第八話:怪獣は動けない

 ノロノロと付いてくる仲間たちと対照に、かっこよく登場した女騎士レタンは、ゴブリン達の前に立ちはだる。


「街を荒らすゴブリン共め、覚悟!」


 武器を無くしたゴブリンたちは、狼狽えるばかりで攻撃する気配はない。

 対してシャキンとレタンが抜刀。


「なあ、アロン。魔物のゴブリンとはいえ、素手相手に剣で戦うのは騎士を名乗る者としてどう思うよ」

「作戦勝ちってことだと思いますよ」

「はあ、護衛役間違えたかな」


 女騎士は外野三人の言葉に耳も傾けずに単身で突っ込んだ。パーティを組んだ意味はあるのだろうか。俺としては戦いたくないので、できればこのまま一人でやっつけてくれることに期待しよう。

 幸いゴブリン達の注意はレタンに向いているし、何となくだけどレタンの使っている剣は質の良いものだろう。上級装備の一撃にゴブリンは耐えきれるはずがない。鎧も見た目通りなら、ゴブリンが引っかいても傷一つ付かないし、レタンが負ける道理はない。

 騎士レタンがオーバーキルして、俺とアロンはすごかったですね。とヨイショしてめでたしめでたしだ。


「剣がスライムに食われたら負けだけど……ま、大丈夫でしょ」


 レタンが剣を振り上げた。この間合いならゴブリンは避けられない。

 勝ったな。俺たちの出る幕はなさそうだ。ほら、今にも剣が振り下ろされて、ゴブリンが真っ二つ……。


 ドゴォッ! バキッ!


 じゃなくて剣が真っ二つになり、さらに大爆発が起こった。どうして。


「け、剣が折れたぁ~、まただ。今回のは高かったのに」


 またってなんだよ、爆発にもツッコめよ。

 武器を失って狼狽えていたゴブリン同様、剣が折れた騎士が戦える訳がない。いや、相手が素手だからレタンも武器を折って相手に合わせたのか?これが異世界の騎士道ってやつか。


「何で鋼で出来た剣が一振りで折れるのさ!」

「知らない、私も知りたい!」


 ピノのツッコミに抗議するレタン。

 地面にはクレーターが生まれているし、斬られたはずのゴブリンは木っ端微塵に消し飛んでいる。あれ、剣の形をした魔法の杖です。って言われた方がまだ納得するんだけど。


「ソーサク~アロン~」


 涙目のレタンに呼ばれ、早くも俺たちの出番がやってきた。俺の能力は残念だが、こっちにはゴブリンを倒した実績を持つアロンがいる。


「わたし一人じゃ無理ですよ」

「お前魔法使いだろ!今までどうやって旅してきたんだよ!」

「知りません、わたしも知りたいです!」


 何なんだコイツら仕方ない。俺はポケットから変身アイテムを取り出して、例のごとくボタンを押す。

 今度はちゃんと戦えそうな怪獣にしよう。腕をムチにすれば振り回しているだけで攻撃できそうだな。

 身体を発光させ、二メートルくらいの大きさに身長を変化。馴染みつつあるスポンジの感触に包まれる。ムチを握りしめ、もそもそ動いて狭い空気穴から視界を確保しようと試みるが。


「ナンモ・ミエナーイ」

「クソっ、ソーサクは魔物だったのか!」

「あれ、ソーサクさんの能力です。見た目だけを魔物に変えられるみたいなの。本人はカイジュウって言ってた気がするけど、どっちにしろ驚くほど弱いって欠点があるけど」


 何だかアロンにバカにされているような……ま、気のせいだろう。口調も違うし。

 この怪獣は両腕がムチになっている地底怪獣だ。古代怪獣ポニーテールが主食で、名前はたしか……地底怪獣のドンでチドンだったはず。

 アロンが魔法を唱える隙を埋めて、レタンが態勢を立て直すまで俺が時間を稼がないと。

 行くぞ、地底怪獣チドン。


「グオオオ!ミエナーイ」


 直径5センチくらいの円から見える視界を頼りに、雄たけびという名の愚痴をこぼしてえっちらおっちら突進する。


「何だあれは……遅鈍だ」


 今度はレタンにバカにされているような……ま、気のせいだろう。

 ゴブリン達は怯えて動けないらしく、近づくことよりも歩く方が難しかった。


「ツカレター」


 ふぅと一息入れつつ、両手のムチを振り回す。ビシバシと地面を叩きつけるチドンのムチ。その度に土埃が舞い、雑草が飛び散る。レタンほどではないがその威力は見てわかる。ゴブリンに当たればかなりのダメージが期待できるだろう。

 当たればの話だけどね。

 視界が悪いうえに着ぐるみの構造上、腕が肩まで上がらない。長いムチは先端まで動かせない。小学生の振り回す縄跳びの方がまだ危険だろう。


「攻撃が……当たってない、だと」

「レタンさん。アレ、基本、何も見えないみたい」

「弱体化じゃん、見掛け倒しじゃん、自爆じゃん。ピノちゃんお得意の念話と感覚共有魔法、使えるかな」

「アタシ、魔法で援護した方が良いよね?」


 アロンとピノが詠唱を開始したようだ。

 直後、一気に視界が開けた。

 スーツで真っ暗だった俺の目の前に、TPSゲームのような映像が映され、怪獣チドンの後頭部が見える。ピノの視界が俺に共有されているようだ。


「ミンナ・ミエルー」

「お、感覚共有成功したみたいっ☆」


 ありがとうピノ!本当にありがとう。

 よし、これで反撃開始といこうじゃないか。オラこれでも喰らえ!


「あー外したか。しかもゴブリンに飛びつかれたし、ちょっと笑える」


 はい、やっぱりダメでした。ピノさん実況してないで助けておくれ。

 ゴブリンがチドンの頭にしがみついて、いきなり頭の上辺りが重くなった。

 敵はプラスチック製の目を爪でガリガリと引っかいている。

 大抵、生物の目は柔らかいからダメージを与えられやすく、目つぶしで視界を奪える。ゴブリンにしては考えているな。

 だがチドンは着ぐるみだから目は固いし、元から視界は悪い。効果はほぼない。だって俺、実際に何ともないし。視界はピノの魔法だもの。


「キィイイ!」


 ゴブリンがチドンの頭を揺らし始めた。


「うわあ」


 バランスを崩して大きく後退してしまう。確か後ろにはアロンが!


「え、ソーサク、こっち来ないで。ああっ」


 アロンに向かって倒れてしまう。その直後、ブチッとチドンの頭に突き刺さる物音が。


「つ、杖がカイジュウの頭に食い込んじゃった!ダメ、魔法止まんない」

「ギャアア」


 次の瞬間、ゴブリンの悲鳴が響き、覗き穴と共有した映像から赤い炎が見えた。

 アロンの杖は、チドンの後頭部から口にかけて貫通し、先端から炎を放ったのだ。魔法は顔に張り付いていたゴブリンに直撃したらしく、黒焦げになった死体が落っこちる。


「火、火を噴いた! ブレス攻撃か?」

「強いじゃん、カッコいいじゃん、見た目通りじゃん!新種の魔物かよ!?」


 レタンとピノから歓声を受け、チドンはムチを振り回して突進。キィキィと悲鳴を上げ、逃げ惑うゴブリンたちに、チドンの火炎放射が襲い掛かる。


「ゴブリン全滅。最初はダメだと思ったけど、やるな」

「なるほど、私たちと出会う前はこうやって戦っていたのか」


 二人とも感心しているが、すごいのはアロンの魔法であって、着ぐるみ怪獣が戦いで役に立ったとは思えない。称賛されるべき魔法使いはなんて言うだろうか。


「あのー、ムチ、燃えてますよ」


 どうしてそれを先に言ってくれないかな。

 調子に乗ってムチ振り回して歩いていたら炎が燃え移ったようだ。ムチは作り物だから今まで気づかなかったけど、相当ヤバい状況じゃないのか?


「火ー消して、誰か!」

「暴れるなソーサクこっちまで被害が」


 ムチの炎が草原に燃え広がり、火事にでもなったらおしまいだ。

 ただでさえ悪い視界が黒い煙でさらに悪くなるし、着ぐるみの中に入ったら一酸化炭素中毒で死ねる。着ぐるみ……そうだ。


「チャック、背中のチャック降ろして」

「ちゃっく?ああ、この金属製のタグみたいなものか。分かった」


 レタンが背中のチャックをジィーと下げて、チドンの着ぐるみと燃えるムチは光になって霧散した。

 汗だくになってぶっ倒れる俺。全く、いつも思ってた以上の弱さを見せつけてくれるよな。


「ソーサク、何なんだ。今のは味方なのか?」

「あの魔物に変身できるかよ、火を噴けるんなら先に言っとけよな」


 レタンとピノから質問攻めに合う。ただ、俺が答えられるのは。


「知らん、俺も知りたい」


 疲れた。何も考えてたくない。今すぐ風呂に入りたいのと、できれば寝かせてほしい。

 地面に突っ伏した俺は、復活した生理的欲求と一緒に愚痴をこぼすのであった。

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