第四話:着ぐるみ怪獣現る!

 ファンタジー異世界で魔法を使う夢と引き換えに、少女と仲良くなれた。出会い厨みたいになっているが、それどころではない。この世界の常識や法律も知らない、今の俺からアロンを取れば簡単に死ねる。彼女は俺の生命線なんだ。


「ソーサクさん。これからよろしくお願いしますね」


 宿を出て、俺とアロンは荷物を手に歩き出す。

 彼女から見て、俺は魔王と戦った挙句、追剥にあった、可哀そうな人と思われているらしく、同行の許可が下りた。

 二人で相談して街を出ることにした。行先は不明だが。

 ちなみに、同伴を許可した理由をそれとなく訊ねてみると。


「おに……お、同い年くらいだったから」

「アロン、何歳?」

「十六です」

「年下じゃん!俺、十七歳」

「えっ……お兄、ちゃん?」


 お兄ちゃん、か。実にいい響きだ。

 魔物がいる環境で、高校一年生が一人で旅行するのが異世界。地球では考えられない。できなくはないが、資金が尽きて警察に保護されるのが関の山。そもそもこの世界の十六歳は成人として扱われるのだろうか。江戸時代は十五歳で成人するからそんなものか。

 アロンがどれくらい旅を続けていたのか分からないが、一人で旅をできるくらいには戦えるのだろう。


「アロンってさ、一人で旅しているけど魔物とか怖くないの?」

「はい、幸いなことにわたしの魔法で何とかなるくらいの魔物しか現れないので。道も魔物が出にくそうな場所を選んでますし」

「魔物って強いの?」

「強いのもいますけど、それは山とか森の奥とかにしかいません。人里は魔物が住むには適してないです。なにより定期的に冒険者達による討伐隊が結成されて、人里付近の魔物は排除されますから」


 アロンの話や見てきた景色から考えて、この世界はゲームに出てきそうな、いわゆる中世ヨーロッパ風の世界らしい。冒険者と呼ばれる人たちは剣担いで魔法使ってあっちこっち駆け回って問題を解決する、いわば便利屋のような人たちだ。

 その冒険者様の活躍もあって、ここは安全地帯らしい。俺のような異世界初心者にとって、非常にありがたいことだ。今度会ったら菓子折りをもってお礼を言いに行きたい。

 安全が確保され、美少女と異世界デートを楽しんでいると、俺たちの前に人影が飛び出した。

 アロンはソイツに見覚えがあったらしい。


「ま、魔物です。ゴブリン、どうしてここに」


 何で嘘ついたの。

 緑色の小さな悪魔が現れた。手には錆びたナイフを持ち、鼻の潰れた顔からは明確な敵意が満ちている。


「ソーサクさん、どうしましょう?」

「とっておきがあるんだ、そこで見てて」


 俺はエイ神様からもらった変身アイテムを取り出すと、左手を高く上げて赤いボタンを押す。

 身体が光を放ち、意識が肉体から離れていく。

 人型だったシルエットから尻尾が生え、恐竜のような顔になった。体格はゆうに3メートルを超え、背中にはステゴサウルスのような背びれが並ぶ。

 俺の目の前に一体の怪獣が現れた。

 コイツはヒーローショーで俺が演じた怪獣、ドメイドン。

 ドメイドンの背中が開き、俺の意識が吸い込まれた。


ーーーこれが、俺の能力ーーー

 

 グオォォオオッ!ギャーラララ

 俺は、俺は、ついにドメイドンに……なったんだ。


 勢いよく吠えてみたはいいけどさ、何だろ、視界は暗いし、関節の可動範囲も狭い、手とか振り回してもなんか違和感しかない。妙にふわふわ~っと、スポンジみたいな感触が全身を包む。それに……。


「暑い!」


 完全に着ぐるみじゃん。デカいだけでただの着ぐるみ怪獣じゃん。

 感動を返してほしい。これでどうやって戦えばいいんだエイ神様。


「そ、ソーサクが魔物になっちゃった!?」


 アロンを心配させないように後ろを向いて手を振った。あと魔物じゃなくて怪獣だから。

 視界が狭すぎて赤いスカートしか見えないけど、逃げてないから俺だって分かったらしい。


「ソーサクさんなんですね?」


 アロンに向かってもう一回手を振る。


「分かりました。信じてみます」


 よく分からない怪獣をホイホイ信じるのもどうかと思うが、ゴブリンに加えて俺まで敵になったら死ぬと思ったんだろう。なら俺が味方であることに賭けたというべきか。

 にしても……。


「何も見えねーっ!」

「キ、キィー!」

「ナンモーミエネーって鳴き声に怯えているみたいです」


 俺の視界はゴブリンの足しか捉えてないが、アロンが言うには怯えているらしい。

 もしかして俺の声は人の言葉から怪獣の鳴き声に変換されているのか?そしたら熱線とかも吐けるはずだ。

 やってみよう。両手で爪を立てるようなポーズを取り、上半身を準備体操でやるみたいに一回転させる。テレビに登場する怪獣の威嚇だ。

 慣れた動作で腕を大きく広げて顔の前に突き出した。ドメイドンならこれで炎が出るはずなんだが……。


「ナンモデネー」

「ゴブリン、大きく後退しました」


 コレ、絶対着ぐるみが原因で俺の声がぐぐもった結果、鳴き声っぽく聞こえただけだろ。

 分かった。『どんな怪獣でも一瞬で変身できる能力』じゃなく、『どんな怪獣(の着ぐるみ)でも一瞬で(作れて、自由に巨大化、)変身できる能力』じゃん。

 ドメイドン得意技の火炎放射は不発。そのままではばつが悪いので、誤魔化すように走り出し、ラリアット攻撃に切り替えた。 ゴブリン、ビビってるし勝てるだろう。


 そう思ってた俺がバカでした。

 ゴブリンたちはすばしっこし、着ぐるみで動きが制限されてるし、とどめに視界の悪い。今の俺が戦えるような相手ではない。ゲームみたいなターン制なら当たっているのに。

 これがリアルタイムバトルであることを恨みつつ、腕を振り回すが簡単に避けられる。背後に回られたら探すだけで一苦労。そうこうしているうちに、ゴブリンたちも俺が弱いと思ったのか飛び掛かってきた。


「大丈夫ですか、ソーサクさん」


 着ぐるみ怪獣の頭や背びれにしがみついてさびたナイフを突き立ててくる。ドメイドンの着ぐるみはウレタン、スポンジみたいなふわふわした素材で出来ているため刃は刺さるも、それなりの厚さがあるから俺の身体まで届かない。

 しかし、このままだと着ぐるみがバラバラになってしまう。斬られた箇所から風が吹き込み、若干だが涼しくなってきた。

 もうしばらく続けてほしいところだが、着ぐるみの頭が取れて人の顔が出てきたら放送事故になってしまう。なによりゴブリンに負ける怪獣は嫌だ。なんとかして振りほどかなくては。

 頑張って身体を震わせても、ゴブリンたちはしがみついたまま。激しく動いた分、余計に暑くなった。

そんな時だった。バンと爆発音がして、ゴブリンの小さな悲鳴が聞こえた。


「え、援護します。もう一発、ファイアボール」


 アロンから援護射撃が飛んだ。バンバンと爆発音が鳴る度に、俺の身体が軽くなっていく。小さな呼吸穴を覗くと、足元には黒く焦げたゴブリンが横たわっていた。

 いやアロン、強くね。


「大丈夫でしたか?苦戦しているようなので、ちょっと援護しちゃいました」

「ありがと……暑い、疲れた」

「ごめんなさい、ファイアボールが当たっちゃいました?」

「違う、単純にこの中が暑い、助けて」


 もうダメ、なんかハムスターの敷材の匂いがしてきた。


「大丈夫ですか!?私はどうしたら。あ、回復魔法をかけますね」


 ゴブリンに群がられていただけなのに、ばったりと倒れてしまった。視界もだんだん暗く……いや、元から暗かった。

 パタパタと足音がしたからアロンが駆け寄ってきたのだろう。

 ぽわぽわとかすかに聞こえる魔法的な音。だけど着ぐるみの中は1ミクロンたりとも涼しくならないし、流れる汗は止まらない。前回は熱中症でやられたが、異世界の俺は脱水症状によって死ぬのか。


「ゴブリンに斬られたところが治っています。ど、どうですか、具合の方は?」

「暑いです。全然全くこれっぽっちも良くなってません」

「なんでぇええ!」


 こっちが言いたいよ。異世界の回復魔法で着ぐるみの修理ができるのかよ。


「ソーサクさん、しっかりしてください。これは……いったい。紐みたいな、金属製のタグ?でもなんか違う。引っ張ってみよう」


 薄れゆく意識の中、ジィとファスナーが開く音がした。ドメイドンの背中にはチャックがあるのか……本当に着ぐるみじゃないか。

 その直後、俺の背中に風が吹き抜け……すごい心地いい。あと身体が光を放った。


「あ、ソーサクさん。元に戻ったんですねって、すごい汗」

「ああ涼しい。外ってこんなに気持ちよかったんだ」


 夏場のヒーローショーでバイトした時と同じくらい俺は汗をびっしょりかいていた。シャツは濡れて身体にペタペタひっつくし、ズボンもズボンで彩度が一段階低くなっている。

 魔法少女みたいに裸になって変身出来たら少しはマシになるのだろうか。着替えたい。シャワー浴びたい。水飲みたい。帰って寝たい。思い浮かぶ限りの生理的欲求を並べた後、ふと思ったことがある。

 そもそも変身はカプセルなのに解除はジッパーってダサくないか。


「あれれ?ゴブリンが倒されている」

「君たちがやったのか?」


 今度はなに。気だるさ全開で声のした方へ顔を向ける。

 そこには豪華な装備の女剣士と、デカいベレー帽のロリがいた。味方だと嬉しいのだが。

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