吾輩はネコである
Danzig
第1話
吾輩は猫である。
名前はもう無い
ずっと以前、吾輩にも名前が付いていた記憶はあるが、
いつしかそれを呼ぶ人はいなくなってしまった。
だから、名前はもう無い
この建物の軒先で、吾輩はいつも日向ぼっこをしている。
吾輩はこの場所が気に入っているのだ。
だから、ここに誰がいようと、誰もいなくても、ただ吾輩はここに居る。
嬉しいという気持ちにも、寂しいという気持ちにもなった事がない。
そんなある時、吾輩に新しい同居人が出来た
同居人と言っても、主従関係がある訳ではない
ただ、一緒に暮らして餌をくれる、
ただ、そんな関係なだけなのだ
同居人は、吾輩を「ネコ」と呼んだ
名前を付けると、情が移るから駄目なのだそうだ
情が移れば、別れが寂しくなるし、何かの決意も揺らいでしまうのだそうだ
同居人は、不器用で、情に脆く、生きるのが下手な人間のようだ。
いつも悩み、いつも傷つき、いつも寂しそうだった。
それでも、いつも何かを探そうとしているようだった。
そんな人間もいるものなのだと、吾輩は少々不思議であった
不思議と思いながらも、その同居人との暮らしは、大層心地のいいものであった
同居人はよく、傍らに座る吾輩を撫でては
「吾輩は猫である」
と語りかけて来た
どういうつもりだったのか、未だに分からないが
どうやら、同居人の心に何かあった時に、そうしているような気がしていた。
だから、吾輩はいつも大人しく成すがままに撫でられていた、
それが「一緒に暮らす」というものなのだと、吾輩なりに思っていたからだ。
それからというもの、吾輩は吾輩の事を「吾輩」と言うようになった
それ以前に、自分の事を何と言っていたのか、
もう思い出せない程に、吾輩は「吾輩」なのである。
吾輩はネコと呼ばれ続けた
吾輩に月日の概念はないが、おそらく何年も、何年も、そう呼ばれていたと思う。
吾輩は同居人の名前を知らない。
同居人は自分の名前も教えようとはしなかったからだ。
これも、おそらく情が移るからなのであろう。
しかしまぁ、ネコに名前を名乗る人間などは見た事がないし
ここの暮らしは、いつも同居人と二人だったから、
同居人が誰かに名前を呼ばれたところも聞いたことがない
それ故、吾輩は同居人の名前を知らないのだ。
だが、吾輩は同居人の名前を知らなくても、誰かとの見分けはつくし
同居人も吾輩を他の猫と区別しているだろう
だから、それでいいのだ
そういう関係もまたいいものだ
この暮らしは心地いい
吾輩は、もう、吾輩が死ぬまで、この暮らしが続くのだろうと思っていた
日々の心地よさが、吾輩にそう感じさせていたのだ
ところが、ある日、同居人の様子が少し変わった事に気づいた
どうやら、同居人はここを離れるらしい
何故かは分からない
同居人は、何やら思い出でもかき集めるかのように、小さな荷物を纏めていた。
そして
「また会おう」
そう言って、どこかに出かけて行った。
それから、どれくら経ったのであろうか
未だに、同居人は現れない
いや、もう同居人ではないのだな。
あの人がいなくなってから、吾輩の胸の中には、何かポッカリと穴が空いたような感じがしている
これが何かは分からないが、まぁ、そのうちに、その穴も埋まっていくのだろう。
そう、ここでいつものように日向ぼっこをしていれば、そのうちに・・・
吾輩は特に、あの人を待っている訳ではない。
住み慣れたここに、ずっと居るだけなのだ
それは誰かに限った事ではなく、
誰がやって来ても、誰が去って行っても
ずっと吾輩はここにいる
誰かについていく事もなく、
誰かから逃げる事もなく、
ただ、ここにいる
それが吾輩という存在なのだから
だからきっと、あの人が帰って来た時も、吾輩はここにいるだろう
あの人が、いつ帰って来たとしても。
時々ふと思い出す
「また会おう」という言葉
あの人は、そう言っていたな
ふわぁ・・・
最近、吾輩はよく眠る
段々と、眠る時間も長くなってきている気がする
眠るのが心地よいのだ
そろそろ春が来るのだろうか
今日も吾輩は、一人でここに居る
吾輩は猫である
名前は・・・・そう、「ネコ」である。
吾輩はネコである Danzig @Danzig999
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