6.神さまが許しませんよ

 幹仙みきひさはいつもと変わらない、眠そうな雰囲気で、軽く肩をすくめた。


葉奈子はなこちゃんとゆいちゃんにも、ちゃんとあやまっておいた方がいいよ。あ……すいません。お姉さんも、おはようございます」


「おはようございます、凡河内おおしこうちさま」


 普通に挨拶あいさつする幹仙みきひさ志津花しづかを見比べて、ゆうが、改めてため息をついた。


「ああ、うん……やっぱり知ってるんだ、この人」


「そりゃ知ってるでしょ。うちの高校の……多分、全員」


「えっ? な、なんでっ?」


 幹仙みきひさ怪訝けげんな顔をする。なにを今さら、と書いてあった。


超絶美人ちょうぜつびじんの、超弩級ちょうどきゅうブラコンで有名人。どんなハイスペ弟なんだって、去年からすごい騒ぎだった……らしい。知り合いの先輩が言ってた」


「どんだけったんすかっ? 志津花しづかさんっ!」


「天上天下、至高の神さまです。わたくしとしましては、不本意ながら、許容最低限までひかえました所存しょぞんです」


「……それで同じ高校に入るんだから、ゆう大概たいがい、神経が太いよね」


 幹仙みきひさがもう一度、今度はしっかりと大げさに、肩をすくめた。ゆうとしても、何度か口を無意味に開閉してから、また諸々もろもろあきらめた。


 他の降車客に遅れて、三人で改札を出る。目に映った街並みの、そこかしこに、日常とは違う災害のような痕跡こんせきがあった。


 昨日の今日だ。学校まで歩いても、始業時間にはまだ余裕があることも手伝って、紺色こんいろブレザーとグレーのタータンチェックの制服グループが、あちこち集まって騒いでいた。


 少し期待しながら、視線をめぐらせる。果たして、栗色くりいろのショート、茶髪のセミロングの女子二人が、向こうからもゆうたちを見つけた。


「お、おはよう! 幹仙みきひさくんっ!」


「おはよう、葉奈子はなこちゃん。元気な声だね」


「なんか、ウチの生徒いっぱい集まってるし、隠れライバルがいたらマウントしておこうと思って! 友達甲斐ともだちがいのない加々実かがみくんも、お姉さんも、おはようございまーす!」


「おはよう、御山みやまさん。真面目まじめにすいませんでした」


「おはようございます、御山みやまさま。浅久間あさくまさま」


「おっはよー! 凡河内ボンカワくん、ゆうくんに……志津花しづかお姉さん!」


「おはよう、ゆ、ゆいちゃん。その、なんて言うか……ごめんなさい」


「いーよいーよ、あたしは信じてたよー。ゆうくんは、最終回でも絶対に生きて帰ってくるヒーローだって、さ!」


「……うっかり死亡フラグ放置して、ホント、申しわけないです」


「今日のお昼、イチゴミルクの気分かなー。御山ミャーちゃんと凡河内ボンカワくんは?」


「あたしフルーツミックス!」


「コーヒー。乳飲料でも、コーヒー飲料でもないやつ」


「御用意します、はい」


 うなだれるゆうに、ゆい葉奈子はなこ幹仙みきひさがひとしきり笑う。


 それからゆいが、ふと、志津花しづかを見た。志津花しづか保護者面ほごしゃづらか、後方彼氏面こうほうかれしづらか、とにかくまし顔だった。ゆいの目に気がついて、口が少し、への字になる。


「なんでしょうか」


「んー、志津花しづかお姉さん、今日も素敵ですねえ」


 ゆいくちびるが、悪戯いたずらっぽくすぼめられた。


「いいなあ、ゆうくん。あたしも綺麗きれいなお姉さん、欲しかったなー」


「え、なに? ゆいって、そういう願望あるの? あたし同い年だから、ギリ安全セーフ?」


ひらめいた。ゆいちゃん、ゆうと結婚すれば、もれなくお姉さんがついてくる、かも」


幹仙みきひさっ? 余計なこと言わないっ!」


 突然のキラーパスに、ゆう仰天ぎょうてんした。ボールの行方ゆくえは、そっちもそっちで、軽やかにすっ飛ばす。


「おー! いーね、それ! 出汁だしになっちゃうゆうくんには、ちょっとゴメンだけど」


「いっ? いいいいいいや、お、俺は……」


ゆうは、むしろ漁夫ぎょふの利」


「すごい! 神棚かみだなからおはぎが落ちてきたよ、加々実かがみくん!」


御山みやまさんまでっ? ちょっと、その、心の準備とか……」


僭越せんえつながら神さまにわりまして、お断り致します」


代返だいへんしないでっ! 断りませんっ!」


 入り乱れるダイレクトリターンに、後方からのフレンドリーファイヤも加わった。志津花しづかのへの字の口が、角度を下げている。


「神さまには、わたくしがいます。なにやら不埒ふらち下心したごころのある所業しょぎょう、わたくしが許しても、神さまが許しませんよ」


「最後の神さまも、もしかして俺のことですかっ? 好き勝手言いながら責任の全振ぜんふり、やめてくださいよ!」


「あはは! ゆうくん、将来、苦労しそうだねー」


「え? ゆいちゃん、もう他人事たにんごと? あの、断ってないから! 断ってないからね!」


「……まあ、加々実かがみくんより先に、お姉さんが誰かと片づいちゃうってのは……ないっぽい、かなあ」


「がんばれ、ゆう……」


 会話の流れを大ごとにした張本人たちが、そろって引きしおのように離れる中で、ゆうだけが、あらぶる志津花しづかに取り残された。


「これはいけません。未成年なら、家族設定がもっとも身近だと思ったのですが、すぐに妻の設定へ改変します」


「そんなお手軽てがるに改変しないでください! 職権濫用しょっけんらんよう、反対です!」


「ですが神さま。そういう御趣味も遊びぷれいも全身全霊で頂戴ちょうだいしますが、わたくしと一心同体のちぎりをわしておきながら、いまだに肉欲混じりの雑念ざつねんを」


一言一句いちごんいっく、人聞きが悪すぎます! 趣味とかちぎりとか、事実無根です! それから! 男子の恋愛感情は複雑なんですよ! 勘弁かんべんしてくださいよっ!」


 大声で情けない弁解を並べるゆうを、同じ高校の生徒たちが、遠巻きに見る。そしてとなり志津花しづかに、なるほど、と納得する。


 幹仙みきひさからの風評ふうひょうにいわく、超絶美人ちょうぜつびじん超弩級ちょうどきゅうブラコンだ。実際の言動も、両親のオブラートをもってして「おかしいのは今に始まったことじゃない」と、トンチキさがにじみ出る。そのままの設定で通していれば、まあ、有名にもなるだろう。


 幹仙みきひさに、ゆい葉奈子はなこの三人は、微妙に離れた先の方で他人の顔をしていた。なんだか、既視感きしかんのある距離だった。

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