏み外したし、その前は彼氏の二股だっけ?」


夏音以外の友人たちが、次々と情報をくれる。

犬のウンチを踏んだ話から財布を落とした話まで、一気にその子に詳しくなった気分だ。

それにしても、確かにツイてないエピソードが多い。

のぞみちゃん。

忘れかけていた名前を再インプットした。


「ありゃりゃ」


苦笑を浮かべつつ、夏音は相槌を打った。

女の子のこういう話に意味はない。けれど、何かが含まれているときがあるのも事実だった。

エピソードを羅列していた1人が悪戯半分に囁く。


「何か憑いてんじゃない?」

「そうなのかな、どうしよ」


「いやいや」と否定しそうになったのを、堪える。

憑いてる憑いてないに関わらず、不幸話がここまであるのだから、問題はあるだろう。

のぞみが顔色を悪くした。


「憑いてるといえば、ほら、経済学部のさ」

「あー、めっちゃ、占い当たるっていう?」


落ち込みすぎる前にサッと別の話題にすり替わる。

見事な連携だ。

夏音はスマートフォンの画面をチェックする。

バイトまでは時間があるし、急な連絡もなかった。

もう少し付き合うことになりそうだ。

夏音は興味津々と見せるために身体を前のめりにする。


「そんな人いるの?」


夏音に合わせるように、立っていた一人が机に手を付き頭を寄せる。

声も潜めて、噂話の熱量は高まるばかりだ。


「サークルの部屋に住み着いてるって噂の?」

「え、わたしは、ほぼ引きこもりって聞いたよ」


どうやら夏音以外の全員が知っていたらしい。

経済学部と占い。

数字が好きな人が多く、占いとは正反対の彼岸にいるイメージだ。

夏音は首を傾げた。


「名前は?」

「確か……ホシミだったかな?」


ホシミ。

どう書くのだろう。

桜子は口の中で小さく音を転がした。

むくむくと胸の中でホシミに対する興味が湧き上がる。


「へー、面白そうだね」


占いになんて行っことがない。

しかし、雑誌に載ってれば自分の所は読むし、ネットで星座ランキングが流れてきたら暇つぶしに見る。

夏音の呟きに一番反応したのは、運が悪い上に憑かれてる疑いまで出たのぞみだった。


「夏音ちゃん、こういうの苦手じゃないの?」

「うん、特には」


うるうるした瞳が夏音に向けられる。

それに首を振って答えると、するりと袖を掴まれた。

やられた。

これでは逃げられない。面白そうなところだけを聞いてバイトに行こうと思ったのに。


「じゃ、一緒に来てくれる?」


飛んできたのは予想通りのお伺いだった。

名前さえ思い出せなかった人間に、よくそんなことを聞く。

とはいえ、のぞみは夏音のことをちゃんと覚えていたから、ただ単に夏音の記憶力の問題かもしれない。


「私が? バイトの前だったらいいけど」

「良かったぁ。夏音ちゃんがいてくれると心強いから」

「そう?」


テキトーな評価に、夏音は苦笑いを浮かべるしかない。

運が悪い以前に人を見る目がないのか。

バイト前の暇つぶしに持って来いな話だった。


「どっちかな?」


経済学部のある建物は歩いて10分もすれば着く。

バイトで大学の色んな場所から出入りする夏音にすれば、よく目の前を通り過ぎる建物だった。

大分涼しくなったので、外を歩いても軽く汗ばむくらいで済んだ。


「すみませーん」


建物に入ったは良いものの、どうなってるか分からない。

入ってすぐの掲示板を見ていた男性に声を掛ける。

薄い色をしたパンツに青いシャツ。

メガネと線の細さが、夏音の持つ経済学部のイメージピッタリだった。


「ホシミさんって占いが得意な人がいるって聞いたんですけど」

「ホシミ? ああ、彼女なら奥だよ。第2資料室って書いてある部屋にいる」

「ありがとうございます」


突然現れた人間にも優しく答えてくれる。

どうやら当たりの人選だったようだ。

彼の細い指先が指す廊下を一度見てから、夏音は頭を下げた。

のぞみも一緒に頭を下げてくれる。

女の子の二人からお礼を言われ、男の子は目尻を下げた。


「機嫌の上がり下がりが大きいから、今日は機嫌良いといいね」

「ありがとうございます。行ってみます」


片手を上げて見送ってくれる男性に手を振り返す。

建物の作りは夏音たちの学部と違いはないようだ。

講義が終わったからか、どこも閑散としており、物音一つしない。

薄暗い廊下を歩いていく。

すると徐々に音が聞こえ始めた。夏音はのぞみと顔を見合わせる。


「鼻歌?」


第2資料室。

扉の脇にそう書いてあるのを確認してから、そっと扉に耳を当てる。

やはり、歌はこの部屋から聞こえてきていた。


「機嫌良いんじゃない?」


夏音は後ろを振り返る。のぞみは首を小さく横に振るばかり。

ため息を飲み込んで、夏音は白く塗られた扉をノックした。


「失礼しまーす」


ピタリと鼻歌が止まる。

資料室は廊下と違い煌々と灯りがついていた。

人影は見えず、夏音は入口から声を張る。


「すみません、政治学部の大崎です。ホシミさんはいらっしゃいますか?」


夏音が一歩進めば、のぞみもその後ろをついてきた。

本来ならばのぞみの用事なのだから、のぞみが前に来るべきだろう。

付き添いの夏音が後ろ。逆になるのがしっくりくる。


「誰?」


関西の訛だ。

資料室の本棚の向こうから聞こえてくる。夏音の地元とはとんと違う響き。

夏音はのぞみの背中を押した。

キョロキョロとのぞみが夏音と本棚の向こうを見から、意を決して声を出した。


「す、すみません。ホシミさんに、占って欲しくて来ました」


するりと本棚の向こうから滑り出たように見えた。

まるで本棚の向こうは違う世界で、こちら側に落ちてきてしまったような、不思議な雰囲気がその人にはあった。

ホシミさんは、秋らしい色の落ち着いたセットアップを身に着けた女の子だった。

一言で言うならお上品。

少しウェーブしている髪の毛が肩辺りで揺れている。


「あぁ、まぁ、そういうことなら……仕方ないやろなぁ」


のぞみを見て、夏音を見た。

ばちりと視線があった瞬間に、ホシミさんの目が見開かれた気がした。

夏音が首を傾げる前に、顔をそらされてしまう。

鼻筋が通っている。睫毛が長い。

無駄に良い視力を使い、夏音は遠慮なくホシミさんを見た。


「で、何を占って欲しいん?」


しかし、ホシミさんの視線はのぞみだけに向いている。

うっすら浮かべた笑みに何処か冷たさを感じた。


「この頃、運が悪くて。原因とか……どうすればいいかなって」


のぞみの言葉に、ホシミさんは何度か頷いてみせた。

表情は変わらない。

まるでそう言われるのを分かっていたような動きだった。


「はぁ、まぁ、そりゃ……心配やなぁ。あんさんの名前は?」

「馬場のぞみです」


あ、のぞみちゃんの名字、馬場なんだ。と、夏音は今更知った友人の名前を繰り返す。

ふんふんとのぞみの名前を何かに書き留めたホシミさんは、トントンとスマートフォンの画面をタッチした後、言い放った。


「じゃ、馬場さん。あんた、パパ活は早めに止めた方がええよ。ただでさえ、今、運が悪い巡りやのに、さらに悪意集めとるわ」


占いというには、あまりに明け透けな物言いに夏音はぽかんと口を開けた。

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