23.心配してた

 明からさまに非友好的な志津花しづかを押しのけて、明らかに初対面の男女が二人、ゆうの部屋に入ってきた。いや、男の方は、ドアの高さを窮屈きゅうくつそうにくぐってきた。


 ソフトモヒカンの銀髪にターコイズのボタンダウン、ボルドーのレザーボトムスという難易度の高い組み合わせを、二メートル近い長身とバキバキの筋肉が力技でまとめている。涙袋なみだぶくろくちびるも厚いラテン系のハンサム顔が、人懐ひとなつっこいと馴れ馴れしいの、境界線上で笑った。


志津しづが言ってたろ? 同じ分神ぶんしん、パルバトレス……長くて太くてイカす方だ。同じように、人間体にもなってみたのさ。鳴上なるかみ暁斗あきと志津しづの彼氏って設定にしたから、兄弟だ。よろしくな!」


 志津花しづかが、もうちょっとで神経毒になりそうな視線を、暁斗あきとに放射した。


「不本意の極致きょくちです。勝手な後づけ設定で、混乱を誘発ゆうはつするなど、言語道断です」


「しづねえが、それ言うんだ? あ、ぼくはアルスマギウス……綺麗きれいでひらひらでイカす方! 加々実かがみ桃花ももかで、シンプルに妹だよ、お兄ちゃん!」


 志津花しづか暁斗あきとからは、だいぶ下の位置で、ふわふわロングのハニーブロンドがゆれる。リボンとフリルとパフショルダーの主張が激しい、ラベンダーのエプロンドレスに、ウィンクと八重歯やえばスマイルとダブルピースを厚重あつがさねだ。


「言葉の意味、わかってるか? 日本人なのに金髪で、ぼくっは、シンプルじゃないぞ」


 自分のことを、かなり丈夫なたなに上げて、暁斗あきと桃花ももかのつむじを小突こづく。桃花ももか桃花ももかで、はえを払うように暁斗あきとの手をあしらった。


「うるさいなあ。鳴上なるかみだって銀髪じゃん」


「そっち呼びか。俺のは筐体きょうたいの色だし、ちゃんと理由もあって決めたんだぞ。地球人類の常識とか行動とか、パターンがありすぎて、完璧にできないかも知れないだろ? なんかやらかした時、実は外国人だから、で、ごまかせるようにだよ」


「なっさけない理由! でも、じゃあ、ぼくもそれで。文句ないでしょ!」


「いや、妹が実は外国人だから、なんておかしいだろ。志津しづもおまえも、どうしてそう、設定が短絡的なんだよ?」


「ちゃんちゃら大きなお世話さま! そんなに設定が大事なら、鳴上なるかみだけ他人なんだけど! ぼくたちの家から出てって欲しいんだけど!」


志津しづと将来を約束したってことで、他人じゃないさ。なあ?」


「まったくもって金輪際こんりんざい、そんな記憶も意志もありません」


 志津花しづか渋面じゅうめん暁斗あきと放言ほうげん桃花ももか癇癪かんしゃくみ合わなさがみ合って、収拾のつかない有りさまだ。ゆうは、どうにかこうにか、ため息を吐き出した。


「あの……わかりました、わかりましたから。なんでもいいですから。とにかく、今、あんまり余裕ないんで……しばらく一人に、してください」


僭越せんえつながら、それはいけません。神さま」


 ベッドを半分ほど出かけた、中途半端な姿勢でいたゆうの横に、志津花しづかが三つ指をついて頭を下げた。


つらい時、悲しい時に、一人はいけません。人間としての蓄積ちくせきが浅いわたくしたちでも……それくらいは、認識しております」


 背筋を戻して、志津花しづかゆうを正面に見た。まっすぐに見て、退かなかった。


 ゆうは目をそらしながら、少しだけ、うなずいて返した。


 感謝の気持ちだった。志津花しづかも、わずかな吐息といきこたえた。


 そして続けて、今度は背後の暁斗あきと桃花ももかに、聞こえよがしに鼻息を吹いた。


「設定の混乱は致し方なく、申しわけもありませんが、これを好機とも考えましょう。やはり早急に、わたくしを妻と改変するべきです」


「ちょっと! しづねえいろいろ重いから、今時のトレンドに合ってないよ! どうせなら、ほら! 時代は一周回って、また金髪ロリが最先端だよ、お兄ちゃんっ!」


「待て待て。おまえら、そういうところが無神経なんだぞ? なあ、兄弟。女が原因の傷心なら、ここは男同士、黙って酒でもわしながらだな……」


「ええと……未成年ですよ、俺」


 ゆうはもう一度、ため息を吐き出した。さっきよりは、短くて軽いため息だった。



********************



 井之森市いのもりしの中心部は、壊滅状態だった。


 直接の破壊は少ない地区も、前代未聞の特異災害とくいさいがいが、全地球規模で極小と言える範囲に、集中的と言える三度目の連続だ。


 死者と行方不明者の数は確認できないほどで、身元がわかる生存者の方を住民登録数から差し引いて、出てきた数字に約をつけて報道された。その生存者の方も、隣接市りんせつしへ期限未定の全員避難ぜんいんひなんが実施されて、市内すべてが立入禁止指定区域になった。


 軽傷以下の人たちは、自治体が借り上げたホテルや宿泊施設に案内された。重症者は入院設備のある病院か、ある程度の地区ごとにグループ分けして、公民館や学校に仮設した臨時病院に収容された。


 井之森いのもり第一高等学校だいいちこうとうがっこうでボランティア活動に参加していた教員と生徒は、半数ほどが生存し、大きな総合病院にまとめられていた。幹仙みきひさ葉奈子はなこを入院者リストで確認した時、ゆうは呼吸を思い出すのに、しばらくかかった。


 幹仙みきひさの方が、怪我けががひどかった。起き上がれないでいるベッドの横に、同じ薄水色の入院着で、歩行杖を抱えた葉奈子はなこが、ちょうど見舞みまっていた。


 合わせる顔がない、などという感傷かんしょうは、とうに瓦礫がれきの下だ。


 ゆうは二人を見て、二人もゆうを見た。ゆうは、なんとなくまた、学校の制服を着ていた。


「……生きてるね。お互い」


「一応、心配してた。ゆうの名前、入院者リストになかったし」


 幹仙みきひさが、ベッドに寝たまま、器用に肩をすくめた。葉奈子はなこは、二、三回、口をぱくぱくとさせてから、怒ったように眉根まゆねを寄せた。


「本当だよ、もう……っ! ゆいが教えてくれたから、よかったもののさー! 友達甲斐ともだちがいがないにも、時と場合とってもんが……」


「ちょ、ちょっと待って!?」


 ゆうが慌てて、言葉をはさむ。葉奈子はなこと同じに、二、三回、口をぱくぱくとさせてから、なにも出てこないで、もう一度絶句した。


 幹仙みきひさ葉奈子はなこが、顔を見合わせた。


ゆいちゃん……ちょっと前に、俺たちに電話くれたんだ。それで、ゆうに、ごめんって」


 幹仙みきひさの補足に合わせて、葉奈子はなこが携帯端末を取り出した。少し操作してから、液晶をゆうへ向ける。


 ひび割れた画面の向こう側に、笑顔のゆいのアイコンと、数時間前の着信履歴が表示されていた。

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