第二十七話:立ち上がれレタン

 お祝いムードだった街は一変、暗澹とした空気が漂い、あれだけ屋台が並んでいた広場と宿には騎士団を援助するための物資で埋め尽くされている。街の人たちも騎士団のバックアップとして、誰一人避難することなく駆け回っていた。

 そんな状態で戻ってきた俺たちは、戦況を聞きたいと質問攻めにされたことは言うまでもない。

 元々コミュ力がないカミシモはともかく、俺は疲労で動けず、レタンは元気がないし、アロンは塞ぎこんでいる。ただ一人、ピノが街の人たちの質問に答えていた。


「ああ~終ったあ~」


 宿に戻ってきた瞬間、ぼふっとベッドの上に倒れる窓口担当。

 誰も喋らないから騒がしいのが一人いると安心するぜ。


「この後、どうする?」

「騎士団の援護だろ?補給がなくちゃ力を発揮できねえ。イケメン団長、数に物を言わせて耐久戦やるつもりだしな。その前に色々聞きたいことがあるけど、なあ、アロン」


 全員の視線がアロンに集中する。注目の的になった人物は、珍しく俺の後ろに隠れるのではなく、全員を無言のまま睨み返した。

 しびれを切らしてピノが立ち上がったその時。


「伝令!魔王モノ・ヴァレルとの戦闘を終え、騎士団が帰還します」


 偵察兵らしき人が叫びながら街中を走り回っている。これで一安心かな。凱旋パレードでもやるのだろう、宿の外を見ると街の人たちが集まっている。

 魔王との戦闘の後だ、兄の安否を確かめるべく、レタンが飛び出していった。


「兄上!」

「ったく、しょうがないな☆レタンちゃ~ん、待って~」


 おちゃらけモードのピノと一緒にカミシモも外へ出ていく。ちょっと待ってて俺も行く。

 しばらくして、街の人たちが待ち望んていた騎士団が帰ってきた。しかし、誰一人として歓声は上がらなかった。


「……急襲騎士団、帰還しました。魔王モノ・ヴァレル一次撃退、完了。封印解除まで時間が、あります。皆さんは今のうちに至急非難を、戦えるものは力を貸して」


 満身創痍となったレタンのお兄さん、エンカ・ヴィニルから告げられたのは敗北の事実だった。

 仲間に担がれ、ボロボロとなった騎士団長の前に、力なく妹がふらふらと歩み寄る。


「撃退?封印解除?兄上、何を仰るのですか?魔王は、魔王は討伐されたのでは……」

「すまない、レタン。魔王は、倒せな……かった。だが、一度戦って、戦力は分かったし、取り巻きの軍勢も倒せた。残るは魔王だけ。これから、再び作戦を立て直して……」

「負け……た?兄上が、騎士団が?」


 騎士団が負けた。連携も取れていて、素人の俺から見ても分かる強さだったのに。

 レタンが愕然とその場に崩れ落ち、人々はうつむいたまま家に帰っていく。

 騎士団の人たちも街に建てられた拠点へと戻り、俺たち五人がポツンと残されるだけとなった。

 沈黙を破ったのはピノだった。


「……ヤバい状態になったな。どうするよ」


 レタンは魔王と戦った森の方角を見つめている。視線の先には兄の仇がいるのだろう。


「どうするもなにも、私は兄上に協力する。戦わなくても自分にできることはある。私は君たちと一緒に戦って、それを知った」


 手を強く握りしめ、何かを堪えながらもレタンは俺たちに向かって腰を折る。


「戦闘に参加しなくてもいい、それでも私たちにできることはあるはずだ。協力してくれないか」

「物資調達とか情報伝達とかの後方支援ならOKな、戦闘は無理だ」

「君たちに、従う」


 レタン、ピノ、カミシモ。この三人は騎士団に協力するらしい。

 俺はこの中で一番役に立たない自信がある。でも支援してくれるありがたみは知っている。力になれるなら協力したい。この街は俺が異世界で初めて訪れた場所だ。みんな良くしてくれたし、魔王に滅ぼされてほしくない。


「特に役に立たないと思うけど、俺も力になれるなら協力するよ」

「よし、いつものメンバーが揃いつつあるな☆役に立つかは別として」

 うるせい。


 して、問題はアロンだ。レタンは沈黙を維持したままの彼女に向かって。


「アロンはどうする。君の実力なら申し分ないはずだ。昼間の様子からして、あの魔王と戦いたいのだろう」


 コカトリスをシバけたのも、ゴーレムと渡り合えたのもアロンがいたからだ。

 全員の期待を受け、アロンが口を開いた。


「……どうして、どうしてそんな前を向けるんですか?次負けたら死ぬかもしれないのに。なら最初から諦めて逃げて何が悪いんですか?自分にできることで戦いに参加する。アタシはそんなことしたくない、戦いなんかしないで平和に暮らせればそれでいい。こんな力なんか別に欲しくもなかった!」


 コカトリス、ゴーレムと数多くの魔物に大ダメージを与えたアロンの魔法。ドメイドンの着ぐるみの中から撃ったとはいえ、それが効かなかったのだから、そのショックは計り知れないのだろう。

 バチン。

 ピノがアロンの頬を叩く。


「いい加減にしろよ、みんなお前みたいに力が無いから嘆いてんだ」

「……勝手に期待しないでください」


 アロンは逃げるように去っていく。


「……騎士団が、兄上が負けたのは私もショックだ。だからこそ妹の私が戦わなくちゃいけない。兄が負けたんだ、妹が仇を取りたいと思うのはおかしいことなのか」


 ピノの時とは違い、レタンははっきりとアロンに向かって言い放つ。アロンから返事はない。だが、立ち去る直前、彼女が一瞬だけ立ち止まった気がした。

 それから俺たち四人は騎士団のサポートに回った。傷ついた人たちの手当をして、武器の調達やら準備に駆り出され、クタクタになって宿に戻ってきた時にはすでに夜。

 食事と水浴びをして、そのまま四人でぶっ倒れて眠た。アロンは最後まで帰ってこなかった。

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