動きすぎるその壁
膳所柚香
動きすぎるその壁
あなたは、駅前にて海の波間を抜けると、白樺の正面に日葵ちゃんを見つけた。
背が高い日葵ちゃんが背筋を伸ばして立っている。
風に彼女の髪がゆれた。
あなたは日葵ちゃんと付き合っているけれど、その白いきれいな髪をいつか触りたいなと思うまま、しかし言い出せずにいる。
好きな女の子の髪の毛に触ることは、どこか禁じられた挙動のようで。
あなたが生まれたときにはもう同性婚さえ法律で認められていたから、禁止された、と思うのは決して自分たちが女の子同士だからではない。
ではなぜなのか、あなたはよく分かっていない。
駅前通りに並ぶ壁はとてもなめらかだ。
店10棟分の壁がつなぎ合わされた、高さ4階分の面に、一つの映像が、途切れずになめらかに映されている。
今日のように、通りの壁一面に海が広がっている日もあれば、通りのどこをみても密林だということもある。
でも、あなたは、海に泳ぐ鯨の優雅さについても、密林に潜む蛇の怪しさについても、自分たちの女の子グループ内で話すことはできなかった。
だれも見ていなかったからだ。
あなただけが鯨が泳ぐ時間に、また蛇が這い回る時間にこの商店街にいた。
逆に、美月ちゃんが見たというアニメのキャラクターをあなたたちはみていなくて、勢いこんでそれについて喋りはじめた美月ちゃんが口をつぐんでしまったこともあった。
女の子の誰かが、こういうのはちょっと寂しい、そう言ったので、駅前の話が仲間内で交わされることはなくなった。
ある雨の日に、あなたは駅前の壁に映画の予告編が流れている様子を見た。
レズビアンの映画だったけど、あなたはその様子を自分ごとだとはとらえなかった。
画面の中で女性同士がくっつきあってささやきを交わしあっている。
ロマンチックな音楽が流れていた。
あなたは、普段、親に対してさえも距離を置く。ボディタッチなど、どうしていいか分からない。
道行く人がその動画に、あなたと同じように戸惑いをあらわにするということはなかった。
なんでもない絵だというように一瞥して、歩いていく。
ほどなく、おかしいのは自分なのだろうという疑念が生まれる。
あなたは、付き合っているのなら、普通はああいう風にくっつきあうのだろうかと思い、同時に、日葵ちゃんの白い髪のことが脳裏に浮かんだ。これは、相談するべき事項だ。
でも、その日、あたなは学校でその予告編のことを話せなかった。
日葵ちゃんにも話せなかった。
駅前の巨大な映像について話すことは避けられていたし、あなたもその場の雰囲気を言葉で共有する術を持っていなかったし、そもそも違和感を言葉にできなかった。
そうしてあなたの不安は語られざるところに仕舞われる。
それでも、いつかあなたは自分で勇気を出し、彼女に触れるだろう。
動きすぎるその壁 膳所柚香 @miyakenziro
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