ベルゼルの紋章 4-1

  勝敗が決した横で、


 もう一つ激闘が繰り広げられている。


 ベルゼルの圧倒的な強さの前に、


 ヒロは苦しい表情を浮かべながらも、


 ベルゼルに何度も立ち向かっていた。


 戦いの激しさがまるで烈火のように燃え盛り、


『ベルゼルを倒す』という強い意思だけがヒロを支えていた。


 攻撃を繰り出すも、


 そのすべてが虚しく返り討ちにされる。


 まるで硬く何物も通さない極寒の氷河の如く、


 ヒロのあらゆる攻撃を見事に受け止めていた。


 ヒロとベルゼルの圧倒的な力の差に、


 目の前で絶望が広がっていく。


 ヒロの体はすでに限界を超えていた。


 ダンテやベネッタが必死に戦っているのだ、


 ダンテ達が未だに戦っている姿に触発され、


 ヒロもまた戦うことを止めなかった。


「くそぉ! まだだぁ……!」


 ヒロは体中に傷を負い、


 満身創痍になりながらも、


 その痛みを押し殺しながら、


 自身を鼓舞して、


 再び立ち上がる。


 傷だらけの体が断末魔のように痛みを叫び続ける。


 それでもヒロの目には闘志が宿り、


 決して消えることは無かった。


 ベルゼルからはすでに笑顔は消えていた。


 この男はなぜここまで立ち向かってくるのか、


 これだけの差を見せつけてもなお立ち向かってくる理由は何だ?


 ベルゼルは次第にイライラが募り始める。


「はぁ、いい加減にしてくれ。もうお前に勝ち目はないんだ、なぜ立ち上がるんだ?」


 ベルゼルの言葉を耳にしたヒロは、


 少し考えて軽く吹き出した。


「なんだ、何がおかしいんだ」


「いや、別に。なんでそんなことを聞くのかなって思っただけさ」


(体中が痛い、この世界に転生しただけなのになんでこんなに頑張ってるんだろう……)


 転生前は内定を心待ちにしている大学生だった。


 成績もそれなりで、


 Fラン大学ではない普通の大学に進学して、


 普通の人と同じように友達を作って、


 大学生活を送っていたはずなのに、


 いつの間にか転生させられ、


 人間ではなく、


 モンスターとして生きる羽目になるとは思っていなかった。


 なのに……


 今は魔族武闘会という大会で決勝まで残って、


 優勝争いをするとは、


 人生ってよくわからない。


 ヒロは軽い走馬灯を起こしていた。


(あぁ、これが走馬灯ってやつなのか?)


 そしたら俺はもう死ぬのか?


 ベルゼルにやられることを受け入れてしまっているのか?


 ……


 ………


 そんなわけねぇだろ!


 何を勝手に俺の人生を終わらしてんだよ!


 決めたんだろ、


 ベルゼルを倒すって!


 ヒロの目はまだ諦めていなかった。


「まぁ、なんでもいい……悪あがきをしたかったらすればいいさ」


「ヒロ!」


 遠くから声が聞こえる。


 こちらに向かってくるダンテとベネッタの声だ。


 ディエゴとヤコブを倒して加勢に来てくれたのだ。


「チッ、あいつらしくじったのか……まぁ、大した問題じゃないな」


 ダンテとベネッタはヒロに近寄り、


 ヒロに手を添えた。


 もう安心していいぞ!


 と言われているみたいで、


 ヒロは少し気が楽になり、


 痛みも少し和らいだ。


「ダンテ……ベネッタ! 無事だったんだな」


「まぁ、無傷ってわけにはいかねぇがな」


「あとはクソキザな嫌み野郎だけね」


 ベネッタはキッとベルゼルを睨む。


 ダンテとベネッタの吐く息が白く、


 ダンテは体をガタガタと震わせる。


「てか、寒くね!? どうしたんだこの周りの霜とか!」


「あぁ、ベルゼルの紋章の力だ。このあたり一帯はまるで雪国のように寒いんだよ」


 ベルゼルの周りからは白い空気が漂っている。


 ベルゼルの紋章の力とは一体何なのか、


 大気に影響を与える能力なのか、


 すでに会場はベルゼルの力の影響で冷たく白い世界に変わっていた。


「まさか君たちがアイツらに勝つとは思わなかったよ、結構やると思ったんだけどな……使えないやつらだ」


「なんだと?」


 ダンテが強く反応している。


 先程まで激闘を繰り広げていたからか、


 彼らが罵倒されることに怒っているのだろう、


 ダンテの目にまるで吸い込まれそうになるほど、


 怒りが力強く宿っていた。


「アイツらはお前のことを悪く言ってなかったぜ? 団体戦の意味わかってんのか?」


 ベルゼルの凍てつくような威圧感に、


 全く臆することなく、


 ベルゼルを睨みつける。


「別に僕は1人でも勝てるからね、アイツらはただの駒だ」


 ダンテはその言葉を聞いた瞬間、


 弾けるように一瞬にしてベルゼルに詰め寄った。


「ふざけるなよ!」


 ダンテは剣を振りぬいた。


 しかし、


 手応えがない。


 確かにベルゼルを斬ったはず……


 いや斬ったはずの切り口がみるみる凍結していく。


 ベルゼルにダメージは無く、


 それどころかダンテを見下すような、


 不敵な笑みを浮かべる


「な、なんだ!?」


 ダンテは状況を理解できないでいた。


 斬ったはずの傷が凍っていく?


 これが紋章の力なのか?


 ダンテの動きが一瞬だが止まった。


「ははっ、斬っても無駄だよ?」


 ベルゼルは大きく踏み込んで、


 ダンテの腹部に掌底を繰り出した。


「ぐはぁ!」


 衝撃は凄まじく、


 ダンテは一瞬の内に壁に激突した。


「おそらく、奴のスキルは氷系のなにか……なら、氷は炎で溶けるでしょ!」


 ベネッタは両手に魔力を込めて、


 ベルゼルを飲み込むほどの火炎を創り出し、


 燃え盛る炎をベルゼルに向けて放ったが、


 その途中で火炎は突如として冷たい冷気に包まれ、


 消えてしまった。


 冷気によって炎は瞬く間に煙となって空中を漂っている。


 目の前で起こったことをベネッタは信じることができず、


 瞳を大きく見開き、


 思わず動揺してしまう。


「そんな……」


「僕の氷が炎ごときで消えるとでも思っているのか?」


 ベルゼルは高笑いをしながら、


 地面に両手をついた。


 ビキビキと地面が凍結し始め、


 ベネッタに向かっている。


 ベネッタを牢獄に閉じ込めるかのように、


 氷は上に伸び始め、


 次第に内側に氷の棘が形成される。


 氷の中で自由を奪われたベネッタは必死に抵抗を試みるが、


 徐々に氷がその身を取り囲んでいく。


 上部には巨大な氷の塊、


 それはまるで拷問器具である『鉄の処女』だ。


「くっ……!」


 逃げ場がなく、


 ベネッタは氷に魔法を打ち込むが全く効果は無い。


 出来上がった氷の牢獄は、


 無慈悲にもベネッタの心を絶望に追いやるには十分だった。


「ベネッタ!」


 ヒロが救出を試みるも、


 氷の冷たさで体が凍傷しかけており、


 地面が凍って足が固まっている。


 腕を伸ばしても届かない。


「ヒロぉ!」


 氷の隙間からベネッタは腕を伸ばすが、


 わずかに手が届かない。


「堕ちろ……!」


 巨大な氷の塊はベネッタを押しつぶす。


 ガシャァァァン


「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」


 氷は砕かれ、


 砕けた氷の隙間から血が滴り落ちる。




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